銀木犀の散るころに 短編版

花海

第1話

赤く染まった木々が辺り一面を覆いつくす中、その木は昔と変わらない姿のまま生き生きと可憐な白い花を咲かせていた。

その木に歩み寄りその幹に手を触れる。あの時と変わらない肌触りが昔を思い出させる。


「そういえば…確かこの辺りに……」


数年前の記憶をたどりながら、木の幹をあちこち触っていく。

その手にかすかに今までとは違う凹凸を感じた。


「……あった」


凹凸を感じた場所に目を移す。そこには雨風を受けて黒く変色した私の名前が刻まれていた。

私はそれを見つけて、クスリと笑ってしまった。そして、目頭が熱くなった。

思い出してしまったからだ。

私の大切な友達の事を。



数年前初夏。高校生だった私たちにそのことは突然告げられた。


「…村が合併する!?」


その知らせを先生から初めて聞いた私こと三浦みうら茜あかねは、驚きのあまり机を強く叩いて立ち上がった。


「まぁまぁ落ち着けって茜」


「何呑気なこと言ってるの蒼汰! 落ち着いていられる方がおかしいって!」


「言いたいことはわかるけどさ、じゃあなんだ。今からやめてくださいとでも言いに行くのか?」


「それは……」


私はその言葉に何も言い返せなかった。ちなみに今、私と会話しているのはこの村の中でも数少ない子供で、なんだかんだで腐れ縁の幼馴染、小寺蒼汰こでらそうた。昔からこんな性格で、何かあったら興奮して大ごとのように騒ぎ出す私とは真逆で、落ち着いて物事を整理して対処する超が付くほどのクールキャラだ。

だけどその姿は、肌は程よく日焼けしていてがっちりした体形。

見た目からしたら、この性格は全く想像できない。それが私の幼馴染だ。

そしていつも私はこうして言い負けていた。

だけど今回はそう引き下がるわけにはいかなかった。何故なら、私には守りたいものがあったからだ。


「でも今回は事が事だよ! 何としても合併だけは防がないと!じゃないと、唯一の観光場所の神社が隣町に取られちゃうからね!」


神社。この村で唯一の観光場所と言える場所で実は知る人ぞ知るパワースポットなのだ。

なんでも数百年も前に建てられたものらしく、近くにはその時に植えられたと思われる銀木犀の木が、神霊樹として祭られている。

実はこの木、さまざまな伝承があって、飢饉を救ったり災害からこの村を守っていたりと、とにかく凄い。だから私は村の合併と聞いたときに、この木を取られると自分の物でもないけれどそう思った。


