第14話グレイ編 グレイラディ邸ツアー/領主の少女


「――ありえねぇ……」


 さて、見るも無残に破壊された邸宅、グレイラディの私室だが、その大破壊の跡は一夜にして完璧な修復を遂げていた。


 あの戦いの後、ホープの治癒魔術によって一同の怪我を治し、協力関係の手始めとして彼女の館に住まわせてもらうという約束を取り付けた。

だが知っての通り、館はフェテレーシアが発生させた竜巻によって大きなダメージを受けている。

 大理石の煌びやかな輝きは既に無く、装飾も粉々。

館の中で爆発事故でも起こったのかと言わんばかりの惨劇を見て、ちょっとドン引きした程だ。


 極め付けは、天井を一文字に裂いて出来た大穴である。

 間から太陽やら月が見えると言えばロマンチックだが、それにしたって骨組みが丸見えだし、なにより雨風が凌げない天井は天井とは言えない。

 で、成り行きとはいえ、立派な館をこんなザマにしてしまったのは俺達だ。

 主犯として責任を取る、もとい建て直しの手伝いを申し出たところ。


「いや、別によい。気にせず休むが良い」


 なんて、家長グレイラディのお断りによって一蹴されたのだった。


「いや、気にするなって言ったって流石にこれは……」

「よいと言っておろう。貴様らの手は煩わせん」


 まだ俺達の事が信用できないのか、あるいは本当に協力などいらないのか。

 間抜けに口を空けながら天井を見上げる俺に、事も無さげにグレイラディは言う。


「まぁまぁ。せっかく協力することになったんだから、ボク達も手伝うよ。というか、館への損害は大体ボク達の所為せいみたいだしね」


 どうやらホープも奴の炎の違和感に気付いていたらしい。

 ホープの魔術すら正面から打ち破るくせに、壁や床には焦げ1つ付けない少女の炎。

 ただ、戦いながらでは、魔権なんていう力にまでは辿りつけなかったようだ。


「良いと言っておろう。もとより、これは貴様達を暴れさせたこちらに非がある。まったく、人間には魔権が効かないとは聞いていたが、まさか本当じゃったとはな」 


 少女は呆れた様に笑っている。


「マケ……何? いや、まぁいいや。そんなこと言わずにさ。一緒にやった方が速く終わるに決まってるだろう?」

「断る。無駄に人材を投入するのはむしろ非効率的じゃ」

「ボク、戦い以外にも色々と便利な力が使えるよ?」

「必要ない。こんなもの、一人いれば事足りる故な」

「そんな! この修理を一人にやらせるの!? ちょっと、聞き捨てならないんだけど!?」

「気にするな。可能だからやらせるのじゃ。奴ならば鼻歌交じりでこなすじゃろう」

「それにしたって一人でやるのは現実的じゃないよ……べ、別に見返りを貰おうなんて考えてないから!」

「さっきこうなったのは自分の責任と言っていた男に、そんなこと勘ぐってはおらぬ」

「えぇと、えぇと……。あ、なんなら――――」

「貴様そろそろいい加減にしておかぬか?」


 余りにもしつこく手伝いを申し出るホープに、グレイラディの見事な三半眼が向けられていた。

 確かにここまでくると立派に余計なお世話、ありがた迷惑のレベルである。

 だが、屋根を吹き飛ばしたことを「気にするな」と言われても流石に無理な話なのだ。


「まぁまぁ。別にそこまで頑なに断らなくてもいいじゃんか。実際人手があった方が何かと便利だろ?」

「お主までか……はぁ……。わかった。わかったが、流石に今日はもう夜も遅い。修理を始めるのは明日からにするとしよう」


 遂に根負けしたグレイラディの一言で、その場は解散となった。

 で、戦闘の被害に遭わなかった一階部を借りて一夜を過ごし。

いざ修理を開始しようと、待ち合わせ場所の館の入り口前にやってきて最初に出た一言が、冒頭のソレという訳である。


「ほれ、だから要らぬと言ったのじゃ」


 館の扉が開き、グレイラディがバシアスを伴って歩いてくる。

 朝から威厳たっぷりの領主サマは、いつも通りの余裕の笑みを浮かべていた。


