第13話 オズと案山子12

 私が路地の奥に行くにしたがい、何やらバタバタと騒がしい音が大きく聞こえるようになってきた。やがて通路の終わりにさしかかり奥に広場が見える。広場に入ることなく通路の奥からこっそりのぞき込むと、数人の男たちが路地奥の広場に集まっている。そしてその中には、ちょうど先ほど見知った少女がいた。袋詰めの最中らしい。どうにも荒事専門の連中のようで、そこそこ屈強な体つきだ。まあ、だからどうしたということもないのだが。

 私は、路地奥の広場にずかずかと入り込む。私の足音が響くと、男たちとついでに少女もこちらに視線を集めた。

「取り込み中だ。下がっててくれ。」

 男たちのボス役だろうか。少々いい身なりをした男がこちらに比較的紳士的な対応で話しかけてくる。だがここで引き下がることはもちろんできない。心もとない懐からそこそこまとまった額を出して購入した。

「悪いがそれ、私のものなんだ。」

 ボスの男は何だかばつの悪そうな顔をしてもともとかぶっていたしテンガロンハットを深くかぶりなおす。

「そうか、それは残念だ。」

「ああ、残念だ。」

 そう返しつつ私は魔力を時計に込める。私の背後に身を守るための防護壁を出現させると同時に、どおん、と大きな炸裂音が二つ。これはちょうど背後から私を狙って放たれた火球魔法で、つまりは後ろに二人、相手のグループの見張り役がいたということだ。この広場に入る前に全体の魔力反応は把握しているため、私はもともと理解しており、相手の奇襲も楽に対応できた。私は軽い手つきで肩越しに時計を自分の背後に掲げ、相手に向けて束ねた水の玉を2発放つ。十分な勢いをもって放たれた水の玉は相手の脳天を正確にとらえる。水球は大きな音を立て破裂し、二人の男を弾き飛ばした。勢いよく民家の壁にたたきつけられた男たちは綺麗に意識をそぎ取られたようでぐったりと身動きしなくなった。

 私はもう一度、ボス役の男に向き直る。

「できればこのまま帰りたい。」

 素知らぬ顔でそう提案してみる。相手は唇をギリっとかみしめ、踵を返す。広場には私が入ってきた道とは別に、もう一つ道がある。奇襲に失敗した奴らは、もう一方の道から大通りに出て人ごみに紛れようという魂胆らしい。私はすっと時計を相手の進行方向に掲げ、道を封じるように地面を隆起させた。

「うおぉ!?」

 突如出現した壁に驚き、奴らは動きを止める。そして私はその間に相手に密接する。右手に隠し持っていた小さな多機能ナイフに魔力を流し込んだ。この多機能ナイフには私がちょっとした細工を施しており、いざという時には一回使いきりの魔法触媒として使用できる。今回はこのナイフを利用し、青く発光する剣を右手に発生させる。大きさはほとんど一般的な騎士の剣と変わらないほどもある。元のナイフの何倍にも大きく膨らんだその剣で一閃、二閃。剣閃は的確に相手をとらえ、私が剣をふるうたびに一人二人と意識を失っていく。時間にするとものの数秒だろう。しかしその間に私は相手全員の意識を刈り取り、地面に沈めた。今回は私の奴隷をさらおうとしたからこそ、こうして躾けてやったが、こういった人さらいの商売はさして珍しいわけでもない。こんな奴らのために私自ら手を汚すようなことはしなくてもよいだろう。あとで警備の人間でも呼んでおこう。

 魔法剣を解除するとナイフはピキリと音を立てひび割れた。やはり負荷に耐えられなかったようだ。私はさして気にするでもなく、壊れたナイフを自分のポケットに直し、足元でぽかんとこちらを見上げている少女を見下ろす。なんだろう、このきょとんとした目つき。そして小動物のような臆病さ。つかまっているときに抵抗してバサバサと黒髪が揺れる様子は、何かに似ているような。ああ、そうか、烏だ。ぽっかり心に穴が開いて、感情をなくした烏。というか昔、何かの書物でそんな物語を読んだ気がする。といっても、あれは烏というよりも、間抜けな案山子のようなものだったかもしれない。ふむ。

「よし、お前の名前はスケアだ。烏のように小汚く、木偶人形のように間抜けだからちょうどよい。」

 スケアクロウをもじってスケア。我ながら下らん嫌味だ。あまりに見事な間抜け面を見せられたからちょっとからかってやろうと思った。が、残念ながらこちらの意図をくみ取ることがまだできなかったようで、相も変わらず間抜け面をさらしていた。まあ、それもそうか。というか子供相手に何をやっているのだ私は。

 ここのところいろいろあって疲れているから、そのせいかもしれん。ひとまずは家に帰って晩飯だ。こいつの名前もその時考えるなり決めさせるなりすればよい。そう思い、時間を確認しようと私は左手の時計を見る。

「あ。」

 図らずも声が漏れる。時計は文字盤、本体、ともにひびが入り、どうにももう動いてくれそうにない。

「ご、ごしゅじんさま。ごめんなさい。」

 足元のほうで奴隷の少女がどもりながら謝罪をしている。思ったより聡いのか、自分を助けるためにこの時計を犠牲にしたということを理解しているのだろう。まったく。

「わ!?」

 私はその少女の頭をわしゃわしゃ撫でる。

「子供はそんなことを気にするな。それより、お前にはうちに来てしっかり働いてもらわないといけないのだ。カギをし忘れたのは私の落ち度だが、あんな雑魚に誘拐などされているようではいかんぞ。」

 少女は恥ずかしそうにしているが、黙ってされるがままにしている。そういう表情を見ていると、子供らしくて悪くないと思う。スケアクロウなどと名付ける必要もなさそうなんだがな。まあ、名前の件はおいておいてだ。

 私は少女の頭から手を放し、今度は忘れないように腕輪に魔法石をはめ込み魔力回路を作動させる。

その効力をしっかりと確認して私は今度は少女の手を引いてやる。

「さて、行くぞ。」

「はい、スケア、ご主人様と行きます。」

 おお、初めてまともに返事をした。その表情もどことなく穏やかな落ち着いたものになっていて、こちらとしても都合がいい。ずっとあの辛気臭い死んだ魚の目をしたがきんちょと生活しなければならないかもしれないと思うと、実は少々気が滅入るところでもあった。いや、まあその点はうれしいのだが少し気にかかることとがある。

「スケア、というのはただのいたずらというか、冗談なのだが。」

「そうなのですか。ですが、初めて人にいただいた名前なので、とてもうれしいんです。大事にします。」

 帰り道でもちょこちょことたしなめてみたのだが、この一点張りだ。どうやらなかなかの頑固者のようだ。仕方ない、まあ何でもいいさ。そんなことを考えつつ歩いていると真新しい家にたどり着いた。ここも身銭を切って何とか購入した一戸建てだ。しばらくは生活に困らない程度の蓄えこそあるが、

「さて、ここがお前の職場だ。頑張ってくれよ。」

「はい!」

 買ったときからは打って変わって元気よく答えてくれた。これならまあこれからもなんとかやっていけそうだな。

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黒の大書庫 九重 孤楽 @kokonoe-koraku

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