4-3 王家の大盾の実像

「そう、一番の問題はコジロウが【狩猟犬】フォックスハンターに覚えられたことだ。林に逃げ込んで身を潜めても意味がない」


 敵にすると実に厄介な模型モデルだね、と走りながら副団長が言った。

 目の前には暗闇に沈んだ廃墟が広がっている。足元の瓦礫に足を取られて転ばないよう慎重に走り続ける。いや、俺は担がれているだけなんだが。


「でもまあ、前向きに考えようじゃないか。団長は余裕をかましてる。いつでも追いつけると高を括っている。その分、対策を練る時間が稼げるってもんだ」

「対策、あるんですか」

「今はないね。――疲れた。シュレン、ほれ」

「了解です」


 俺の身柄が副団長からシュレンへと引き渡される。今度もまた荷担ぎだ。扱いに文句のひとつも言いたくなるが、まともに走ることも出来ない体じゃ、面倒かけてごめんなさい以外に口に出来る台詞はない。

 自分がチビで良かったと思ったのは、初めてかもしれない。

 ――どれほど走っただろうか。副団長が速度を緩めた。


「歩きに切り替える。少し落ち着こう、大分距離は稼いだ筈だ。灯りも点けようか。本当なら夜陰に乗じてって場面だけどそれも意味がない」


 言うが早いか、肩からぶら下げていた布製の鞄からランプを取り出した。水に濡らすと燃えるガスを出す石を使う奴だ。

 ――ぼう、と周囲が照らし出された。眼前には相変わらずの廃墟が広がっている。それだけに足元が確認できるのはありがたい。


「俺も歩きます」


 肩越しに提案する。副団長やシュレンと言えど、人ひとりを担いで走るのは相当堪える筈だ。


「いけるのか?」

「大丈夫です」


 そう答えるとシュレンが俺を降ろした。どうにか自分の足で立つ。正直、噛まれた傷は痛む。だが泣き言なんて言っていられない。足を引き摺りながら歩き出す。

 後ろを振り返る。灯りのせいで闇が濃くなり、逆に見え辛い。とりあえず、追っ手の気配はまだ感じられなかった。


「散々追っかけ回して、疲れ切ったところを仕留めるつもりなんだろうさ」


 シュレンが笑った。


「まんま貴族の狐狩りだ」

「俺は、生涯狩りをしないと誓いますよ」


 残酷にも程がある。


「シュレン。すまないが灯りを」


 何を思ったか、副団長が手にしていたランプをシュレンに押し付けた。


「一緒に周囲の警戒も頼む。特に闇に融けがちなクライセンの猟犬に注意するんだ。コジロウの味を覚えた以上無理はさせないだろうが、奴の手駒は二匹いるからね」

「なるほど、気をつけます」

「リーフィはそのまま息を整えな。どう転ぶにしろ、あんたの力は必要になる」

「はっ……わ、わかりました」

「ほれコジロウ。肩を貸してやるから腕を出しな。見てられないんだよ」


 矢継ぎ早に指示を出しながら、副団長は俺の腕を自分の肩に回した。強がりは見透かされていたらしい。

 ――そうして、どことも判らない廃墟の中を再び歩き出す。

 当たり前だが、俺はこの辺りの地理には詳しくない。おそらく皆同じだろう。とりあえず今は団長たちから離れることだけを考えているのだ。


「……助けに来てくれたんですか」


 ぽつりと、呟いた。


「そういうこった」


 感謝しなよ、と副団長が微笑む。


「ええ。本当にありがとうございます。お陰で九死に一生です」

「おや、ヒネくれ者とは思えない素直さだ。明日は月の片割れが落ちてくるんじゃないか?」

「軽口を叩く元気もないんです」


 その言葉を裏付けるように、俺はそれきり黙り込んだ。

 ざっ、ざっ、ざっ。足音だけが夜に響く。

 再建するに値しない。そう判断を下され、見捨てられた瓦礫の町を進み続ける。

 そうしている内に――。


「ちくしょう」


 堪えきれず、呟きが漏れた。


「ちくしょう」


 もう一度。


「笑うしかないですよ。まさか、団長があんな人だったなんて。目的の為であれば、平気で部下を犠牲にする。そういう行為とは縁遠い人だと、思ってたんですけどね」


 誰も応えない。ただ、リーフィが俺へと手を伸ばそうとして結局止めたのだけが見えた。


「情けない。信頼してたのに。尊敬してたのに。憧れてたのに。まさか、あの団長が……っ」

「あんたたちにとっちゃ意外かもしれないけど」


 副団長が低い声で言った。


「実はね、アタシにとってはさほど驚く話でもないんだ。今回のことはね」

「……どういうことですか?」

「コジロウ、あんたにとっては残酷な話になるけど、それでも聞きたいかい?」