「や、やぁおはよう。ヤだなぁ。こんなに早く修理できるんなら教えてくれればよかったのに」

「貴様が効く耳持たなかっただけであろう。何度も断ったはずじゃが?」

「けどさ、実際どうやったんだ? あんだけボロボロだったのに……」

「? いや、我の部下の魔法で、ちょちょいと」


 ちょちょいて……。

 でもまぁ、魔法が凄い力だって言うのは魔族を見ていれば分かる。

 魔術師ではパンクしかねない規模の魔術行使を何の痛痒も無く振るうのだ。

 一晩魔法を使ったのだとすれば、そりゃあちょちょいのちょいで終わると言われても納豆出来る。


「魔法ねぇ。かなり興味深いよね。ちょっと今度教えてもらえないかな?」

「無駄だと思うぞ。魔法は人間には使えない。少なくとも、人間に魔法が使えたという話は前例がない」


 ホープの頼みを断るように、グレイラディの後ろに控えていたバシアスが言う。

 一応協力関係を結んだはずなのだが、まだ人間に対する警戒心が抜けないのか、その声には硬いものが混じっている。


「ようバシアス。おはよう。いい朝だな」

「……人間となれ合うつもりはない。俺への挨拶は不要だ」

「あー!! またそういうこと言う!! 私達はこれから協力するんだって言ったでしょ!! ほら、挨拶くらい明るくやったらどうなのさ!」

「ぐっ!? 痛いだろうが、フェテレーシア!! 大体、お前たち距離を詰めてくるのが早すぎるんだよ!!」


 バシッとフェテレーシアに背中を強打され、バシアスが涙目になっている。

 昨夜はともかく、今の彼女の態度は確かに友愛に満ちている。

 フェテレーシアは、敵対しなくていい相手には割と誰にでもフレンドリーに接する性分なのやもしれぬ。

 でなければ魔族が初見の人間など助けまい。


 そして、バシアスの意外なキャラが見えてきた気がする。

 魔界に来て早々襲われたんで、強くて恐ろしいというイメージが先行していたが、こうしてみると案外愉快な奴なのかもしれない。


 彼が人間嫌いなのは、やはり事実なのだろう。

 それでも主が協力関係を結ぶと言っているから、仕方なく俺達と接しているのだ。

 その辺りは気の毒だし、けれど仕方がないとも思う。

 一度は敵として戦いこそしたが、今はお互いが必要な存在だ。

 諦めて友好的な関係構築に協力してほしい。


「さて、じゃれるのも良いが、今日はやる事がある」


 ギャーギャー騒ぐフェテレーシアとバシアスにグレイラディが言う。


「今日は館の案内をしようと思うのじゃ。ここに住まう以上、構造くらい把握しておかねば不便じゃろう?」

「わざわざグレイラディ様がやる事はない、と思うのですが……」

「別に配下の者に任せてもいいのじゃが、今は互いに対等な協力者ということになっているからな。我自ら行うのが礼と言うものじゃろう」


 だが、主の前向きな言葉に対して、バシアスの表情は明るくない。


「……相手が人間であろうと、ですか?」

「人間であろうとじゃ。こ奴らも昨夜言っておったであろう。個人として向き合ってほしいと。互いの不理解ゆえに我らは戦うことになったが、今はこうして協力する関係なのじゃからな。バシアスよ。貴様の人間嫌いも、此度の協力で改めてみよ」

「それは……承知しました……」


 何か言いたそうだったが、結局バシアスは頷いた。 

 魔界に来てすぐに俺達を襲ってきた時の敵意といい、人間に対して強く思う事があるのだろう。

 けれど主の命令となればなんだかんだ了承するあたり、彼は真面目な忠犬なのだった。


「……何を笑ってる、人間」

「え? 俺笑ってた?」

「笑っていたぞ。何やらズルそうな笑い方をするのじゃな、貴様は」

「そうそう! ルイってよく意地悪な笑い方するんだよねー! ボクに意地悪する時とか、特に」

「え? そんなコトない、と思うぞ。というか意地悪ってなんだよ。そもそもはホープが振り回すからじゃないか!」

「え? ルイてばいじめっ子なの?」

「違うわ!」


 気が付けば四面楚歌である。 

 失礼な、俺は無実だ……!

