3-4 正論と反発

 何かこだわりや信条でもあるのか、リーフィは他人の部屋に絶対に入ろうとしない。幼馴染である俺も例外じゃない。だから二人だけで真面目な話をしたい時は、自然とリーフィの部屋で落ち着くことになる。


「――またまた、冗談ばっかり!」


 団長から持ちかけられた話を明かした後の第一声が、これだ。


「それにしても、随分とコジロウらしくない……」


 冗談と決め付けた上で話が進んでいく。怒る気にもなれない。そのくらい突拍子もない話だ。と言うより、有り得ない。大学に例えるならば一気に最終学年まで飛び級。会社であれば役職を二つ三つ飛ばして昇進するようなものだ。


「……え」


 しかし、辛抱強く説明を重ねる内にリーフィの顔が強張っていく。


「本当なの?」


 ようやく俺が血迷ったわけではないと呑み込んでくれた幼馴染だが、それでもやっぱり信じられないと言った顔は崩さない。


「本当に、本当?」

「団長が俺を騙して遊んでいるのでなければな」

「うーん、団長が」


 リーフィの視線が上へと滑った。


「それは、ないかなあ」

「だろ? あの筋肉女ならともかく」

「じゃ本当に、コジロウが、執政府直属……」


 リーフィはそう呟いたきり、黙りこくってしまった。真剣に考えてくれている。相談した身としては何より嬉しい対応だ。


「……で、お前はどうするべきだと思う?」


 ただ、いくら待っても次の言葉が出てこないので、痺れを切らして意見を求めてしまった。


「私の意見?」


 リーフィが自分の頬を撫でている。現実かどうかを確かめているようだ。


「ん、色んな見方があるよね」

「例えば?」

「確かに直属は創作家クリエイターの憧れだけど、かなり危ない任務も請け負うことになる、とか」

「荒事っていうなら今だって相当だぜ。麻痺してるかもしれないが」


 ここ『霧雨の陣』だってしょっちゅう犯罪者の相手をしている。


「背負うものが全然違うじゃない」

「まあ、そりゃあな」


 政治を司る執政府が創作家クリエイターにさせる仕事とは何か。考えるまでもない。色々だ。果てしない責任を伴う色々だ。市井の創作家クリエイターギルドなぞとは重みが違う。


「コジロウはさ」


 リーフィが言った。


「コジロウ自身はどうしたいと思ってるの?」

「俺?」

「うん」


 リーフィは頷いた。俺の目を真っ直ぐに見つめている。


「どうすべきかじゃなくて、どうしたいの?」

「俺は」


 考える。執政府直属への配属。とんでもない話だ! いきなり雲に手が届いてしまったら、こんな気分にもなるのだろう。とにかく現実感がない。

 だけど、実現したなら――。

 今までの自分と決別出来ることだけは、間違いない。

 俺を『小さな器』と蔑んできた奴らを見返してやれる。見下していた史上最低の出来損ないに一気に追い抜かれる連中の唖然とした顔。想像だけで心が躍る。

 辞退するなどという発想自体、有り得ない。だったら。


「行きたい……かな」


 ――何故か、あいまいな返事になった。


「それならさ」


 リーフィが髪に手を伸ばす。


「私が言うことなんて何もないじゃない。直属への推薦なんて滅多にない好機だもの。モノにしなきゃもったいないよ!」


 俺も頷いた。歯切れの悪い返事になった理由については考えないでおく。


「そっかあ……直属かあ」


 リーフィは手近にあったクッションを引き寄せると、顔を埋めた。


「これはお祝いしなきゃ。って、配属までのスケジュールってどうなってるの? ケーキ買って食べるくらいの余裕はあるよね?」

「気が早えよ」


 首を振った。


「まだそういう、具体的な話については何も」


 まずは団長に返事だ。

「そっか」


 リーフィはぽんぽんとクッションを軽く叩き、顔を上げた。


「んしょっと」


 そのまま立ち上がる。そして俺にも立つように促してきた。


「ちょっと出よ?喉渇いちゃったし」


 この部屋にも水場はある。だが湯を沸かす道具はない。淹れたての茶を飲みたければ、下の元食堂にまで行く必要がある。二人で連れ立ってリーフィの部屋のドアを潜った。鍵をかけるのを待ち、並んで歩き出す。