 警告染みた物言いにためらいを覚えた。だが無理だ。目を背けて自分を騙し続けるよりは、直視して苦しむ方がマシだ。


「聞きたいです。教えて下さい」


 俺の返答に副団長は前を見据えたまま、じゃあ教えてあげるよと呟いた。


「団長が『護紋の輩』だったことは、知ってるだろ?」


 頷いた。元王家親衛隊の肩書きにも、憧れていたのだ。


「親衛隊のムーア・バイセンといえば結構な有名人でね。特に王家に対する忠誠心は誰よりも厚いと評判だった」


 知っている。団長は事ある毎に姫への忠誠を口にしていたし、何より模型モデルが。

 【滅私奉姫の番人フェイスレス

 主を護る為に全てを捧げる覚悟で生み出された模型モデルなのだ。


「あの人は姫に心酔していた。だからだろう。王家に仇為す者に対しては、そりゃもう苛烈なもんさ。二度と歯向かう気が起きないよう、徹底して叩き潰す」

「……良いことじゃないですか」

「そうだね。その怒りが、敵にだけ向けられていればね」


 眉を寄せた。どういうことだ? 敵だけ……ってことは。


「味方にも、矛先が向いたってことですか?」

「ご名答」

「どうしてです」


 答えておいて何だが理屈が通らない。


「味方ってことはつまり、共に姫を護る仲間でしょう?」

「仲間。いい言葉だね。けれど場合によっては、足を引っ張る存在も含まれる」


 容赦のない台詞に、思わず副団長の顔を仰ぎ見た。


「つまりはそういうことさ」


 俺の視線に気付いたか、薄く微笑み返してきた。


「あの人にとって無能な味方は敵と同じ、王家に仇為す存在だったのさ」


 俺の体を支える力が、僅かに増す。


「親衛隊の人間が過ちを犯す。それは、姫の危険と直結する。強過ぎる忠誠心故に味方の過ちすら許せない男になってしまった。結局行き過ぎて、仲間を半殺しにした挙句に追放だ。

 ――仲間の無能を許せない、心の狭い男。

 親衛隊時代はそう陰口を叩かれていたね」


 ……おい待て。ちょっと待て。


「無能が許せないというなら、どうして俺をギルドに受け入れたんですか」


 無能。それはある意味、俺の代名詞だ


「一番嫌いなタイプじゃないですか」


 少なくとも昨日までの俺にとって、団長は『小さな器』ですら受け入れてくれた、器の大きな人だったのに。


「何故あんたを受け入れたかって? そりゃ姫の側に戻りたいからさ」


 解らない。俺を入団させることと親衛隊へと戻ることに、何の繋がりがある。


「是が非でも返り咲きたい。なら、自分は変わったのだと示す必要がある。だから」


 副団長が、肩越しに俺を見た。


「史上最低の無能と後ろ指を差された新人。そんな奴を自分のギルドで育てるんだ。無能を許せないという悪評を払拭するにはうってつけだろう?」

「――――っ」


 なんて、こった。


「は……ははは」


 乾き切った喉の奥から荒んだ笑いが漏れた。最初から団長にとって俺は道具でしかなかったわけだ。

 正直、堪える。

 俺が団長を尊敬していた一番の理由は、こんな俺を誘ってくれたからだ。あの人は書類上の俺じゃなく、俺自身を見て評価してくれていると思っていたからだ。


「ヴィオさんは」


 沈黙を嫌ったのだろう、すかさず後ろから声。リーフィだ。


「そこまで知っていて、どうして『霧雨の陣』の副団長を引き受けたんですか?」

「その一点さえ除けば純粋に尊敬できる男だったからね」


 答えは明快だった。


「王家の大盾とまで呼ばれた実力は本物だよ。仲間に対する異様なまでの苛烈ささえなければ、ぜひ一緒に仕事をしたい男さ」


 あんたたちだって知ってるだろう――?

 そう言われれば頷く他にない。この一年、本人の思惑はどうあれ、ムーア・バイセンは俺たちにとって理想の団長だったのだから。


「嫌な予感を覚えたのは、コジロウの異質が発覚した時だ」


 言いながら、足元の大きな瓦礫を蹴飛ばした。俺が歩きやすいよう計らってくれたのだ。


「団長が嫌な笑みを浮かべるのを見てね。それからというものギルドの仕事に集中を欠いている印象も受けたし、あちこちに連絡も入れていた。まさかと思ったんだけど」

「いつかの忠告は……団長が俺を利用しようとしている気配を察して言ってくれたことだったんですか」

「当たって欲しくはなかったけどね」

「――原因を追究するのも良いですが」


 会話の間隙を縫って、シュレンが声を出した。


「まずは現状を打開しないことには、始まりませんよ」


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