 レッテルだけで判断することで発生する戦いの虚しさを、昨夜ここにいる皆で分かち合ったのではなかったのか……!

 そしてフェテレーシアさん、貴女の性格からしてイジメとか許せないのは分かるけど、ホープのやりたい放題につき合わされる側としては多少の仕返しがないとやってられないのです。


「とまぁ、それは後で言い訳するとして、ちょっといいか、バシアス」

「? なんだ、人間」

「その、人間っていうの、止めないか? せっかく協力するんだし、名前で呼び合った方がいいと思う」


 別に無理に距離を詰める必要はないにしても、だからといって遠ざけられている様に感じるのでは気持ちよくない。

 グレイラディに協力することになった以上、これから話すことも増えるだろうし、そんな他人行儀な対応は今のうちに変えておかないといざという時に支障が出ると思うのだ。


「それもそうじゃな。バシアスよ、試しに名前で呼んでみると良い。流石にその呼び方は改めるべきだと我も思うぞ」

「う……ぐ……承知しました……」

「ほれほれ、呼んでみ呼んでみ?」

「ぐっ……この……! る、ルイよ。よろしく頼む」


 バシアスがこちらを睨みつける。

 ……残念ながら、全然怖くない。

 以前のような訳も分からぬまま襲われていた時ならばともかく、今の彼の印象は、実に主想いの真面目なワンコ君なのだった。

 それに、その差し伸べている手が握手を求めているのだとしたら……なんというか微笑ましすぎる。


「あいよ、こちらこそよろしくな、バシアス」


 握手に応えて、こちらも名を呼ぶ。


「……うぅむ、やはりズルそうな笑い方じゃのう……」


 その後ろで、やはりそんなことを呟いているちびっ子系ネコ型領主。

 ……まぁ個人の感性なのだし、言い返しても不毛なので聞こえなかったふりをしておくことにする。


「そういえば、あの後自己紹介すらしてなかったような……」


 思い返すようにフェテレーシアがそんなことを口にした。

 そういえば、昨夜の戦いの後は各々の傷の治療とかで色々とバタバタしていて、そういうのを忘れていた。


「言われてみればそうじゃな。では……知っているかもしれないが、改めて名乗らせてもらおう。我はグレイラディ。エフレアの街を治める領主じゃ」

「私はフェテレーシア。トレジャーハンターだよ」

「じゃぁボクも。ボクはホフマン・レジテンドだ」


 こうして簡単な自己紹介を済ませる。

 だがホープの番で、何やらグレイラディが顔をしかめている


「む? ホフマン?」

「ん? どうかしたのかな?」

「いや、貴様ホープと呼ばれていなかったか? 」

「あぁ、これはルイの愛称だよ。親しい間柄の者達は、それぞれ名前を短くしたり呼びやすくしたりするんだよ。そうやって親愛を示すんだ」


 いわゆる仇名という奴である。

 その名で呼ぶという事は両者に一定の信頼関係が存在する、という証明のようなもの。

 まぁあだ名で呼んでいないから仲が悪いという訳でもないし、逆に別に仲良くない奴に仇名を馴れ馴れしく呼ばれる事もあるっちゃあるのだが。


「う、うむ……では我はホフマンと呼ぶことにしよう。まだ流石に仲がいい関係という訳でもあるまい。ルイは……ルイのままでよいのじゃな?」


 良く分からないが、グレイラディが焦っている。

 む、彼女の事はまだよく知らないのだが、この反応はなかなかにレアなものだと思う。


「あぁ、別に構わない。な、バっ君」

