3-3 降って湧いた転機


「その結果、クライセンは腕を刺され、晴れて病院送りとなったわけだ」


 ――翌日、俺は執務室に呼び出された。

 目の前には執務机に報告書を広げた団長。傍らには秘書のように立つ副団長。いや、男が羨むほどの筋肉のせいで秘書というよりは衛兵といった方がしっくりくるか。

 呼ばれた理由は最初から解っている。クライセン護衛という役目を果たせず、怪我を負わせた俺の責任を問う為だ。


「大方の責任はクライセンにある」


 団長が難しい顔で言った。


「お前との協力を拒絶し、単独行動に走ったのは奴だ。本人も認めている」


 この問題をどう収めるべきか、悩んでいるようだった。


「任務そのものは成功したのだ。あまり厳しく追求する必要はないかもしれんが」

「いいえ」


 冷たい視線を寄越したのは副団長。


「自覚させるべきです。己にも相応の非があると」


 カチンと来た。相応の非だと?


「コジロウ」


 不満顔を見て取ったか俺に向き直る。


「あんた、クライセンが勝手を始めた時に、どうして無理にでも止めなかった」

「止めました。しかし、聞き入れてもらえませんでした」

「ならば何故後を追わなかった? お前の仕事はクライセンの護衛だ」

「それは」


 言葉に詰まる。


「本人が要らないと言っている以上、無理矢理付いて行ってもまともな連携は取れないと」

「そして敵中に乗り込んでいく同僚を見送り、リーフィとシュレンに連絡を入れ、その到着を待ちがてらクライセンが逃げてきた場合に備え退路の確保に務めたか」


 大した手際だと、全く褒めていないと知れる口調で言った。

 俺は間違っていない。出来る範囲で――。


「最善を尽くしたと言いたげだね?」


 心の声を代弁される。俺は沈黙で応えた。やれる限りをやったと本気で思っている。


「勘違いも甚だしい」


 副団長が机の傍を離れ、こちらへと歩いてきた。


「コジロウ? 今回の任務の最終目的は何だった。不良共が兄貴と慕う頭目を捕らえることだろう?」

「解っています」

「解っている奴は、クライセンを見捨てない」


 俺の周りをゆっくりと歩き始める。


「捕縛任務においては奴の【猟犬】こそが鍵となる。言い換えれば、任務達成を第一に考えている奴は、どんな事情があろうともクライセンを危険に晒さない。本人が命令違反しようともだ。違うかい?」


 ざわつきが胸に沸く。既に知っている記事の内容を、得意気に聞かされる気分に似ている。


「あのお嬢様は荒事が得意じゃない。本人の運動音痴もあるが、何より【狩猟犬】フォックスハンターを展開中のクライセンは、石炭の切れた汽車のようなものだからだ。燃料切れを起こしている。模型モデルで身を守ることさえ満足には出来ない」


 今さら指摘されるまでもない。その程度の勘定は出来る。今あんたが言い並べた事ぐらい、俺だって気付いていた。何より優先させるべきはクライセンの無事。

 そうだ、俺は解っていながら奴を危地に放り出した。


「――私情か?」


 容赦のない一言が胸を抉る。違う。私情を挟んだのはあの女の方。だが胸を張れない。どうしても目が泳いでしまう。

 はあ、とため息が耳を叩く。筋肉女が窓を見ながらやれやれと首を振っていた。


「買い被り過ぎたかね。容量には期待出来ないが、頭は人並み以上に回ると思っていたのに。こんな単純な優先順位すら判断できない間抜けだったとは」


 ――なんだよ、それは。

 血が頭へと駆け上ってくる。理不尽にも程がある。

 あんたの言いたいことは解る。だけど、そこまで俺が責められなきゃいけない話か? 命令を無視したのも私情に流されたのも奴だ。俺じゃあない。手前勝手な意見を差し挟んでいいのなら、そもそもあんな女、守りたくもない。

 今回の決裂を招いたのは、俺がリヒトの心を折ったことが発端。それがマズかったとでも? しかし決闘を仕掛けてきたのは奴の方だ。自業自得だと、あんたも言ってたじゃないか。

 俺に、どうしろってんだ。


「その辺にしておけ、ヴィオよ」


 仲裁が入った。


「リヒトの件でクライセンとコジロウの折り合いは悪化していた。見誤った俺にも非はある。こいつらはまだ若いのだ」

「押し殺すべきでしょう。任務となれば」


 副団長は食い下がる。どうあっても俺を責め抜きたいらしい。


「こんな心構えじゃあ、いずれ必ず」

「お前、午後から協会へ出向く用事があるのではなかったか? 既に昼は回っているぞ」


 団長の指摘に、副団長は慌てて時計を一瞥した。そして苦々し気に眉を寄せた。もう一度ため息を零した後、いかにもまだ言い足りないと言わんばかりの口調でこれで終わりだと告げ、執務室を出て行った。

