18話 生徒会

 生徒会に向けて宣戦布告。

 校内の最高組織にして規律を重んじる生徒会のある方向へ舵を切る弥彦。戦果の火種を撒き散らすがために恋路部を後にする。


 片手に部室の鍵を回しながら、自分の影を映すリノリウムの床を歩く。

 今も降り注ぐ雨によって結露した窓ガラス。向こう側に存在する景色は曇っているため見えそうにない。暗雲を立ち込めた廊下の暗さは視界を惑わせ、異常に肌を刺す寒気は空気を重くのし掛かるように感じる。


 誰かの木霊を遮断する独特な空間。

 常識を学ぶための学校という従来のイメージを覆すように佇んでいた。


(確か、この辺に生徒会はあったような……)


 それでも記憶を呼び起こす弥彦は進むことを躊躇わない。


 他者を拒むような恐ろしい雰囲気が苛む中でもパズルを埋める感覚で歩く。秦村先生に告げられた理不尽な事実を知るための行動力は些細な違和感でさえも微風のように変化を遂げる。


 弥彦はただ、生徒会に行くだけの価値を含まれた意味を求めるために探求する。

 いつか曖昧になってしまう真実を辿り着けるように。

 たったそれだけの事だ。


 あまり利用しない廊下を歩き続けると、プレートにはゴシック体で『生徒会』の文字が飾られた教室を見付けた弥彦。別棟の方から回っていたが、恋路部との距離がそんなに離れていなかった事に一週する手間は要らなかったようで。


「……道を間違えた」


 何故か不機嫌そうになる。

 あまり後悔はしていないが生憎の崩れた天気もあって意欲が削がれていた。

 本来帰宅していたハズなのに学校に居残るのだから仕方がない。


 それに、いつまでも廊下に居ても時間が惜しい。

 光が差さらないためか制服を着込んでも校内は暗くて普通に肌寒い。生徒会に対してプレッシャーの重圧を受けない弥彦は至って淡々と簡単に扉をノックした。


 目に見えない緊張感よりも季節外れの寒さが圧倒する相変わらずの現実。

 弥彦はそういう下らない本音と建前は要らなかった。

 風邪を引いたら困るので。


「失礼します」


 扉を開ける躊躇もない弥彦は丁寧に言葉を告げる。礼儀正しく弁えた姿勢は学生の手本そのもの。しかし態度の方は青春を折る恋路部の部長として、高圧的なものを表している。


 地味な転校生を演じることを止めた、何処にでもいそうな高校生の姿を。

 メガネを掛けていない新藤弥彦は教室に入ることにした。


 すると、唐突に扉の隙間から光が漏れ始める。

 照明器具に照らされた教室は栄光に灯す未来のように光は差していた。決して暗闇に劣らず曇天色の景色に向けて解き放つ輝きは決して色褪せないように。


 扉を隔たれる外の世界から孤立した生徒会。黒を強調する整然とした色彩。清澄な空気は邪悪な暗雲を寄せ付けず、張り詰める冷気は意識を新鮮にさせる。公平を求めるために設立した組織は秩序を仇なる輩の絶対になる門番として君臨している。


 恋路部とは対照的で黒色に彩られた景色。

 こ想像する生徒会の印象は高貴さや威圧さでさえ遥かに凌駕する空間だった。


 その中で、ただ一人。

 気品に溢れる黒のチェアに腰掛けた学生は静かに言葉を並べる。

 クスリと微笑む歓迎を迎えた優しさを振るう彼女は生徒を統べる者に相応しい。


「……こんにちは。君の要件は何かしら?」


 紫色に煌めいた黒髪。滑らかに揺れるロングの髪は光に触れる度に艶やかに魅せており、それを際立たせる容姿は佳麗に染め上げている。ほのかな笑顔は誰にでも優しく、協調性の高さを伺える、理想像として素晴らしい印象を垣間見れる。


 間違いない。

 長方形のテーブルの向こうに佇む彼女こそが、生徒会長であると。


「ちょっと生徒会に用事があって」

「そうでしたか。……あ。もしかして、君が最近転校してきた新藤弥彦くんかな」

「ええ。その通りで」

「初めまして。私は水渡高校の生徒会長、常盤美咲です。宜しくね」


 清らかで柔和な笑みを湛える常盤ときわ美咲みさきは両手を合わせて弥彦は心から歓迎する。ゆったりとした動作を見る限り、一つ歳上のお姉さんのような立場の感覚が浮かび上がるが、表裏の見えない淑やかさには裏を探ろうとする弥彦の直感を眩ませる。


 つまり、彼女の意図が弥彦には分からなかった。


「とりあえずそこに空いている席に座って、君は少し時間を待っててね」

「分かりました」


 美咲に指定された席に腰掛ける弥彦。時間の暇潰しに部室の景観を眺める事に。

 視界に映る様々な器具。整えられた生徒会室は本来の教室とは敷地が狭く、教室の半分くらいしか空間は無かった。生徒会長の美咲が座る黒のチェア。長方形のテーブル。それに複数の棚によって居心地が窮屈に感じる。


 しかし他人との対話を必要とするスペースはこれだけで十分のようだ。

 むしろ、このように建設されていると考えた方が賢明か。


(……生徒会長しかいないのか?)