「バッ!? ちょっとまて、それは俺の事か!?」

「んじゃぁ自己紹介も済んだんだし、早く行こうぜ」

「ちょっと待て人間! いや、ルイ!おい!」


 声を荒げるバシアスと、その発言に噴き出す三人を後に玄関へと歩き出す。

 グレイラディの邸宅見学ツアーは、昨夜の敵対を感じさせないような賑やかさでその幕を上げるのだった。




 簡単に館の概要を述べるならば、形状はデジタル数字の3に近い。

西塔、中央棟、東棟に分かれており、それらを繋ぐように赤く長い廊下が伸びている。

廊下の中間には階段があって、階数は地上3階、地下2階の計5階。


で、今回案内されたのは地上部分だった。

地下は牢獄やら力両保存庫として利用しているらしいので、案内する必要はないとの事。

という訳で、見学は一階から順に始まった。


一階は主に執務や来客対応を主眼に置いた階だった。

やはり赤を基調にした上品な執務室や応接室、俺達が昨夜泊まった客室もこの階にある。

驚くことに豪華な風呂すら備えてあったのだ。

昨日知っていたら適当に体を拭いて済ませるなんてことはしなかったのに、とつい歯噛みしてしまう。


 白い大理石と赤い絨毯の廊下を歩いて、二回に続く階段に辿りつく。

 二回はこの屋敷の使用人や配下の居住スペースになっていた。

 といっても、館に住むことが出来るのは相応の能力と信頼を持つ者で、それ以外は近くの別館に住むことになっているらしい。

 ちなみにバシアスの私室もここにあるとの事だ。

 連絡用に彼の部屋の場所だけ知らされたところで、「覗いてやろう」なんて冗談を口にしたら無言で睨まれてしまった。


 まぁそんな冗談はさておき、二階は特に見るべきものはないと思う。

 あるものと言えば、せいぜいが食堂くらいだろうか。

 あくまでも居住メインの階層だけに、見るものは少なかった。


 よって説明だけ聞いて三階に向かう。

 その途中。


「おや、グレイラディ様」

「うむ? ラティエではないか」


 なにやら元気そうな少女に呼び止められた。

 年の頃は俺とかわらない程で、耳が出るくらい短い金髪にきりりと活発そうな目付きから、ボーイッシュな印象を受ける少女だ。

 しかし、かといってガサツそうな訳でもなく、その立ち振る舞いも声のトーンも実に落ち着いている。

 纏っているのは元の世界でいう修道服のようなモノで、この館の使用人の正装であるらしい。

 そんな服も相まって、彼女からは明るさと凛々しさを感じさせられた。


「昨夜は済まなかったな。その分今日は休みにしたのじゃが、どうしたのじゃ?」

「ふふふ、あの程度で一日お休みを貰える方が悪いですよ。十分休んだので、ちょっとお手伝いをと思いまして」

「全く、せっかく休めと言ったのに……まぁよい。丁度よいので紹介しておこうか。この者は我が配下のラティエである」

「例の協力者の皆さまですね。私はラティエと申します。グレイラディ様にお仕えする、しがない使用人でございます。至らない身ではありますが、以後お見知りおきを」


 グレイラディに紹介された少女は丁寧にお辞儀をしていた。

 魔族は人間を憎んでいるとか、そういう敵意を全く感じさせない対応に、こちらもつい礼を返してしまう。


「ちなみに、昨夜屋敷を直したのがラティエだ」

「え!? マジで!?」

「はい。私は土の魔法を使う魔族ですからね。地に由来するものへの扱いならちょっとしたものがありますよ」


