3-6 そこまで強くない


「こうしてあんたを呼び出すのは今月だけで何度目だろうね」


 今度は執務室ではなく、中庭だった。

 副団長が、顔を悪鬼の形相に歪めて俺を見下ろしている。


「任務は失敗した――かどうか、はっきりしない。何も起こらなかったからね。調査室の連中がガセを掴んだのか、あんたが直前に騒ぎを起こして目立ったせいなのか。そいつは霧の中。ひとつ言える事は、調査部の連中が揃ってあんたが騒ぎ立てたせいだと槍玉に挙げてることだ」

「……申し訳、ありません」


 うなだれるしかない。反論の言葉ひとつ思いつけない。


「大衆に不埒な党賊を捕まえるパフォーマンスを見せ損ねたと先方は大層ご立腹だよ」

「はい」

「随分と失態続きじゃないか、え?」


 煽るような物言いだった。


「クライセンの護衛を果たせなかったと思えば、今度は任務失敗の原因だと責められて。賠償こそなかったものの、ウチへの参加報酬はなし。メンバー全員が、一日をストゥルト川に投げ捨てたようなもんだ」

「返す言葉もありません」

「そんな体たらくで、よくも直属になろうなんて思えるもんだ」


 ――何でそいつが出てくる。

 頭の中でぴんと糸が張り詰めたのを自覚した。確かに任務中、街中で揉め事を起こしたのは俺が悪い。責められても仕方ない。だが、これは聞き過ごせない。


「それは……関係ないでしょう」

「なんだい一丁前に。逆咬みかい?」

「話を一緒にしないで下さいと、お願いしています」

「上司に噛み付く肝は褒めてやりたいところだけどね、本当に反省しているかどうか、疑わしくなっちまう」


 ぷつん。糸が切れた。

 ぎろりと副団長を睨みつけた。決めたぞ! 今決めた! 俺は直属に行く。だったら相手が上司だろうと関係ない。どうせこの女とも縁は切れるのだ。

 言ってやる。言ってやるともさ!


「――そんなに俺を悪者にしたいのかよ」


 第一撃を放った。


「あんたは前も、そうやって俺の責任をあげつらった。今回のは仕方ない。でも、前のは違うだろ。どうして俺がそこまで罵られなきゃならないんだ」


 唐突な俺の反抗に、意外にも副団長は表情を変えなかった。


「ふざけんなよ。前回に関しちゃ、責めるべきはどう考えたって向こうだろ。俺に護衛されるなんざ御免だと自分から突っ込んで行ったんだ。その責任まで俺に負えってのはいくら何でもおかしいだろ」


 即座に罵倒が飛んでくるかと思ったが、副団長は沈黙を保っている。戸惑っているだけかもしれない。


「俺だって職務には忠実でいたい。でもそれをさせなかったのはあいつらだ。正直、クライセンが連中に刺されたと聞いた時はざまあみろと喜びましたよ。当然だ。奴らからどれだけ陰湿な嫌がらせを受けていたか、あんただって少しは知ってる筈だ」

「……まあ、ね」

「今回のこともそうだ! シュレンの奴が俺に何を言ったか、聞けば少しは俺の言い分も理解出来るでしょうよ」

「本人から聞いたよ」


 副団長はあっさりと言った。


「自分に持ち込まれた親衛隊入りの話を、あんたに譲ろうとしたらしいね」

「俺が、入れるわけねえだろ!」


 惨めだな。心のどこかでそんな想いが滲んだ。


「名高い鉄の騎士の息子で、真っ向勝負で勝てる同世代はいないと評判のシュレンだからこそ舞い込んできた話だ。俺みたいな落ちこぼれに手が届く話じゃない。それを」


 拳が、いや、全身が震えている。自分の奥から、これまで押し留めていたものが、どんどん溢れ出して来る。


「自分が要らないからお前がどうだと。まるで果物を人に寄越すように! 受け取ることが出来ないと解ってて譲ろうとするのは見せびらかしてんのと何が違う!」


 その気になれば俺はいつでも行けるから。言外にそう匂わされてるようで。


「だから、怒ったのかい」

「怒るさ。怒るに決まってる! どいつもこいつも、人をコケにしやがって。あんただって」

「アタシが」


 副団長が目を細めた。


「アタシがどうしたって?」


 一瞬の躊躇。だけどすぐに吹き飛ばす。もうどうなろうと知った事か。


「あんただって、同じだ。直属行きの話を蹴らせようとしてるのは俺という実験体を手元に置いておきたいからだ。色々試してましたもんね。定説が引っくり返るほど珍しい例なんだろ! 論文に書いて協会に出せば、役員の座を射止められるかもしれませんしね!」


 殴られる。そう覚悟した。だが、副団長は目を細めただけ。


「うんざりなんですよ」


 あれ、俺、何で、こんなことを喋ってるんだっけ……?


