3-5 見せびらかすな
回答までの猶予を十日間もらったはいいが、決定的な答えを出せないまま数日が過ぎた。
リーフィとも何度か相談したが、結論はいつも同じ。要は俺がどうしたいかなのだ。決心は固まっている。それでもまだ返答出来ていない。あんたはそれでいいのかい? ちくしょう、俺だって。
持てる時間の全てを進路を考えることに費やしたかったが、これでもギルドの一員。呑気に考え込んでばかりもいられない。
とは言えリヒトとクライセンを欠いた今、単独で受けられる任務はあまりない。このままじゃ今月は赤字だと副団長がぼやきだしたところで、他のギルドから応援依頼が舞い込んだ。
――次の休日、党賊共が街中で何かを仕出かす。
だから、そいつらを捕まえる手伝いをして欲しい。そういう依頼だった。
事前に連中の計画を掴んだ経緯は知らされていない。執政府の諜報部が頑張ったか、それともその手に長けた能力を宿す
向こうにも
そして、当日。
「後はコトが起きるまで、一般人に紛れてブラついていろということだが」
隣を歩く準爵の息子が呟いた。
「仕事でお前と組むのは珍しいな、コジロウ」
休日だけあって、いつもより賑わしく人々が行き交う通りを俺とシュレンで連れ立って歩いている。リーフィとは別の意味で不釣合いなこと、この上ない。
首都最大の繁華街に比べれば一段劣るものの、ここトゥーン通りも栄えっぷりもかなりのものだ。若い世代に人気のある店が揃っている。どこを見回しても派手な看板ばかり。
雲なしの晴天ということもあって、大した人出だ。すれ違ったカップルの数なんざ数える気にすらならない。
「珍しいというより、こうして二人一組で動くのは初めてか」
「そうでしたっけ」
「ああ、そうだ」
俺の適当な相槌に、シュレンが笑う。
「当たり前なんだがな。俺たちは他の連中のように特色ある能力を発現させていない。どうしても護衛や単独行動になりがちだ」
「……俺に至っては、
「ふはは、そういえばそうだったな」
俺の自虐をシュレンが笑い飛ばす。いちいち言わせるな。鬱陶しい。
「リーフィと組めれば良かったですね」
「全くだな」
心底残念そうに呟いた。
「任務とはいえ、このトゥーン通りを二人で歩けたらどれほど素晴らしいか」
大げさに嘆いて見せた後で、だが、と付け加える。
「リーフィは通り全体が見渡せるビルの三階で待機。当然だ。
ニヤリと笑って俺を見る。
「たまにはお前とこうやって歩くのも悪くはない」
「引き立て役は御免なんですが」
「もう少し流行を意識した格好をしないと、そうなるな」
うるせえ。この面と身長で狙いすぎた格好をすると、的外れの笑いものになるんだよ。いつだったか、無理矢理着せられた今時の服とやらは全く俺に似合っていなかった。あのリーフィが何も言わずに試着服を元に戻したほどだ。
「にしても奴ら、この人混みの中で本当に仕出かすつもりなんですかね」
周囲の雑談に紛れてしまう程度の声で言った。方針転換。仕事の話をしてる方が気楽だ。
「そういう前提で、俺たちはここにいる」
シュレンが顔を引き締めた。
「王家に対する重大な侮辱という話だが、具体的に何を行うかは聞いていない」
「人命に危険が及ぶ可能性はないんですか? ここいらの人間をフライパンの上のコーンに見立てて盛大に、とか」
「いつにも増して刺々しいな、コジロウ。何かあったか」
「……いえ」
力なく首を振った。クソ、最近、自分がまだ子供と思い知らされることが増えた。
「そこまで物騒な話では無いだろう。この仕事の大元は執政府の調査部らしいが、一般人の命に関わる話であれば、流石に対応が呑気すぎる」
「避難勧告を出すなり、封鎖するなりしますか」
「それが出来ないほど不確かな情報という可能性もあるがな。しかし、王家に対する侮辱と言い切ってるからには、連中の計画をある程度把握してると言うことだろう? 大方、大衆の前で王家の紋章旗を燃やす――その辺りじゃないかと俺は踏んでいる」
「なるほど」
さて、コトが起こるまであとどのくらいだろうか。出来る限り早くして欲しいと、人ごみの中で不謹慎な事を考えた。シュレンと二人きりは疲れるのだ。真面目な話をしている時はまだしも、色事や世事になると途端に頭痛が始まる。
「コジロウ」
「……何ですか?」
「最近、随分と悩んでいるようだな」
俺の思惑を知ってか知らずか、シュレンがこちらを見ながら言った。意外に良く見てやがる、というより、最近の俺があからさますぎるだけか。
「凡人には凡人なりの悩みってのがありまして」
「ふむ」
皮肉じみた回答に、何故か頷く。
「リーフィが考え込んでいるところも良く見かけるようになった。となれば、些細な問題ではなさそうだな。お前の行く末を左右しかねない程に」
……こいつの評価を改める必要がありそうだ。人の顔色が見えていないわけじゃない。それにしても俺じゃなくリーフィの挙動で判断する辺りが、実にシュレンらしい。
「何でも持ってそうな先輩は」
頭ひとつ上にある顔を仰ぎ見た。
「悩みなんかなさそうですよね」
「失礼な奴だな」
それでもシュレンは笑う。
「こう見えて俺も、今まさに悩んでいるぞ」
「へえ、ちなみにどんな」
好奇心だった。この男が頭を悩ませることとは、一体何なのか――。
「兄が死にかけている」