 ちょっと誇らしそうに言う少女。

 短髪でボーイッシュな顔つきの少女を一発で女性だと見抜けたのは、そのあたりになかなか立派なご主張がある為だったりする。


「ふふ、貴様の働きは我の大きな助けじゃよ、ラティエ」

「そんな! グレイラディ様には及びません。グレイラディ様は1人で多くの事を抱え込んでしまいますからね。ちゃんと我々を頼っていただかないと困りますよ?」

「む? そんなつもりはないのじゃが……我に出来ぬことは人ん頼るとも。1人で背負いすぎるなんてことはないと思のじゃが?」

「はぁ……これは分かっていませんねぇ……仕方ありません。今後も配下は配下らしく、勝手に気を揉むことにしますとも」


 ため息交じりの使用人少女に、グレイラディは本気で頭を抱えている様子だ。


「む、むぅ……それはともかく、今はこの者達の案内の途中でな。話はまた後じゃ」

「そういう事でしたら、我々に申し付けてくださればやりましたのに……といってもそんなことはしないのでしょうが」

「そうじゃな。これは我自身がやるからこそ意味がある。さて、我はそろそろ行く。もう少し顔合わせが必要ならば改めてやっておくと良い」

「承知しました。それではよき一日を」


 深々と再度礼をするラティエを後にして、階段を昇っていく。

 辿りついた3階は、これまでの階に比べて部屋数自体は少なかった。

 その代わり、一部屋一部屋が広い。

 恐らくはパーティやら、一階ではできないような大規模会議なんかに使われるのだろう。

 ただ、ここ最近使用された形跡がないようだ。


 3階も大体見た後、グレイラディの私室へと通された。

 昨夜俺達が戦った場所、位置的には入口の真上にあたる。

 戦いの痕は残っていない。

 どうやったのかは知らないが、本当にラティエはあれほどの凄惨な現場を一夜で元通りに復元していたのだった。


 広さは小学校の体育館ほどで、その床には相変わらず深い赤の絨毯が敷かれている。

 窓際にはグレイラディが四人は寝られそうなベッドとか、やたら広い机とか、高く立派な衣装棚なんかが置いてある。

 昨夜は戦闘で気にしてはいられなかったが、


「いやぁ……広いね」

「実際に使うのは4割ほどじゃがな。この屋敷の初代の持ち主は、物を多く蓄える性質だったらしい。と、これで全部見て回ったわけじゃが、何か分からない事は?」

「んー、じゃぁ1つ。厨房ってどこにある?」

「2階の食堂隣の部屋じゃが……一体何に使うんじゃ?」


 質疑応答に手を上げる。

 俺の答えが意外だったのか、一瞬グレイラディはぽかんとしていた。


「何って、料理するに決まってるだろ? 食材、使っていい?」

「……あまり勝手に使い込まれると困るが……必要なら料理長に話は通しておくぞ」

「了解。一応後で俺も許可を貰いに行くよ。そこは筋を通さなきゃな」


 じゃないと更に人間憎しが加速しそうだし。

バッドイメージの払拭は、地道なところからコツコツとしていかなければならないと思うのだ。


「え? ルイって料理するの!? 意外だなぁ」

「ふふふ、油断しちゃぁ駄目だよフェテレーシアさん。気を抜いたら簡単に胃袋を掴まれちゃうからね」


 ホープ、それは流石に大げさだ。

 ホープに美味しいと言って欲しくてある程度の努力はしたが、俺の作るメシなんて所詮は実益を兼ねた趣味レベル。

 美味いと感じる事はあっても、心を動かす程の味は作れない、というのが俺の自己評価である。

 

