4-4 認めるということ
「まずは現状を打開しないことには、始まりませんよ」
現実に引き戻される。全くもってその通り。平穏を取り戻さないことには存分に打ちのめされることすら出来ない。
「副団長、策は思いつきましたか? 俺も考えてみましたが、残念ながら
「あんたのアレでも、やっぱり無理かい?」
「掛け値なしの全力を振り絞ったとして、半分も削れないでしょうね」
お手上げと言わんばかりの台詞。こいつは俺たちと違って、前々から団長の模型について見知っていた。相手の力量を見抜くのに長けたシュレンが言うのだ。その通りなのだろう。
副団長だって、そう簡単に策なんて、
「ま、ひとつだけなら、案がないこともない」
――あるのかよ!
その返答に、シュレンはふむ、と一度頷き、
「そいつに俺は必要ですか?」
そう訊いた。
「いや」
首は横に振られた。
「いるに越したことはないけれど、絶対に必要と言うわけではないね」
「ならば、俺はここに残りましょう」
気軽に、とんでもない事を言ってのけた。
「団長たちを足止めをします」
おい待て、ちょっと待て。
「無茶です!」
俺より先に反論したのは、リーフィ。
「今、倒す手が思い浮かばないって言ったじゃないですか! 向こうにはクライセンだっています。それならいっそ、全員で」
「無理だ」
今度はシュレンが首を振った。
「四人が束になったところで、無策のままでは団長一人に敵わない。特にコジロウ。お前とあの人の相性は最悪だからな」
ぎくり。心臓が跳ね上がる。
「……それは、俺の
「その通り」
シュレンが頷く。
「【番人】が宿す魂ゆえに、お前の抵抗は全て無意味だ」
魂。そりゃそうか。見た目の巨大さと実際の強さに圧倒されて失念していたが、当然
「当然、知ってるんですよね」
「ああ。王家の大盾と呼ばれた所以でもある」
「それは、どんな」
「単純にして明快さ」
「堅いんだよ」
「――え?」
「なまくらじゃ傷ひとつ付けられない。貧弱な攻撃じゃあ損壊ひとつさせられない。取るに足らない攻撃は、全て無効化されてしまう」
「それは、
「違うよ」
首を振ったのは副団長。
「確かに
クライセンが絶対的な探索を魂として宿したように。
リーフィが戦意消失を魂として宿したように。
あの人は堅くあることを魂として宿してるんだ」
「ただ堅くあることを、ですか?」
「そうさ」
「……何だそりゃ」
――だってのに。
そいつをただ『堅くあること』に費やすなんて。面白味も何もないじゃないか。
誰だって自分だけの特別な力を生み出せると知ったら、それなりに凝った奴を思い浮かべるだろう?
「【
「だね」
副団長が笑った。
「己が攻撃を引き受けることが前提。身を挺して護る。まさしくその言葉を具現化した
具体的に説明すると、と言葉を続ける。
「【
雑魚が束になっても敵わない。ある程度の力を持つ強者のみ相手するに値する、と。
つまり、俺のちっぽけな【星】をどれだけ叩き込んだとしても無意味。
「それは確かに……相性最悪だ」
勝てない。シュレンの言った意味が、ようやく呑み込めた。全員でかかったからといってどうにかなる相手じゃない。
「この中で、【番人】に多少なりともダメージを与えられるのは」
シュレンが視線を巡らせる。
「俺と、リーフィだけだろうな」
名を呼ばれた本人が、驚いて自分の顔を指差した。
「副団長の
副団長の
「だが、結局は同じことだ。俺とリーフィが力を合わせても、副団長の
ごくり、と喉が鳴った。
「【
「……絶望的じゃないですか」
「だから俺が残るのさ」
シュレンが快活に笑った。
「副団長には腹案が有るようだしな。倒すのではなく攪乱に徹すればそれなりにはやれるだろう。殺されはしまい。準爵家の身分がいい保険になってくれる」
「――そうだね」
副団長が頷いた。
「その申し出に、甘えさせてもらおうか」
「でも!」
リーフィが叫ぶ。
「一人だけ残るなんて」
「リーフィ、心配してくれるのか?」
心底嬉しそうに言った。
「だが問題ない。俺は必ず君の元へ戻って見せる」
「……いえ、別に私の元である必要は……」
「そういうわけだ」
シュレンが俺へと振り返った。
「俺はお前の為に体を張らせてもらうぞ。ここまですれば、流石のお前も」
「少しは、俺を認めてくれるか?」
ぐらり。目の前の景色が大きく揺れた。
何を言ってんだ。認めるって、何だよそりゃ。最初から俺はお前のことを、
――本当に? 本当に俺はこいつを、認めていたか?
「シュレン」
気を利かせてくれたのだろう。副団長が肩に回した手を離してくれた。俺は足を引きずりながら、準爵の息子の側に寄った。どうしても聞きたいことがあったからだ。
「……例の、親衛隊行きの話だけどさ」
「ああ、なんだ。行きたくなったか?」
「そういうわけじゃない」
首を振る。
「ほかの奴の所にも……話を持っていったのかどうか、気になって」
「そんなわけないだろう」
心外だと言わんばかりの顔だった。
「王家を、今はただ一人の姫を護り奉る親衛隊だぞ? どこの馬の骨とも知れない奴に譲れるものか。あれはお前だからこそ振った話だ。俺と違い、ひたむきに努力できるお前にな」
――じわり。再び目頭が熱くなる。
クソ、こいつ。まさか、こいつ。俺に突っかかって来ていたのは、馬鹿にしてたんじゃない。本気で張り合っていたのか。ライバルだと思っていたのか。爵位を持つ貴族の息子が、落ちこぼれのこの俺を。
「おい」
シュレンが俺の目の前で手を振った。
「呆けてる場合じゃないだろう。状況が解っているのか?」
「ああ、解ってるよ」
いや、俺は何ひとつ解っちゃいなかった。
「ふはは、ならばさっさと行くが良い」
いつもの自信に満ち溢れた態度で、シュレンがポーズを決めた。クソ、馬鹿っぽいのにいちいちサマになる辺りが悔しい。
「リーフィのことは任せたぞ。傷ひとつでも負わせたなら俺はお前を許さない」
「へいへい」
そもそも、狙われてるのはリーフィじゃなく俺なんだけどな。
「話はまとまったかい?」
副団長が張りのある声を出した。
「そうと決まれば動くよ。遮蔽物がある場所に移らないとね。おあつらえ向きの場所を探して駆け込むんだ。それとシュレン」
副団長はその肩をポン、と叩く。
「無理はするんじゃないよ?」
ランプと共にシュレン一人を残し、俺たちは再び走り出した。荒野の向こう側に薄らと見えた青い輪郭から逃げるように。
一度だけ振り返る。視線に気付いたか、シュレンは人差し指と中指を立てて振って見せた。
ったく、どこまでも率直で、気障ったらしくて――
格好良い男だと、心から思った。
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