第2話

「月刊真実」は月に10万部程の売り上げを上げるゴシップ誌で、業界的にトップクラスの売り上げとは言えないが、根強いファンがいることで知られていた。掲載内容は主に芸能界の裏話や事件・事故の追及記事、映画・小説の辛口評論などが主で、若手アイドルなどのグラビアは滅多に載せない、硬派な作りとなっている。「量と質と真実を、どこまでも求めていく」が標語であり、長期的な取材を元にした重厚で完結型の記事を売りとしていて、記事がそのまま単行本化することも少なくなかった。


 記者の一人である狭間は、オフィスで一人パソコンへ向かっていた。

窓の外はどっぷりと暗く、同僚の姿は見えない。狭間はキーを叩くカタカタという音と、深く長いため息の音を交互に生み出している。


 「ちょっと休憩しようかしら」と狭間が息を吐いた瞬間、乱暴にドアが開けられる音が背後で響いた。


 見ると、覆面を被った男が銃口をこちらに向けている。


「強盗だ! 手を上げろ!」


 覆面男は甲高い声を上げた。狭間は冷めた眼つきで男をチラと見ただけでパソコンに目線を戻した。


「おい、金を出せ」


 覆面男はじりじりと狭間に詰め寄っていく。


「お金なんてないわよ」


 狭間は深くため息を付き、パソコンのキー打ちを再開させた。


「そうか、それならお前の命を―」

「警察や! 手ぇ上げろ!」


 と、またもやドアの方から怒声が響く。

 見ると今度はマスクにサングラスという出で立ちの男が銃口を覆面男に向けている。


「そこのオカマから離れんかい!」


 警察を名乗った男もツカツカとこちらに近づいてくる。狭間は静かに立ち上がり、覆面男の目出し帽を剥ぎ、ビンタを一発かました後、拳銃をひったった。

 次に、呆気にとられているもう一人の男に近づき、拳銃のグリップ部分で頭を叩いた。 


「後藤ちゃん、吉松ちゃん。仕事の邪魔なんだけど。先に帰るんじゃなかったの」


 狭間は怒気をはらんだ声を二人に向けた。


「痛いなぁ。ビンタすることないじゃないか」


 童顔な頬をさすりながら、後藤は口を尖らせる。


「せやで、銃で殴るなんて下手すりゃ死ぬやろ!」


 吉松は頭を抱えながら自分の机に腰を下ろした。小太りの体が乗った衝撃で、机はミシリと音を立てる。


「私が締め切り過ぎちゃってるの、知ってるでしょ。なんで邪魔するの!」

「いやさぁ、狭間って切羽詰まると書けなくなるタイプだからさぁ、気晴らしに、ね」


 後藤は吉松に目を向けた。


「そうそう、お前の為を思ってドッキリ仕掛けよ思ってな。堪忍してや」

「それは余計なお世話ってやつよ。ただの邪魔、ゴミ、クズ、無価値!」


 と、狭間は拳銃を後藤へ投げ返した。


「流石二丁目の星! 今日もヘアピン似合ってんで!」


「うるさいわね、エセ関西人」

「吉松ってさぁ北海道出身でしょ?」


 後藤はおもちゃの拳銃を吉松に向けて発砲する真似をした。


「違わい!正真正銘、大阪生まれや!」

「後藤ちゃん、強盗は本当に『強盗だ!』って名乗らないでしょ」

「僕が前取材した強盗事件で、実際に言ってたって証言が取れたんだよねぇ」

「俺のオカンも昔コンビニ強盗した時にきっちり名乗ったらしいで」


 吉松はニヤニヤしながら、マスクを着けていたせいで曇った眼鏡を拭き出した。


「あんたの嘘、本当に成長しないわね」

「ホンマやって!」

「まあ、強盗の息子なら納得だよねぇ。色々と」

「色々ってなんやねん!」

「何をやっているんだ、お前ら」


 和気あいあいとした雰囲気に、冷たい声が突き刺さった。

 三人はビクリと体を震わせ、ドアの方を見やる。

堤がゆっくりとオフィスに入ってきた。


「何をやっているんだ」


 堤の問いかけに、三人は「いや、あの」と口をすぼめた。


「狭間」

「はい!」

「締め切り過ぎた原稿、出来たか?」

「……まだです」

「何故?」