「そうなの? いつか食べてみたいかも……じゅるり」

「はいはい、機会があれば作ってやるけど、あんまり期待はするなよ。所詮は男の料理に毛が生えた位のモンだから」


 よだれを垂らすフェテレーシアをどうどうと落ち着かせる。

 その期待の分だけ俺のプレッシャーが重くなるので、とりあえず釘は刺しておくのだった。


「では、他に無いようなら解散にするかの。他に要望があれば館の者に申し付けるがいい。内容を吟味したうえで、可能ならば許可するのじゃ」


 俺達を見渡すグレイラディ。

 他に意見は挙がらない事を確認し、見学ツアーはグレイラディの部屋で解散の運びとなった。


◇◇


 夜になった。

 俺は廊下を歩きながら、今日の事を思い出していた。


 館見学の後、午後3時ごろに食堂に顔を出し、食材使用の許可を貰った。

 既に話は通っていた様で、許可をとる事自体は簡単だったと言える。


 ただ、出迎えてくれたのは筋肉質の厳ついおっちゃんと、ジャンルの違う7人の美しい女性達で、流石にその点に関しては面食らった

厨房は割と異界感漂う空間だと思う。

 よく知らないが、就活での面接試験って言うのはこんな感じなのだろうか、なんて思いつつそんな一団に取り囲まれ。

 そうして数時間、気が付けばいつ間にか打ち解けた彼らと談笑などしていたのだった。


「いや、人間が来るかと言っていたから身構えていたが、案外面白い奴じゃないか」

「こっちだって。まさか、ここまで気安く話せるとは思わなかった。バシアスには散々やられたからさ。こう、取り付く島もないと覚悟していたんだけど」

「そりゃぁ、魔族狩りが本格化する前は、人間と魔族は一緒に住んでたんだ。敵じゃないって分かれば、警戒する必要なんぞねぇよ。俺らは人間に身内を奪われたわけじゃねぇってのもあるがな」


おっちゃんは野太い声でそんなことを口にしていた。

要するに,奪われたものがない魔族にとって、人間は“警戒こそすれ殺そうと思うものではない”という認識なのだろう。

 つまり、人間に大切な存在を奪われた魔族には、相応の敵意を抱くという事を意味している。


「まぁ、問題はその敵になる人間がどこに潜んでいるかが分からねぇって事だ。だからグレイラディ様もバシアス様も、お前を襲わざるを得なかったんだろうよ」


 彼が言っていた、そんな言葉を思い出す。

 前の領主は人間に殺されたのだという。

 前の領主、グレイラディの父親。

 それがどんな人物だったのか、俺は知らない

けれど、彼らが抱く人間への敵意から、それが大切な物だったと推測位は出来る。


もし、俺が大切な物を失ったら……。

ホープが何者かに殺されたりしたら、一体俺はどれほどの――――。

体が震える。

絶望するのか、怒りに身を委ねるのか。

想像もできない恐ろしさに、


「思った以上に、俺とあいつらの距離は遠いのかもしれないな」


 そんな弱音が口を突き、


「何が遠いんですか?」

「おっわ!?」


 そこに唐突に響いた少女の声に、みっともなく驚いてしまった。


「あはは、ルイさんって結構怖がりなんですか? おっわ、って言いましたよ、おっわ! って」

「……背後から不意打ちを喰らえば、結構な割合でこんなリアクションが返って来ると思う。えっと、ラティエさんだっけ?」


 俺を呼び止めたのは、見学の途中、三階に上がる階段の前で出くわした金髪の少女だった。

 湯気が立つ器を複数トレイの上に置き、少女はちょこんと立っている。

 そこには昼間の凛とした態度はない。

 親しみすら込めたような目で、少女は抗議の視線を投げる俺を見ていた。


「はい、ラティエです。ルイさんは考え事ですか? なにやらぼーっとして歩いてましたが」

「そんなところ。で、呼び止めたからには何か用があったり?」

「いえいえ、姿を見かけたので、いい機会ですので挨拶をと思いまして。ほら、1対1で話すのはこれが初めてですし」


 少女は何が嬉しいのか、随分とご機嫌な様子だ。

 初見のフェテレーシアでもここまで俺達にんげんに対して笑顔じゃなかったというのに、魔族とは思えない程のフレンドリーさである。


「と言っても、この後すぐ行かなくちゃいけないんですけどね。執務中のグレイラディ様に夕食を運ばなくちゃいけないのです」

「へぇ。グレイラディ、こんな時間でも仕事してるのか……立派というかなんというか」


 昨夜の戦闘を思い出す。

 彼女は自分が治める街の民を不安にさせる俺達を許さないと言っていた。

 民のためなんて言われても、正直俺にはピンと来ない。

 俺にとって大切なのは自分とホープ位で、その他の事までロクに気を回せない。

 だから、そんな沢山の人のために頑張れるグレイラディって少女は、きっととんでもなく凄くて偉いんだと思う。


「まだ子供だっていうのに……領主なんて、俺には絶対務まらないな。視点が違うのか、あるいは才能が違うのか。普段からあんだけ余裕たっぷりなのも、そんだけの能力があればこそっていうか……あれ? どうかした?」


