叫ぶ、檻
髙木ヒラク
第1話
「君は、煙草を吸うかね」
宮藤はにやりと笑った。唐突な質問に堤は顔色を変えず、隙を見せないよう即座に「いいえ」と返した。
「僕は吸ってたよ、ここに収監されるまで。捕まる時に手錠をかけてきた警官にさ、最後の一本だけ吸わせてくれって頼んだのに、吸わせてくれなかった。日本の警察は規律をきちんと守って偉いねえ。手錠をかけた瞬間から僕を自分たちと同等に扱わなかった。……まあ、それはそれとして、君はなんで吸わないの」
蛍光灯に当てられたカメラのレンズは鈍く光を反射している。
堤は少し間をおいて、宮藤の目を捉えながらゆっくりと口を開いた。
「あんなもの、百害あって一利なしだろう」
「そこなんだよ君!模範解答だ!」
いきなり声のトーンを上げた宮藤は、心底嬉しそうだった。
「……どういう意味だ」
「大抵の人はそういうよね。そう思うことは悪くはない。問題なのは、その価値観を押し付けることなんだよ」
「……価値観」
「そう、理由はそれぞれあれど、吸う人は一利あるから吸ってるんだよね。それを否定する人は、可能性を捨てた、想像力がない人なんだよ」
「大げさな。ただ自分を正当化する言い訳にしか聞こえんよ」
「……そう言われたらお仕舞なんだけどね」
堤の指摘に対し、宮藤は心底悲しそうな顔をした。情緒不安定気味なのは、堤が入手したカルテに書いてあった通りだった。
「可能性と言えば……、君、人間はなんにでもなれると思わないか」
口元に微笑を戻し、またも宮藤は質問をした。質問をしたいのはこちらだと、堤は隠さず顔に表す。その顔を見て、宮藤は口元の笑みをさらに広げた。価値間を押し付けるのが問題云々と言っておきながら、結局こいつも持論を展開したい類の人間なのだろう。堤はそう思いながら足を組み替えた。面談室の古いパイプ椅子は、座り心地がすこぶる悪い。
「なんにでもなれたら、俺は今頃プロ野球選手になっているよ」
堤も軽く笑いながら返す。
「……そうじゃないよ、そういうことを言ってるんじゃない」
宮藤の口調と眼つきが、少し緊迫をはらんだ。何か、奴の琴線に触れたのだろうか。
「どういうことだ」
「性格的に、というか……、そうだな、本質的なところでさ」
「……何が言いたい」
宮藤は口角を更に上げて、部屋を真横に区切っているアクリル板すれすれまで身を乗り出した。
「あらゆる選択と可能性の話さ。……怒りんぼ、弱虫、泣き虫。努力家、勉強家。勇者、賢者、愚者……」
宮藤の目に力が入り、顎が上がっていく。はじめ上目がちであった眼は、今は堤を見下ろしていた。
「誰かにとっての天使、悪魔、天才……あるいは殺人鬼かな? 僕にも、君にも、あらゆる可能性があるってことだよ」
「は。俺が人を殺すなど……」
「堤記者、君は、何者だ?」
遮られた言葉は虚空を舞って、堤の中に戻らなかった。カメラのレンズは相変わらずヒヤリと光っている。
俺は、何者か。満面の笑みになっていた宮藤の質問に、堤は答えを返すことができなかった。
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