 廊下を経て、かん、かん、と木製の階段を下りて行く。全員が出払っているのだろう。静かなものだ。


「――でも、離れ離れになっちゃうね」


 ぽつりとリーフィが呟いた。今まであえて触れずにいたことに触れた。


「そう、だな」


 推薦されるのは俺一人だけ。団長も言っていた。乱発できる権利ではない。


「とうとう置いて行かれちゃうなあ」


 悔しいというより、寂しそうな声音だった。


「いいじゃねえかよ」


 努めて明るい声を出した。


「生まれてからこっち、お前の先を走れたことなんざ一度もないんだ。たまには前を走ったって、バチは当たらないだろ」

「一度も先を、ね」


 リーフィが微かに笑った気がした。微妙な表情の変化を確認するより先に銀髪に顔が隠れてしまう。

 ――ぱん。唇を引き締めたリーフィが勢い良く手を叩いた。


「私も頑張らなきゃ」


 いつもの笑顔だった。


「見てなさいよー。あっさり追いついてあげる。近いうちに同じ直属として、コジロウの目の前に現れてあげるから」

「うげ、すぐに実現しそうで怖えよ」


 誰からも期待される新人。それが我が幼馴染だ。そろそろ今年の認定試験が行われるから、もうすぐ新人の肩書きは外れるけどな。


「寂しいけど、うん。祝福するよ。コジロウの直属行き――」


「どういうことだい、それ」


 険しい声に、階段を降りきった俺とリーフィが、同時に後ろへと振り向いた。

 そこには、筋骨隆々女――副団長がいた。気付かなかった。ちょうど階段の真下にいたせいで死角になっていたのだろう。

 協会へ行ったきりだと思っていたが、もう帰って来たのか。


「直属行き? コジロウ、あんたが?」

「……ええ」


 厄介な奴に聞かれた。顔が強張るのは、何も面倒な奴に絡まれたという思いのせいばかりじゃない。執務室での詰問を思い出していた。クソ、俺は今でも納得してねえぞ。


「団長の差し金かい?」

「差し金ってそんな。人聞きの悪い……」


 リーフィの文句に、しかし副団長は取り合わない。眉根を寄せると俺たちから視線を外す。見ているのは団長の部屋の扉だ。


「そうか。まさかと思っちゃいたが、本当に」

「副団長?」


「やめておきな」


 頭ごなしの否定。途端、どうにか押さえつけていた反抗心が鎌首をもたげる。


「どういう意味ですか」

「執政府直属ってのは一流の腕利き揃いだ。今はまだそんな器じゃないだろう。惨めな思いをするだけだ」

「……未熟は十分承知してます。けれど、未熟なままでいるつもりはありません」

「働きながら成長して見せるって? はっ、そんな甘い世界じゃないよ。そもそも何であんたなんだい? シュレンでもリーフィでもなく」

「それは」


 ぐ、と口をきつく結んだ。ギルドメンバーの誰でもなく落ちこぼれの俺が団長の目に留まった理由。それは。


「つまり団長はあんたの実力じゃなく、例の異様な回復力を買ったわけだ。そうだね?」

「……はい」


 指摘されるまでもない。団長自身が言ってたことだ。前例すら見当たらない回復力。それだけが直属に推薦される理由。


「あんた、それでいいのかい」

「…………」


 耳が痛い。


「辞退することだね。早過ぎる。ろくなことにはならないよ」


 それだけを言い捨て、副団長は踵を返して一階にある自分の部屋へと歩いて行った。のしのしと、荒々しい足音が部屋の扉を閉める音を境に途切れたところで。


「何だってんだ、ちくしょう」


 本音が漏れた。


「実力不足くらい、解ってんだよ。俺の努力や働きが評価されたわけじゃない。あの馬鹿げた回復力が珍しいから。選ばれた理由はそれだけだ」


 上手く育てれば、他の創作家クリエイターには真似できないことが出来るようになるかもしれない。好意的に捉えてその程度。


「それでも、別に、いいだろ」


 隣にリーフィが立っている。俺の言葉を聞いている。にも関わらず、こみ上げる愚痴の波を押し止められない。


「やっと掴んだ上へと昇る梯子だ。二度と来ないだろう好機だ。例え不本意でも、乗っかっちゃ悪いって言うのかよ」

「副団長」


 慰めるような声だった。


「最近、コジロウに色々実験させてたよね。例の回復力の正体を見極める為だって」

「ああ」


 俺は頷いた。

 ここ暫く、あの女は暇を見つけては俺を引っ張り出し、色んなことをさせていた。何の変哲もない幻料ファテの塊を続けざまに何個も作らせたり、実際に【決意ある流星群メテオレイン】を見せろと要求してきたり、回復力を発揮する為の『条件』に関しても色々と質問を浴びせてきた。


「我ながら、穿った見方だと思うけれど」


 リーフィはそう前置きして俺を見る。


「コジロウを手放したくないんじゃないかな」

「手放すって、俺を?」


 どういう意味だと重ねて問おうとして、すぐに気がつく。


「……貴重な実験体は手元に残して置きたいってことか」

「流石にそんな風には考えてないと思うけど」


 悪し様な物言いにリーフィが困り顔を見せた。


「ヴィオさんって、ウチの副団長であると同時に協会の研究者でもあるわけでしょう? 探求の為なら何を犠牲にしても……って所があるじゃない、熱心な研究者って。だから、ああ言って断るように仕向けて」


 有り得る。ここ最近の俺の回復力に対する調べ方は、少し熱が篭り過ぎていた。

 副団長への拒絶が決定的なモノに変わる。前にも考えたことだ。玩具になるのは真っ平御免。


「……お茶、入れてくるね」


 水場へと歩き出したリーフィの背を見ながら、適当な椅子に腰を下ろす。机の角を見ながらぼんやりと考え始める。

 直属行きに関しては、正直、まだ迷っている。決断できない理由は、忌々しいが筋肉女が指摘した通り。だが同時に、言われるがままになってたまるかと拳を握り締めてもいた。


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