「それが理由かよ。ま、茜らしいといえば茜らしいけど」


蒼汰は苦笑しながらそう言った。そして、こういう反応をしたとき、蒼汰が次に何を言うか、私には大体わかる。


『ま、なんにせよ茜が何かするなら協力するけどな』


ほら、当たった。

蒼汰は、なんだかんだ言いながら私の無謀な挑戦にいつものっかってくれる。

私は、蒼汰のこういうところが好きだ。勿論、恋愛的な意味はないけれども。

そしてなぜか、私と同じことを言ったことが恥ずかしかったのか、蒼汰は顔を真っ赤にしていた。


「なんで顔真っ赤にしてんの?」


「は、はぁ? 何言ってんだよ。ほら、さっさと行くぞ」


そう言って、蒼汰はその顔を隠して逃げるように先に行ってしまった。私はそのあとを置いていかれないように追った。

蒼汰が向かった場所は、この村の村長の家だった。

当然といえば当然だろう。この人が村を合併しようと言い出した、張本人なのだから。

蒼汰が呼び鈴を押すと、スピーカーからしゃがれた声が聞こえた。


「爺さん、話があるんだが」


「……おぬしらか。どうせ村の事についてで来たのだろう。帰ってくれ」


そう言って一方的に会話を切られた。この感じだと、私と同じ理由でここを訪れた人がいたんだろう。そこに私たちが同じ理由で来たのだ。


「何だよあのくそじじい! 話も聞かないで!」


「凄く嫌そうにしてたな。お前らも合併の件で来たのかとも言っていたし、あの感じだと嫌というほど人がここに来たんじゃないか?」


「でもあの反応は、ありえない!」


「仕方ないだろ、人に同じことしつこく聞かれたら、誰だってうんざりするよ。それで、どうすんだ?」


「…仕方ないから、今日は帰る!蒼汰!蒼汰もなんか調べときいてね!」


「茜もちゃんと調べとけよ」


「当たり前じゃん!」


そう言って、私は蒼汰にじゃあねと別れの挨拶をして家に走った。

私の家は農家で畑の近くに家がある。だから、周りには畑以外に何もない現代にしては珍しい光景が広がっている。この景色は私が産まれてからまったく変わったことがない。そんな見慣れた道を走り、家の引き戸を力強く引いて靴を脱ぎ捨て、ドタバタと大きな足音を立てながら、私の部屋までの階段を駆け上がり、部屋に入ると同時に鞄を投げ捨てた。

少し散らかっている机の上に置いてある、ノートパソコンに手を伸ばし電源を入れた。

この時の私は、合併するのなら速報でネットニュースになっているかもしれないとそう思っていた。しかし、そんな記事どこのサイトをあたってみても合併なんて言葉を見つけることはできなかった。気が付けば、下の階から美味しそうな御飯の匂いが漂ってきた。もうそんなに時間がたったのかと思って時計を見ると、時計の針はすでに七時を回っていて日もそろそろ水平線の向こうに沈みそうだった。私は画面の見すぎで疲れ切った目に、一滴ずつ目薬をさした。目にじんわりとしみて広がっていくこの感じ、ついつい何かをやり遂げた感覚に陥ってしまう。

その時、御飯出来たよ~と、お母さんの声が耳に届いた。

私は、はーいと返事を返すと、一度パソコンを閉じて、そのまま一階に降り家族みんなで御飯を食べた。そして私は、母のそのあまりの御飯のおいしさに、さっきまで血眼になって探していたこの村の合併の事が頭から抜け落ちてしまい、その日はそのまま宿題をして日付が変わるころには布団に入っていた。



「……それで、言い出しっぺが何にも調べてない、と」


「…あはは…やっちゃった」


「やっちゃった、じゃねーよ、アホたれ!」


蒼汰はそういうと、私の頭をチョップで叩いた。

蒼汰は父親が漁師なので、手が男らしくごつごつしている。だからその手で叩かれるととても痛い。私は叩かれて痛む頭をおさえながら、昨日の続きの話を続けた。


「それで、蒼汰は何かわかったの? 」


「いや、それがさ、父さんや母さんに聞いた話だと、そんな話聞いてないって言うし、多分一部の人にしか知らせてなかったんだと思う。一応ネットの方も調べてみたんだけど、そんな記事どこにも載ってなかったんだ」


ネットの方に関しては、私の結果と全く同じだった。こういう合併とかって普通こんなもんなのかな?それにしても、蒼汰の両親がそんな話知らないって言ったのも気になるし…。


「な~んかさ、この話には裏がありそうだよな。だってこういう大事なことならさ、月に一度の集まりで言うだろうし、緊急で決まったのなら、すぐにでも村に住んでいる人全員に声をかけるはずだ」


確かに蒼汰の言う通りだ。この話、何かと色々不明な点が多すぎる。

それに、村長が顔も出さず私たちを対応していたことも気になる。顔を出したくない理由があるのかもしれない。かといって、大人たちに村長の様子がおかしいといっても、きっと全く相手にしてくれないだろう。だったら私たちで動くしかない。


「なら、調査しましようよ! 私たち三人でさ!」


「三人?…ああ、神社のあの子か。そういや、中学までだったもんな。あの子が学校通ってたの」


「そうと決まれば行こう!」


「というか茜、まさかお前本当に俺らだけでこのこと調べるつもりなのか…ってもう居ないし」


蒼汰は大きく溜息をつくと、先に教室出ていった茜の背中を追った。

この村の神社は、意外と山奥に合って人が寄り付きにくくなっている。敷地は広いし階段も馬鹿にならないくらいに長い。だからこの階段を上るときは季節を問わずに汗だくになる。そんな階段を上り終えると、目の前に建物こそ古いが、しっかりと手入れされた神社と、そのすぐ横にある一本の銀木犀が視界に入ってきた。