 俺は。


 ――爆発しそうだった。


 納得出来ない。反省なんてしていない。後悔は、もっとしていない。

 イライラを募らせ切った後で、自分が団長に観察されていることに気付いた。慌てて顔から表情を消し、背筋を伸ばす。


「昨日の件についてはこれで終わりだ」


 団長が引き出しの中から新しい葉巻を取り出した。


「ヴィオはああ言ったがな、俺は貴様が良くやったと思っているよ」

「――ありがとうございます」


 そう言ってもらえると、幾分か救われた気持ちになる。ギルド『霧雨の陣』は、団長の飴と副団長の鞭で回っていると、いつかリーフィが言っていた。

 感謝も込めて頭を下げ、執務室を出ようと回れ右をした。


「まあ待てコジロウ」


 呼び止められた。


「まだ話がある」

「……何でしょうか?」


 心当たりを探りながら振り返る。クライセンの件に関しては終わりと言った。他に何かあったか?


「そう硬くなるな。聞き心地の悪い話ではないぞ」

「はあ」

「お前の資質に関わる話だ」


 資質というと、例の回復力の件か。

 団長はそこで言葉を切ると、俺から視線を外し、壁に飾ってある王家の紋章旗を見上げた。執務室にある、唯一の装飾品。確かあれは、団長が親衛隊を務めていた頃に姫から賜ったものだと聞いている。


「俺なりに調べてみたのだが、驚いたな。色々な文献や資料を漁ってみたが、似た前例すら見当たらなかった」

「はい」


 自分の特性について手かがりはないかと調べたのは、俺も同じ。しかし手応えはなかった。どんな本を紐解いても、幻料ファテは一度使い切れば回復にある程度時間がかかる、という前提で記されている。


「前例と言っても、幻料ファテに関わる諸々が体系化されたのは、ここ百年ほどの話だからな。創作家クリエイターが始まりの十一柱の使いだの、唯一悪の僕だのと呼ばれていた時代まで遡れば、お前と似たような例があるのかもしれんが」

「ありがとうございます」


 少し、心が浮き立った。団長に興味を持ってもらえるのは純粋に嬉しい。相手は超一流の創作家クリエイターだ。


「それでだ、コジロウ」

「はい」


「俺はお前を『直属』へ推薦しようと思う」


 高揚すら一瞬で凍り付いた。

 聞き間違いか? 今、直属と聞こえた気がしたが。


「あの……直属というのは」

「知らんわけはあるまい」


 団長がにやりと笑った。俺の戸惑いを楽しんでいる風だった。


「当然、あの『直属』だ。執政府直下の創作家クリエイター部隊へお前を推薦入隊させようと言っているのだ」


 最高級の酒を、ダース単位で送りつけたような笑顔。俺はまだ信じていない。信じられない。

 直属。国の政を司る執政府から直接任務を請け負う創作家クリエイター集団。執政府が運営するギルドへ入るといえば解りやすい。栄転も栄転。創作家クリエイターとしては王家親衛隊『護紋の輩』に次ぐ名誉。


「どうして」


 声が震えた。


「どうして俺を」

「理由は今、言ったぞ」

「でも」

「貴様の若く類稀なる才能を買ったのだ。前例がないということは未知数ということでもある。幻料ファテ容量の不利を跳ね除けて余りある将来性を秘めていると踏んだ」

「……現実味がなさ過ぎます。いきなり直属だなんて」

「おいコジロウ。これでも俺は第一等級グレード・ワンだぞ?」


 歯を剥き出しにして笑った。


「最高クラスの一人として、一応は認められている。だから直属への推薦なんて真似も出来る。無論、乱発出来る権利ではないが」

「いえ、だって、他にも」


 なんで言い訳してる時と同じ気分になってるんだ、俺は。


「団長も知っての通り、犯罪者の息子ですから」

「お前はお前だ。親は関係なかろう」


 その言葉自体はとても嬉しい。だが、突然すぎる提案に俺は混乱していた。頭の中に浮かぶ様々な返答のどれもが相応しくない気がして、結局。


「――少し、考えさせて下さい」


 そんなありきたりな返事をするに留まった。

 団長は、構わんよ、と言った後で葉巻に火をつける。漂ってきた煙を幾度か吸い込んだ後、俺は執務室を後にした。

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