2-8 意外すぎる誘い
数日後、例の休日。
昼飯を調達に一階へと降りたものの、誰の姿もない。
リーフィとシュレンは、約束通り二人で出かけたのだろう。ここに住んでいるのは団長や副団長も同じだが、二人とも私用で一日空けると前もって聞いている。副団長はともかく、団長が丸一日出かけっぱなしというのは珍しい。
元宿屋のだだっ広い食堂に一人だけ。気兼ねする相手はなし。広間の端に据えられた共用のソファに寝転び、俺は。
少し、安堵していた。
前々から気にかかっていた。リーフィは俺にべったり過ぎる。
所属ギルドにしたってそうだ。認定試験で超が付くほど優秀な成績を叩き出したリーフィを招く声は山ほどあった。だが、あいつが所属先として選んだのは『霧雨の陣』。唯一、俺を受け入れると表明してくれたギルドだった。
だから心配になる。出来の悪い幼馴染の世話を焼くのが生まれ持った使命だと勘違いしてやいないか、と。
常々そう案じている身からすれば、あいつが貴族のお坊ちゃまと一緒に出かけたのは歓迎するべき出来事だ。聞いた話じゃ、今日の行き先は前々からあいつが興味を示していた上流向けの植物園や、ちょっとお高い料理店。俺と一緒じゃ行き辛いところばかり。
楽しんでくればいい。
何だかんだ言って俺はリーフィが大事だ。強い支えなんだ。だからこそ、もっと多くを見て欲しいなんて勝手な事を思ってしまう。その結果、俺から離れていくことになったとしてもだ。
傲慢かな? 傲慢だよな。
――かつん。
外へと続く扉の向こうから靴音。
「誰だ?」
跳ね起きる。
暦に従ってというわけじゃないが、今日は
ノックはない。代わりに鍵穴が弄られる音。身内か? 注視していると、外側からドアが引き開けられた。
「開いた開いた」
軽薄な声、日に焼けた浅黒い顔。リヒトだ。
「お、コジロウじゃん。すまねーな。開放感に浸っていたところを邪魔しちゃったかー?」
「別に構いませんけどね」
ひと目で建前と判る仏頂面で、首を振った。
「今日は相方と一緒じゃないんですか」
入ってきたのはこいつ一人だけ。日傘を手にした金髪お嬢様の姿はない。
「相棒か。あいつは家の用事があってなー」
リヒトが前髪に手を伸ばす。今日は癖の強い跳ねた髪を無造作に片側へと流している。
「平民たる俺が手伝える話でもなかったんでね」
そういうことか。お貴族様特有のお勤めなり礼式なりがあるんだろう。
「遊び人の貴方が休みに顔を出すなんて、珍しいですね」
「言ったろ?」
質問すると両肩を竦めて見せた。
「男爵家ならではのイベントだったんでね。居候たる俺は居場所を失くして出てきたってワケさ」
「居場所なら、ブラウ通りを歩いてる着飾った女にでも求めてはどうです? その方が主義に適っているでしょう」
「んー、あー、まあな」
歯切れの悪い返事だった。きょろきょろとアジトの中を見回している。何だ? 見慣れた職場を眺め回したところで新たな発見がある筈もないだろうに。
「お前、一人か?」
訊いてきた。
「見ての通りです」
「オッケー予想通り。都合が良い」
――嫌な予感!
「コジロウ、ちょっくら付き合えよ」
「全く気が乗りませんね」
「つれないこと言うなよ。一緒に街で遊び倒そうぜ?」
「…………はあ?」
その場で固まった。今こいつ何て言った?
「だから町へと繰り出そうぜ。暇なんだろ?」
どうやら俺の耳がポンコツになったわけじゃないらしい。
「町ですれ違ったら思わず喧嘩を売りたくなるようなチビを引き連れ回して、何しようって言うんです」
皮肉たっぷりに言ってやる。正気に戻れと言わんばかりに。
「連れが欲しいなら、街行く女を引っ掛けて下さい」
「ギルドメンバーと親睦を深めようってんだ。別に不自然じゃねえだろ?」
不自然だよ。この上なくな。
「ほれ行くぞ。さっさと準備しろ。安心しな。金の都合は俺がつけてやるから」
怪しさが益々加速する。さながら石炭を食わせ過ぎた列車のごとくだ。何を企んでいやがる。
俺の発する疑惑の視線には構わず、リヒトはさっさと背を向けて、外へと歩いて行く。どうやら否応は受け付けてくれないらしい。
――仕方ない。
昼飯を買いに出た時そのままの格好だから外へ出るに不都合はない。財布もある。腹を決めてリヒトの背を追った。
もちろん、アジトの施錠は忘れない。
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