そしてそこには箒を持ったあの子が掃除をしていた。


「やっほー、花ちゃん!久しぶり!」


その声に花ちゃんが顔を上げた。私を見ると、顔の表情が花が咲いたように明るく笑顔になった。


「久しぶり。急にどうしたの茜ちゃん?ここに来るなんてよっぽどのことがない限り来ないと思うんだけど」


「そこは、友情という名の熱いパワーで登ってきた!」


そうなんだ~、と花は笑顔で返事をする。私はこの笑顔の花が大好きだった。


「茜ちゃんも蒼汰君も疲れたでしょ。少し待ってて。もう少しで掃除が終わるから、久しぶりに三人で話そうよ」


そう言うと、花は箒を強く握り直し、着ている巫女装束の裾を肩まで上げて鼻息ひとつ鳴らすと、せっせと掃き始めた。

花が神社の周りを掃わき終わるまでにそんな時間はかからなかった。

私たちは、神社の縁側に三人並んで座ると、花の用意したお茶を飲み干した。

うん、美味しい。特にこの階段を上り終えて、からっからに乾ききった喉に冷たい緑茶は最高だ。ぜひとも全国の人に広めたいものだ。


「それで、どうしてここに来たの?」


「そうそう!花ちゃんはこの村が合併することは知ってる?」


「…合併?ううん、知らない」


「まぁその件でな。村長の様子がおかしいんだよ」


「だからさ!放課後とか土日とか使ってさ!一緒に調べてみない?」


花ちゃんはそのことを聞くと、少しだけ顔を曇らせた。だが、すぐに笑顔になると大きくうなずいた。


「私でよかったら、協力させてもらうよ」


「さっすが花ちゃん!私の大親友だけはあるね!」


「それ関係あるのか?」


「そういうの男にはわからないんだよ」


「女の子同士の友情ってやつですよ」


と、私が花ちゃんとイチャイチャして今日は解散となった。

私たちはその日から、携帯でやり取りしながら情報を集めていった。

ネットにはいつ調べても、そんな記事は一言も載ってなかったので、ネットに頼ることはやめた。

まず私は両親にこのことについて、詳しく知らないか尋ねてみた。

すると私たちの両親は、私たちに一枚の紙を見せてくれた。

そのプリントに目を通して私は驚きを隠せなかった。なぜなら、そこには村人全員に一時的にここから立ち退いてくれ、という内容が記るされていたからだ。

この紙を見て、私たちは急遽花のいる神社に集まった。そして、二人にもこの紙を見せた。


「…何書いてんだあの村長。立ち退けっていうのか?合併なのに」


「だよね!おかしいよね!あのクソじじいいったい何考えてるんだろうね!」


「立ち退く理由が分かんないよね。何かの工事でもするのかな?でも、そうだったらきちんと言ってくれればいいのにね」


「そうだよな。何か言えない理由でもあんのか?」


「言えない…理由か~」


そういえば、初めて私たちがくそじじいの家を訪れた時、インターホンごしにしか相手にしてくれなかった。

あの時は、多くの人に同じ説明をいやというほどして疲れ切っていたので相手にしてもらえなかったんだろうと思っていた。

じゃあもし、あの時私たちを追い返した理由がそれ以外の理由だったら…いったい何の理由がある?

わからない。だったら!