 気付くと、少女の顔からは笑顔が消えていた。

 妙に真剣と言うか、それでいてちょっと悲しそうな雰囲気。

 何か失言でもしたのかと不安になる。


「い、いえ。少々緊急の用事を思い出しました。申し訳ないのですが、これを執務室に届けていただけませんか?」


 そう言うと、少女はトレイを俺に差し出してきた。


「お、おう。任せろ」


 タイミングが唐突過ぎる気がしないでもないが、緊急というのなら仕方がない。

 別に大したことでもないし、グレイラディを待たせても悪いので、そのまま任される事にする。


「ありがとうございます。冷えてはいけませんので、出来るだけ早くお願いしますね」


 俺がトレイを受け取ると、少女はいそいそと去っていく。

 だが、何を思ったか、少女は途中で振り返り。


「どうか、お嬢様を支えてあげてください」


 申し訳なさそうに、あるいは願うように。

 可愛らしい笑顔をちょっぴり曇らせて、少女はその場を後にした。


◇◇


 ラティエから受け取ったトレイを持って、執務室の前に辿りつく。

 トレイを落とさない様に気を付けながら、ドアをコンコンコンとノックする。


「む、入るが良い」

「あいよ、失礼するぞ」


 中からの声に許可を受けて部屋に入る。

 そこには彼女には不釣り合いな大きな机と、その机を埋め尽くす大量の書類に囲まれて、グレイラディが座っていた。


「おや、ルイではないか。なぜ貴様が?」

「ラティエに頼まれたんだよ。急用があるって言ってたんで、丁度一緒にいた俺が代わりに持ってきただけだ」

「む、ラティエが……? まったく、今日は休みをやったというのに……そも、客人に不要な仕事をさせるなど、あ奴は何を考えているのだ? 普段はそういうことをする者ではないのだぞ?」


 グレイラディが申し訳なさそうにしている。

 大げさな、たかだか飯を運ぶくらい大したことないだろうに。


「いいんだよ、そんなコト気にしなくて。それに、月並みだけど、こういう時はゴメンよりもありがとうって言ってもらった方が嬉しいんだぜ」

「む、そういうものか。ふむ……うむ、感謝するぞ。すまないが、じきに切り上げる故、食事は適当に置いておいてくれ」


 そう言うと、グレイラディは再び机に向き直った。

 言われた通り、接客用のテーブルにトレイを置き、少女の仕事の様子を眺める。

 束になった書類に目を通し、少女はサラサラと羽ペンを走らせている。


 その姿は、普段の余裕に満ちたものではなかった。

 そこにいたのは、ただ一生懸命なだけの少女だ。

 先ほどのラティエとの会話を思い出す。

 何を知ったような事を――――この姿を見て、才能が違うなんて、もう一度だって言えるものか。


 折れそうな花のようだ。

 可憐なくせに頼りない。

 一歩間違えれば散ってしまいそうな姿に、ふと喉の奥が熱くなる。


「ふぅ、終わったぞ……む? ルイよ、どうしたのだ? 何やら変な顔をしているが」

「なんでもない。それより、飯はしっかり食べるんだぞ」


 冗談を返すことも出来ずに立ち上がる。

 思ったよりも時間が経っていたのか、夕食の湯気は少し小さくなっている気がした。

 

「分かっておる。その……ありがとうな」


 少女の言葉を背に受けて、執務室を後にする。

 

 ――――どうか、お嬢様を支えてあげてくださいね。


 ラティエの言葉を思い出す。

 分からない。

 具体的にどうすれば彼女を助けてやれるのか、なんて俺には全く分からない。

 俺にとって、大切なのはホープの事だけだし、いざとなったらそれ以外の事は何だって切り捨てる覚悟もある。

けれど、出来る事なら助けてあげたいと思った。

儚い花のようだった少女が、いつまでも折れずに済むように、と。

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