第12話

私が旧校舎へ入っていくあいつとともえさんを見たのは、ちょうど家に帰ろうとしていたときだった。

巴さんの表情に切羽詰まったものがあったから、私は気になって後を付けることにした。あいつは巴さんに気づいていないみたいだったけど。


巴さんと初めて会ったのは、去年の五月。暖かい日だった。

第一印象は『綺麗』。

白のワンピースに麦わら帽子を被ったその姿は、なんというか、女神を具現化したみたいで神々しかった。

最初は彼女なのかなと思ったけど、あいつの言動からすると、どうもから進展していなかったみたいだ。

巴さんはあいつの家庭教師として、毎週勉強を教えに来るようになった。たまに私の勉強も見てくれて、的確なアドバイスをくれたのは多分彼女の性格の良さからだ。


そんな巴さんがあいつに恋愛感情を持っていると知ったのは、八月、夏休みの終わりのこと。

友達と夏祭りに行っていたとき、偶然人混みの中であいつを見つけた。

あいつは何人もの美人さんを侍らせ祭りを楽しんでいたのだ。もちろん、その中には巴さんもいた。

これはおもしろいと、当時の私は友達と一旦別れ、あいつを尾行した。

しばらくすると、あいつが女子達から追い出され、渋々神社の方へ向かった。

残った女子達は、じゃんけんを始め、五回のあいこの末、巴さんが一人勝ちした。そのときの巴さんはあまり態度には出さなかったものの、嬉しいという気持ちが溢れていて見ているこっちまで嬉しくなるほどだった。なんの勝負かは全然分からなかったけど。


負けた女子達は残念そうに、ぞろぞろと河原の方へ向かっていった。


──ああ、そういうことか。


私は気づいた。

創作物でしかありえないと思っていたけど、ほんとにハーレムなんてできるんだな、と。

私の予想は的中し、巴さんは一人、神社へ向かった。もうすぐ、花火が始まるというタイミングで。

その神社は恋愛成就の神様が祀られているところだ。当時、私たちの間でも密かに告白スポットとして知られていた。

間違いなく、だろう。


神社からはとても綺麗に花火が見えた。

あいつと二人、巴さんは終始緊張していて、結局なにも言い出せなかったようだ。

でも、嬉しそうだった。

まさに恋する乙女の表情。

私は確信した。

ちなみにあいつは、ずっとぽけーっと花火を見て、時々「綺麗だね‼︎」とか言っていた。鈍感ここに極まれりって感じ。


さっきの巴さんは、あのときと同じ表情をしていた。

きっと告白する。

でも、あいつは断る。

いつでも他人のことを一番に考えて、自分のことはおざなり。

そういう人間だから。


悩んだだろう。

あいつはもう気づいていたのだから。

自分に向けられた複数の好意に。

悩んだ末に出た結論は『女子達に自分のことを忘れてもらうこと』。

自分へのいじめなんて周りの女の子と距離を置く口実にはもってこいだった。


でも、そのやり方はきっと正解じゃない。正解なんてない。

あいつの選択はあいつが一番辛くなるものだ。

髪を伸ばし、口調を変え、心を閉ざしたあいつに、あの頃の面影は見事に消え失せた。それはつまり、もう周りとのコミュニケーションを遮断するという意思表示、あるいは決意なんだと思う。

私はそれを認めたくないし、認めない。

あいつは、なにも悪くないから。

むしろみんなが楽しく過ごせるように、裏で沢山努力をしたはすだ。

なのに、あいつが辛い思いをするのはおかしい。なんでこんなエンディングになってしまったんだろうか。

私があいつに望むことはただ一つ。


『心を開いてもらう』こと。


そのために、普段の冷たい素の私ではなく、努めて明るく振る舞っている。


☆  ☆  ☆  ☆


旧校舎の床は歩くたびにギシギシいって、今にも穴が開きそうだった。怖いな、木造建築。

二階に上がると、巴さんの悲痛な叫び声が聞こえてきて、思わずビクつく。


「そうじゃないっ‼︎そういうことじゃ、ないんだよ‼︎」


恐る恐る声の出所を辿っていたら、プレートに総研部と書かれた部屋に着いた。なんで総研部に?という疑問はそのとき浮かばなかった。

二つの影が見える。誰なのかは言うまでもない。


その後も巴さんが何か言っていたが、距離があって聞こえなかった。

そして、巴さんの泣き声が聞こえる。

それもしばらくすれば止まった。

声が聞こえる位置まで移動して窓から中の様子を窺うと、巴さんがあいつに詰め寄りキッと睨んで、唇を尖らせていた。可愛い。


「じゃあ友達」


「は?」


あいつと同じセリフが口からこぼれそうになったのを、慌てて押さえる。

どうやら告白は終わっていたみたいだ。


「これから総研部やり直すんだから、気まずいままじゃダメでしょ?だから友達」


え…?総研部を、やり直す…?


「は?……っえ、でも、…えっ?トモダチ?」


「そう、友達」


「ふ、ふうん。友達、ね。悪くないんじゃねえか?」


あいつの嬉しそうな声を聞くのは、ほんとに久しぶりだ。友達、欲しかったんだ…。


「私さ、総研部ほんとに大好きだったんだよね。あの場所も、メンバーも。だから、よろしくね。またこれから。あ、あと」


巴さんは、少し頰を紅潮させ、あいつをちらと見た。


「涼也君のことは、一番大好きだよ」


「それは…友達として、か?」


「友達としてなら私はえっちゃんの方が好きだよ。涼也君のことは恋愛的に、だよ」


今までのラブコメでは禁句だった言葉を受け、あいつがあからさまに動揺する。


「は、はあ?さっき断ったんだから諦めろじゃあな俺用事思い出したからっ」


赤面した顔を隠すようにしてあいつは部屋を飛び出て私にも気付かずに校舎を出て行った。




「さあ、もういいと思うよ。……涼華ちゃん、聞きたいこと、あるでしょ?」






──相変わらず、鋭い人だ。












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ラブコメに失敗しました。 安芸天聖 @Aki-hima727

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