「ねぇ、あのくそじじいの家をさ、調べてみない?」


私は思いついたことを口に出した。


「勝手に家に上がり込みでもするのか?捕まるぞ」


その私の発言に蒼汰が口をはさんだ。確かに蒼汰の言うとおりだ。

もしこれで本当に家に忍び込んで見つかりでもしたら、犯罪者として扱われるだろう。


「でもさ、ここの所あのくそじじいの行動結構おかしいじゃん!特にその私が持ってきたプリントとかね!」


「確かにそうだけどさ、だからと言って犯罪に手を染めていいはずがないだろ!」


また正論を並べてくる蒼汰。でも実際に蒼汰の言っていることのほうが正しい。正しいのは分かっている。

けれどもしかしたら、あのくそじじいがなぜこんなことをやっているのか掴めるかもしれない。私はただその機会を逃がしたくはなかった。その思いが私の心の中で、むくむくと膨れ上がった。

次の瞬間、


「そうでもしないとこの村を守れないじゃない!」


気づけば私は、そう叫んでいた。

その声に、神社周辺の木に止まっていた鳥たちが驚き飛び去って行くほどの声量だった。

蒼汰と花ちゃんもその声に驚いて、目を丸くしていた。

そして二人とも、吹き出して腹を抱えて笑った。

いったい何で二人が笑っているのか、私の頭では全く理解できなかった。二人が笑い終わると、花ちゃんが口を開いた。


「まさか茜ちゃんがね、そこまで深く考えてるなんて思ってもなかったよー」


「むぅ、なんか馬鹿にされた感じがする!」


「まぁ、俺たちは素直に驚いたんだよ。茜が村の事をどれだけ考えているのかって事をな」


「私ってそんな何も考えなしに動く人に見えてたの!?」


私がそういうと、二人ともこちらを見て苦笑いをした。

どうやら本当にそう思われていたらしい。ひどいや二人とも。


「でも、そこまで言ったんだ。どうせもう止まらないんだろ?だったらさ、俺は付き合うぜ。花はどうするよ?」


「私も茜ちゃんの味方だからね。もちろん、付き合うよ」


「二人とも……ありがと。じゃぁ今から早速行こう!」


私はそういうと、何かを言おうとした二人の手を取り、神社の長い階段をかけ下りて、私たちはくそじじいの家に向かった。

私たちが、くそじじいの家の近くに着いた頃には、太陽が丁度頭上に来ていた。

この時間になると、くそじじいは高年齢の人の家を回って生きているか確認しに行く。その時、くそじじいは玄関の鍵を閉めないで外に出る。そこが狙い時だった。

私はその家の玄関に足を進めると、扉を静かに開け中に人がいないか首を突っ込んで見回した。

どうやら丁度外出している時間のようだった。

私は、外で待っていた二人に向かって手招きすると、三人で堂々と玄関から忍び込んだ。

蒼汰と花ちゃんからは、ここに来るまでの間に散々いろんなことを言われたが、ここまでくれば三人とも共犯者だ。文句は言わせない。

いつあのくそじじいが帰ってくるのかもわからなかったので、私たちは部屋の中にある目立つものを中心に見ていった。

何かないかと探していると、固定電話の横にとても気になる大きな茶封筒が置いてあった。試しに中を取り出して中身を確認してみる。

そこから取り出した紙にはこう書かれていた。

“村の都市開発計画書”と。

私たちは、その紙だけを抜き去り急いで家を後にして、神社へと戻った。

神社に戻ると、まず初めに口を開いたのが蒼汰だった。


「…どうすんだこれ…ただ事じゃないぞ」


「………」


「茜、聞いてるか?」


「え?…あぁ、ごめん。聞いてなかった」


「…ショック受けるのもわかるけどさ、俺たちにそんな暇はないぞ」


「…分かってるよ…」


くそじじいの家から持ち出した、村の都市開発計画書。そこには私たちには知らされていないことがたくさん書かれてあった。

そして私に、一番ショックを与える文が書かれていた。

山の森林を切り開き、新たな建設物を建てる、と。

そしてその範囲の中には、神社も含まれていた。

このことを見て、私はいつもの元気がなくなるほどに気が沈んだ。

けれど蒼汰の言う通りだった。このままだと私たち以外の村の人は、何も知らないままにここを出て行ってしまう。それだけはどうにかしてでも防がなければいけないと思った。

私たちはその日から、この紙をいろんな人たちに見せて回った。しかし誰もが私たちのイタズラだろうと言って、相手にしてくれなかった。

そして、時間はあっという間に過ぎていき夏休みに入ったころ、村から次々と人が荷物をまとめて姿を消していった。私や蒼汰も親と一緒に夏休みの間、村を出ていかなければならなくなり、私たちは一時的にバラバラになってしまった。