とんでもない答えが返ってきた。反応に窮する。いや、淡々と言うことじゃないだろ、それ。
「元々病弱なのだが、先日とうとう発作を起こしてな。どうも良くないらしい」
「……それは」
なんと言って良いやら。
「まあ兄のことは焔神のお導きに委ねるしかない。いつその日が来てもおかしくないと、家族の誰もが覚悟しているしな」
「……じゃあ、悩みというのは?」
「跡継ぎの話だ」
シュレンがズボンのポケットに手を突っ込む。
「体が弱くとも後を継ぐのは兄だという建前でこれまで好き勝手が出来ていた。だが、もしもの時に備えて準爵を継ぐ用意をしろと、そういう話が持ち上がってな」
なるほど、と相槌を打とうとした。だが打てなかった。何故ならば。
「親衛隊に入れと、親父が言ってきた」
「――――」
言葉を失った。
親衛隊。その単語が意味するものは何か。決まっている。護紋の
人格、能力、忠誠、その全てを認められた者のみが選ばれる、この国に住まう
「今、欠員が出ているらしくてな。その穴埋めを探していると親父のところに話が来た。実力はもちろんだが、どちらかといえば将来の見込める若者こそが一人欲しいとの注釈付だ。そこで俺が候補に挙がった」
「そ、れは。随分と」
淡々とした口調と、語られている内容の乖離が甚だしい。
滅茶苦茶名誉な話だぞ、それ。
難易度でいえば、執政府の総統部入り――王国の方策を決定できる身分になるのと同じか、それ以上だ。凄い。心底凄い。俺が直属行きで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるほどに。
「じゃあ先輩は、当然」
「だが、断ろうと思っている」
「なっ――」
息を呑んだ。そのまま溺れた。呼吸が出来ない。
有り得ない。考えてもみろ。
それを捨て去る、だと?
「ど、どうして」
声が上擦った。
「おいおいコジロウ、そう取り乱すな。周囲に不審がられては、元も子もない」
「……ぐっ」
「理由は単純だ。自分がその域に達していないと思ったからさ」
「――は?」
どうにか落ち着こうと吸った息が、全て口から抜け落ちた。鼓動が再び跳ね上がる。何だよ、それは。謙遜にしても嫌味が過ぎる。
「英雄の息子で、能力も申し分ないと誰もが認める貴方で不足というのなら、一体誰が」
「持ち上げてくれるのは結構だが、そう大したものじゃないぞ、俺は」
言葉とは裏腹に、引け目なんて一切感じられない態度だった。
「俺は、何と言うか、頑張れない男でな」
「頑張れない?」
「一生懸命になれない。血眼になれない。ある程度で満足してしまう。貴族の次男ということで色々習い事もさせられたが、この悪癖のお陰で全てがそこそこ止まり。一皮向けば、その程度の男なのだ、俺は」
おい待て、ちょっと待て。それ、理由になってないだろ。
逆に言えば、何をやらせても無難にこなすって事じゃねえか。一生懸命にならなくても結果を出す。それはむしろ有能の証だ。
「将来性というなら尚のこと期待できまい。今の俺には足りていないものが多すぎる。そんな男が姫の身辺を守るなど、あってはならないだろう」
解らない。こいつが何を言っているのか俺には理解出来ない。
好機だろ。誰だって飛びつく話だ。親衛隊ともなれば、王家関係者の覚えも良くなる。家を今以上に格上げすることだって出来る筈だ! それを、こいつは。
己の能力と釣り合っていないと判断するや否や、あっさりと。まるで直属行きを悩んでいる俺の小ささを際立たせるように。
――今はまだ、そんな器じゃないだろう。
クソ、そんなことは俺だって。
「それで、モノは相談なんだがコジロウ」
「…………」
返事をしようと声を出した筈が、喉の奥で唸、
「親衛隊、俺の代わりにお前が行くというのはどうだ?」
頭の中が真っ赤に染まった。
「ふ――」
こいつ……この野郎っ!
「っざけんな!」
人を馬鹿にするにも程がある! 事もあろうに、お前の代わりに俺だと?
「なれるわけねえだろうが!」
お前、今、自分が器じゃないと投げ捨てたよな! お前が相応しくないと辞退するものに、俺ごときがなれるワケねえだろ!
家柄もない。能力もない。実績もない。おまけに親は牢獄暮らし。俺に配られたカードは、どれもこれも足を引っ張る奴ばかりだ。お前と違ってな!
いや、解ってるよな。そんなこと、てめえ本人は! 俺になんざ到底釣り合わないと知って、そういう真似を。
くそ、ちくしょう、ちくしょう!
「シュレン、お前はどこまで俺を!」
――胸倉を掴み上げられた。
「落ち着け、コジロウ」
俺にだけ届くような囁き声だった。
「うぐっ……」
「状況を思い出せ」
冷静な声とは裏腹に、シュレンの顔は険しく歪んでいる。その向こう側には、人、人、人。その全てがこちらを見ている。往来で突然怒鳴り散らした俺を見ている。
「すまないな」
何故か謝られた。
「どうやら俺はお前の逆鱗に触れたらしい。だが周りに不審がられるのはマズい。だから、このまま行く」
「このまま」
「俺たちは喧嘩をしている。そういうこと、だっ!」
頬に熱い衝撃。景色が揺れる。俺はそのまま宙を舞い――惨めに地面へと落ちた。
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