「…その、頑張ってはいるんですけど、こいつらが邪魔をして」


 おい、と言わんばかりに後藤と吉松は狭間を睨みつけた。


「書けてないなら頑張ってないな、クズ」


 突き放した堤の言葉に、狭間は項垂れた。


「あの、堤さん、狭間は切羽詰まるとね」

「後藤、人の邪魔をしている場合か?」


 堤の眼光が、今度は後藤を捉える。


「お前は記事修正の締め切りが明後日だったはずだが。終わったか?」

「……いいえ」

「やれよ、今すぐ。今日終わらせてたら楽だろ」

「……はい」

「そんな銃で遊んでる暇ねえだろ」


 後藤は少し涙目になっている。


「吉松」

「はい!」


 弾かれたように立ち上がった吉松の衝撃で、またも机がミシリと鳴る。


「再来月号の企画案、考えたか?」

「ええ! ぼんやりとは!」

「具体的には?」

「…具体的には、ええと」

「はっきりと出ないなら、何もないのと同じだろう? 馬鹿か?」

「……おっしゃる通りです」


 吉松は体を少しばかり小さくさせた。


「同期入社で仲が良いのは大変結構。大いに遊んでもいいし、おしゃべりもするがいい」


 堤は言葉だけで三人を突き刺しながら自分の机に向かった。引き出しから分厚く重ねられた原稿用紙を取り出し、ため息を付きながらスーツケースに入れた。


「だが、それが許されるのは、やるべきことがきちんと終わった者だけだ。うすっぺらな原稿じゃ、人の心に何も残せない。お前らは、入社して3年目だったか。そろそろ自覚を持ってもいいんじゃないか、なあ」


「……はい」


 三人は、弱弱しく返事を返す。


「別に、やれないことをやれと言っているんじゃない。俺は、お前らが『できます』と返事をした仕事しか与えてない。だから、やれよ。以上だ、ちゃんと片付けて帰れよ」


 最期に三人をもうひと睨みしてから、堤はオフィスを出て行った。

 肺にため込んでいた息を、三人は同時に深く吐き出した。


「あんたたちも終わってないことあるじゃないの!」

「いやあ、僕らも息抜きしたかったというかさぁ」


 後藤は涙目で拳銃を見つめている。


「エライピリピリしてんな堤さん。いつもより険があったやないか」


 吉松は再度自分の机に腰を下ろした。


「あれ、知らないの?堤さん、例の担当になったらしいわよ」

「例のって、宮藤圭吾だっけ。もう少しで第二審を受ける」

「ああ、『糊付け』やな」

「そうそう、そいつよ。まーた厄介なのに行かされてるのよ、堤さんは。社長命令って聞いたけど」

「どうだろうねぇ。あの人なら、自ら進んで行きそうだけどねぇ」

そう言いながら、狭間と吉松も自分の椅子に腰を下ろした。

「そやな、あの人なら、社長に直談判しにいってもおかしくないわな」

「堤さんには実績もあるものね。社長の信頼も厚いんじゃないかしら」

「まぁ、僕らと堤さんじゃレベルが違うしねぇ」

「ま、いずれにせよ悲惨やね。ご愁傷様や」


 吉松の言葉に、狭間と後藤は黙り込んだ。


「……でもさ、堤さん、俺らを過信してる節があらへんか!」


話を変えるように、吉松は明るく語尾を上げ、三人は少し歪な三角形を作りながら体を向けあい愚痴りだした。


「わかる! 『なんで俺にできてお前らはできないんだ』的な感じするわよね」

「そうだよねぇ。そんな感じで上司に来られたら、できないことも『できます』って言わなきゃいけない感じするよねぇ」

「ホンマにな! もうちょっと相手の気持ちとか考えて欲しいやんな。例え優しさだとしても―」


 ガタリ、と音がした。三人は息を詰まらせ、音の出所を見やる。どうやら、堤の机に立てかけてあった書類が倒れたようだった。


「……仕事、しましょうか」

「そうだね」

「せやな」


 歪な三角形を解消した三人は自分のパソコンと向き合い、キーを叩き始めた

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