そして、工事が行われる日が訪れた。

今日からあの神社のある山の木々が切り倒され始める。

そう思うと私はいてもたってもいれなくなって、借りた家を飛び出すと、一応の為に持ってきていた自転車にまたがり、私たちの村まで必死になって足を動かした。

村に行く道中で蒼汰と出会った。蒼汰もこれから村に向かおうとしていたらしく、私たちは一緒に村に向かった。

村に着くと、見慣れないトラックがたくさん止まっていた。

私たちは、その場に自転車を置き捨てると、神社に向かって走った。

足がパンパンに膨れ上がって痛かった。それでも私は足を動かした。

そして、神社に近づいた時だった。

突然立っていられないほどの地響きが起こった。私はその地響きで転んでしまい、足をひねった。

そんな私を見て蒼汰は地響きが終わると、私を背負ってくれた。

そうして、蒼汰は私を背負ったまま神社へ向かって歩き出した。

神社にたどり着くと、私たちの目には異様な光景が飛び込んできた。

木の根っこと思われるものが建設に使われる機械を貫き、破壊していた。そしてそこには、腰が抜けて倒れている村長、工事できたと思われる人々、それに花ちゃんがいた。花ちゃんの体はなぜか白く輝いていて、今にも消えてしまいそうだった。


「…花ちゃん?」


私はその言葉を声にするので精いっぱいだった。

その言葉に反応した花ちゃんは私の方を見て、笑った。


「あなたのお願いは、叶えることができたかな?」


「…花ちゃん?何言ってるの?」


「私は…茜ちゃんの友達になれたかな?」


「花ちゃん!」


何故かその場から花ちゃんが居なくなってしまうような、そんな気がした。だから私は、手を伸ばした。だけど、その手が花ちゃんに触れることはなかった。その瞬間、私たちは眠るように意識を奪われた。



夢を見た。私は小さくて、友達もいなくて、いつもこの銀木犀の木の下に来て泣いていた。ある日誰かからこんな話を耳にした。銀木犀に自分の名前を刻み込めば、願いが叶う、と。その話を聞いた私はすぐにそこに飛んでいき、石を手に持つと私の名前をその小さな手で書いた。そして願った。鬼ごっこをしてくれるお友達が欲しい、と。その時、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには小さな女の子がたっていた。



目を覚ますと、私は病院で寝かされていた。あの後、私たちが帰ってくるのが遅いのでこの村まで探しに来たようだった。そこで倒れていた私たちを見つけたらしい。起きて早々、親から心配させるんじゃないと怒られた。話を聞いていると村長は、その場ですぐに捕まったようだった。そして私は違和感を持った。誰も、花ちゃんの名前を口にしないのだ。だから私は親に尋ねた。花ちゃんはどこにいるのかと

すると親は首をかしげてこう言った。誰、その人?茜の友達?と。

私は病院を退院し村に戻ってから、蒼汰を含む皆に花ちゃんがどこにいるのか知らないかと尋ねた。しかし皆言うことは同じだった。



もしかしたら、花ちゃんは神霊樹と言われるこの銀木犀が生み出したものだったのかもしれない。私は今になってそう思った。

もしかしたら、もう一度お願いすれば会えるかもしれない。

そう思った私は、近くにあった石を拾うと、昔の文字をなぞった。

そして、もう一度願った。

鬼ごっこをするお友達が欲しいと。


「…会えるわけ…ないよね」


結局何も起こることはなかった。

私は、銀木犀にまた来るねと一声かけると銀木犀に背を向けあの長い階段に向かった。

その時だった。誰かに右手を掴まれた。

そして…、


「…茜ちゃん、捕まえたっ!」


私の耳に、一番合いたかった人の声が響いた。

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銀木犀の散るころに 短編版 花海 @ginmokusei6800

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