「解ってますよ。自分が道端でゴミを漁るカラスみたいなもんだってことは。だから身の程を弁えて、迷惑にも目障りにならないよう大人しく隅っこで分相応の仕事を果たそうとしてる。だってのに、わざわざ寄って集って悪し様にあげつらいやがって。その癖ちょっと珍しい才能があると判れば、利用価値があると都合良く持ち上げる」


 気に入らない。誰も彼もが気に入らない。


「俺は直属に行きますよ。ああ行ってやるとも! そして見返してやる。どいつもこいつも見返してやる。無能扱いする奴も、実験動物扱いする奴も、全員だ!」


 呼吸が荒い。苦しい。賊を追っかけて町中走り抜いた時でもこれほどの息切れは、ない。

 副団長は動かなかった。俺の言葉を一通り受け止め、指ひとつ動かすことなく、ただ俺を見下ろし続けている。

 やがて、なるほど、と納得したように頷いた。


「あんたの気持ちは良く解った。もう止めないよ。直属に行きたいなら好きにすればいいさ」


 付き合いきれないと言わんばかりの台詞を聞きながら、ぜい、ぜいと息を整える。


「だけどね、やっぱり応援はしない。アタシにはあんたが直属に行っても上手くいく未来が見えないからね」

「……結局は否定ですか」

「否定するともさ。今のあんたじゃ、直属だろうと親衛隊だろうと、他のどこに行ったとしても絶対に失敗する」


 言い切りやがった。この女、よほど俺のことが気に食わないと見える。


「何故なら、前にあんたが言ってたからね」

「……言ってた? 何を」

「リーフィと並んで歩くと、なんて不釣合いなんだと、道行く男共が不満気な顔をする」


 いきなり何の話だ。そんな話は……いや、したか。何日か前に飯を食いながら。


「馬鹿だね」


 鼻で笑われた。


「そういう感情がゼロだとは言わないけど。その大部分は、あんな良い女を連れて歩きやがってという嫉妬なんだよ」

「今の俺に関係あるんですか、それが」

「一から十まで自分への攻撃と受け取る。それを直さない限り、あんたは環境を変えても失敗すると言ってるんだよ」


 副団長が一歩前に踏み出た。俺へと歩み寄った。


「同情出来る部分もある。故郷でのあんたについてアタシは何も知らないけれど、憧れだった創作家クリエイターになったその日に、あんたは創作家クリエイターとして史上最低の出来損ないとの烙印を押された。

 悔しかっただろうさ。敏感にもなるだろう。嗤われ嘲られて攻撃的になるのも判る。寄せられる感情全てを刃と見做しても仕方ない。

 でもさ。だからって、目と耳を塞いで何もかも跳ねつけてたら、本当に大事なものまで振り払っちまうよ?」

「今さら説教なんて」


「あんた――自分と友達になりたいと思えるかい?」


 胸を一突きにされた。


「思えないだろう? そりゃあそうだ。何でも卑屈に受け取り、上っ面だけの敬語で嫌味じみた台詞を吐くクソガキと、辛抱強く打ち解けようとする奴が世の中にどれだけいると思う?

 しかもあんたの場合、リーフィにだけはまともな笑顔を見せるもんだから、他の奴に見せている顔は嘘なんだと、はっきり判っちまう」


 ……それは、今までの自分にはない視点だった。リーフィに対する態度が周囲の反感をかきたててるかも、なんて。

 考えたことすらなかった。


「クライセンやリヒトのこともそう。悪いのも器が小さいのも間違いなくあいつらの方。決してお手繋いで仲良くとはいかなかっただろう。

 でも、二人との関係も、もっと違った落としどころがあったんじゃないか? でもあんたは最初から跳ね除けていた」


 違うかい、という確認に、咄嗟に言葉が出ない。


「いや、でも」


 ひねり出した言葉は、言い訳をする子供のように響いた。


「仕方ないでしょう? クライセンもリヒトも最初から侮蔑を浴びせてきた。噂と前評判だけで俺の価値を勝手に決めつけていた。そんな奴らにまで我慢して愛想を振り撒けって言うんですか」

「アタシはそう思うね」


 副団長は、薄く笑った。女らしい穏やかな顔もするんだなと、場違いなことを考えた。


「誰かと握手したければ、自分から手を差し出さなきゃ始まらない。拒否されても手を差し出し続けなきゃ、いつまで経っても変わらない。付き合いが避けられない相手なら、いくら気に入らなくとも擦り合せる方法を探らなきゃいけない。自分に向けられる悪感情を理不尽と噛み潰しながらね。

 出来なきゃ、どこに行っても、生き辛いだけさ」

「それが」


 いつの間にか、体から力が抜けていた。


「大人って奴ですか」

「さあね。今言ったのは、あくまでアタシが、アタシの人生の中で掴んだ真理でしかないよ」

「でも、どう頑張ったって、噛み合わない事もあるでしょう」


 首を振った。


「我慢して、色々と試して、それでもなお自分の敵に回ろうとする奴だっている。その時は」

「その時は、今のあんたでいいんじゃないか?」

「今の俺?」

「いつか徹底的にぶちのめしてやると、腹に溜めておけばいい」

「――――っ」


 最後の最後で肯定かよ。卑怯だな。

 副団長が歩き始めた。俺を避けるように体をずらす。中庭から出るつもりなのだろう。横を通り過ぎ――、

 ぽん、と肩に手が置かれた。


「まあ頑張りな。そして出来ることなら、リーフィだけが知ってるあんたの良さを、他の奴にも見せてやれるようになりな」


 その言葉は――。

 俺の中で、随分と優しく響いた。


「最後に、ひとつ謝らせておくれ」


 さらに殊勝な言葉が不意を打つ。


「アタシはあんたに強く当たり過ぎた。コジロウ・砂条は曲がっちゃいても折れることはないと勝手に決め付けて、叩けば叩いただけ伸びるものだと思い込んでいた。陰湿な嫌がらせなんて屁とも思わないくらいに頑丈だからと、都合良く考えていた。

 すまなかった。捻くれてるあんたには嫌味に聞こえるかもしれないけど、今、本当に心から反省してるよ――」


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