 何かしらの資料を目に通している美咲は忙しく今は話せる様子ではない。けれど他の生徒会のメンバーが見当たらない事に多少の探りを入れるものがあった。


 時刻を知ろうと携帯端末を制服のポケットから取り出したところで変化が訪れる。

 それは別の部屋に繋がる扉が開いた。


「口を濡らす程度ですが、お茶です」


 シンプルな和風のお盆に乗せた茶を出してきた長身の青年。

 適度にメガネを掛け直す辺りインテリと思わせる風格が隠しきれていない。というか別の部屋に通じているのを気付いた弥彦はなんとなく想像が付く。


「ありがとうございます。こんな詰まらない人間に贅沢な菓子なんて」

「とんでもない。我々は客人をもてなす立場。恐縮する必要は何処にもない。君は安心して寛ぐといい」


 適切な対応と受け答えの良さ。流石に順応力の高さは年上だけはあるか。

 生徒会に属するメンバーの実力を測ることが出来る。


「及川さん。自己紹介忘れてますよ」

「……おっと、これは失敬。生徒会書記を務める及川です。今後お見知り置きを」

「新藤弥彦です。宜しく」


 丁寧に会釈を返して弥彦は挨拶を終わらせる。


 礼儀をこなす常識のある作法をすれば、判断を見定める相手の方も優しい。質問を順応良く受け答えてくれる。対等な場面を展開する生徒会室は決して寄りがたい存在ではないことを改めて認識を深めるものとなった。


 規律と風紀を重んじる対等の距離にいる生徒会に、弥彦は目指す一つの理由。

 それは、恋愛に悩める少年少女達への救済を。


「……よし、今日はこれぐらいで良しとしましょうか。ん~、疲れたなぁ」


 何かしらの資料を選別を終えた美咲は紙束を整える。プラスチックで出来た透明の箱に入れると

客人が居るにも関わらず堂々と背伸びをした。露出する身体のラインと膨らんだ輪郭は無意識にコケティシュを連想させる。


 思春期真っ只中の学生にとって反応してしまう致命傷なのだが、

 一方で菓子をモグモグ食べながら刮目する弥彦は無反応。生徒会書記である及川メガネの方も全く感情を微動だにしなかった。


「このお菓子美味しいですね。学校に持参出来たりしますか」

「勿論。購買部の方で販売しているので、我々生徒会も利用してますよ」

「なるほど。分かりました」


 天才と馬鹿は紙一重のように。


 特異を兼ね備えた者達の感性は、非常識な世界さえ覆してしまうものになる。

 それが集う場所は限られている事だ。


「……さてと、時間を取らせてごめんなさいね。そうだね、君はどのような案件で生徒会に来ることになったのか、その経緯を是非とも教えて欲しいな」


 静かに佇む客人に向ける美咲は目の色を変える。華奢な指を交互に組ながら用件を聞く姿勢を取る。途端に空気の流れがガラリと変化を遂げ、穏やかだった雰囲気は終わりを告げた。


 ここからが、本題となる正念場。

 恋路部の部長として成すべき事を全うする弥彦は、案件を唱える。


「恋路部についての廃部の対案が、生徒会の方で方針を固めていると、部の顧問である秦村先生から聞きました」


 聞き捨てならぬ問題がそこにはあって。

 最大限でもある根源が生徒会に存在すると弥彦は訪ねてきた。裏側に隠された真実を根刮ぎ摘み取るためには、誰かに妥協したりはせず、己の判断で覚悟を決める。


 そのハズだった。


「……え? そのような方針を、私の権限で簡単に決めたりしませんけど……」

「そのような話。到底受けがたいものだが、我々は手を加えたりしない」

「……という事は、真相は、一体誰かが掻き乱しているんだ?」


 不穏に立ち込める悪天候はいつまでも冷めない。

 何処に真意が隠されているのか分からないまま、渦を巻いた波乱は生徒会室の中で蠢く謎が謎を呼び、不協和音の引き金を起こして。


 互いの部活動を統べる二人のリーダー。

 悩ませる事象の原因の行方は、暗雲が晴れるまで放課後の時間は続いていく。

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