4-2 捨てる者、拾う者

「足掻かないのか? らしくないな」


 巨人が仰け反った。

 横殴りに飛んできた大きな【拳】が【番人】を押し返したのだ。

 巻き上がった砂埃の中に、人影。俺たちと巨人との間に割って入る、妙に気取った輪郭。


「……シュレン!?」


 準爵の次男坊が、ポケットに両手を入れたまま団長の前に立ちはだかっていた。

 ――どうして、お前が。


「どうして貴様がここにいる」


 俺より先に、団長が唸った。顔に驚きが浮かんでいる。こいつの登場はあの人にとっても想定外か。


「シュレン。貴様は俺の誘いを蹴った筈だ。我がギルドに潜り込んだ、形なき財産を盗む賊の手先を捕らえたならば、直属へ推薦してやるという話を」

「断ったのではなく、信じなかったんです」


 ちらりと二階に立つクライセンへと視線を送った。


「男爵家の跡取りはそのまま呑み込んでしまったようですが、生憎と俺はコジロウがそんな男だとは思えない。だから貴方の言葉を不審に思った。これは裏があると考え、こうしてやってきたんですよ。――二人でね」


 二人? ということは。


「アタシもいるんですよ」


 夜闇に女の声が響いた。

 もちろん聞き覚えはある。副団長だ。振り返ると、暗がりの中に見慣れた肉体美が薄らと浮かんでいる。布製らしき白い肩掛け鞄をぶら下げていた。


「ヴィオ、貴様もか」

「そこの気障男にデートに誘われましてね」


 おどけ調子で肩を竦めた。


「こんな廃墟に連れてくるとは女心の解らない男です。どんなに顔や家柄が良くても、これじゃ本当にいい女は捕まえられない」

「手厳しい」


 思わぬ攻撃に、シュレンは緊張感なく苦笑いと共に肩を竦めた。


「……団長」


 地面に座り込む俺とリーフィの隣に立つと、副団長は一転、真面目な顔で神妙な声を出した。


「いや、ここは元・王家親衛隊、ムーア・バイセンとお呼びするべきでしょうか」


 団長は答えない。代わりに、短くなった葉巻を投げ捨てた。


「アタシは、貴方が過去の過ちを反省しているのだと思っていました。けれど、何一つ変わっちゃいなかったんですね」


 言葉の意味は解らない。ただ、副団長の瞳が哀しげに揺れているのだけは解った。


「貴方の頭の中には、今も昔も姫しかいない。実力と技術には非の打ち所がない――けれどその一点だけは。姫への執着だけはとうとう修正出来ませんでしたか」

「シュレンに声をかけたのは間違いだったな」


 団長が新たな葉巻を横咥えにした。


「ヴィオ、お前まで出てくるとは」


 おもむろにマッチを擦り火を点ける。そうして、この場に集まった面々を見回した。


「見事に分裂したな」


 気づけば、リヒトを除く『霧雨の陣』のメンバーが揃っていた。

 リーフィに支えられどうにか立ち上がる。そんな俺たちを庇うように立ってくれているシュレンと副団長。

 対して――。

 荒れ果てた道の真ん中に立つ団長。その奥のビル二階には猟犬を従えたクライセン。


「まあいい」


 団長が煙を吐き出した。


「どの道、俺は姫の下へ戻る。ギルドは今日で解散だ」


 【番人】が、再び動き出す。俺を手中に収める為に。

 しかし状況は変わった。俺とリーフィだけじゃ手も足も出なかったが、副団長とシュレンが加わってくれたならあるいは!


 持ち上げられた。


 何事かと振り向くと、副団長が俺の羽織の襟を掴んでいた。


「逃げるよ。巻頭には逃走あるべしってね!」


 ひょいと、まるで旅行鞄でも背負うかのように担がれた。


「リーフィ! 走れ!」


 副団長の動きに呼応し、シュレンが叫んだ。弾かれるようにリーフィも立ち上がり――。

 一斉に団長の前から逃走を始めた。


「ちょ……副団長! 今のは」

「あん? 知らないのかい! どっかの国の偉いさんが、兵法を教える時はまず最初に逃げることを――」

「そこじゃねえです!」


 妙な言葉遣いになった。


「なんで逃げるんですか!」

「勝算がないからだよ!」

「どうしてです! 四人いれば」

「走れないお荷物は、黙って従いな!」

「ヴィオさん!」


 次なる抗議はリーフィ。シュレンに庇われつつ走っている。


「こっちは駄目です! 町から離れてしまったら逆に打つ手がなくなります! 向こうの角に馬車を待たせてありますから、今からでも!」

「そんなモン、もうないよ!」


 なんだと?


「アタシたちが乗ってきたのも含めてもう押さえられてる。団長の虚言に踊らされてるのは何もクライセンだけじゃない。町へと逃げても網に引っかかる!」


 網――まさか警察も動かしたのか! どれだけ周到に用意してたんだよ、あの人は!

 背負われている俺には後ろが良く見える。遠ざかる団長たちの姿が見えている。一目散に逃げ去る俺たちに慌てて追いすがろうとはしない。

 当然だ。

 何故ならば【狩猟犬】フォックスハンターに噛まれてしまった。触れてしまった。覚えられてしまった。


 少なくとも俺は、もう絶対に、逃げられない。

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