2-7 リーフィのルール違反
「コジロウって、さ」
ガキが走り去っていったのを見送ると、リーフィが口を開いた。
「案外、兄貴肌なのかも」
「はあ?」
これ見よがしに眉を寄せて見せる。
「なんでだよ」
「だって、ぶつくさ言いながら、結局あの子に親切にしてるじゃない」
「手間潰しだよ。たまたま時間があっただけだ」
「でも、楽しそうな顔してたよ。久しぶりに」
リーフィは嬉しそうだ。
「楽しそうだと? おいおい、付き合いが長くなると逆に目は曇るものらしいな」
曇らせねば添い遂げられない。結婚生活を揶揄する格言があった筈だ。
「コジロウこそ、自分を見る目が曇ってるんじゃないのかな」
ジト目で睨まれた。
「うん、曇ってる――っていうか、曲がってるというか」
「曲がってんのは先刻承知だ」
「ほら、そういうところ」
「けっ」
舌を打って顔を背ける。この手の話は水掛け論にしかならない。
「何か、師匠に教えてもらってた頃を思い出すね」
リーフィが遠い目をした。
「いつか私たちも育てる側になるのかな」
「俺はどこまでいっても、自分だけで手一杯だよ」
「余裕のない男だなー」
「お前こそ、人より自分を気にした方がいいんじゃないか?」
「え?」
指摘すると、きょとんと目を丸くする。
「お前が片付けなきゃならない問題、ひとつ残ってたと思うんだけどな」
「あったっけ、そんなの?」
「ほれ、向こうからやってきたぞ」
親指で道の奥を指し示した。
一台の馬車が近づいてくる。それはいい。問題は車体に刻まれた紋章だ。鉄の騎士として名を馳せた準爵、その息子が乗っている証だった。
「――じゃ、私、先に戻るね!」
「待てコラ」
わざとらしい声と共にアジトの中へ戻ろうとした幼馴染の手を掴み、引き止める。
「ちょっと、放してよ!」
「逃げてどうする。遅かれ早かれ、シュレンとは顔は突き合わせるんだぜ」
そう、問題とは、シュレンのことだ。
リーフィは俺とシュレンの決闘を邪魔した。いや、決闘自体はまだ成立していなかったからその表現は正しくないか?
とはいえ、
「誠心誠意、謝るくらいはした方がいいと思うぞ」
「うう」
リーフィが頭を抱えた。案の定、後々どうなるか考えた末の行動ではなかったらしい。
「コジロウは?」
「俺は何もしてないだろ。頼んだわけでもないし。言っちゃ何だがお前が勝手にやったことだ」
「薄情者ぉ!」
「言い掛かりだ」
そうこうしてる内に、馬車はアジトの前に到着する。
謝罪の言葉を必死で考えているのか、リーフィがぶつぶつと何かを呟いている。御者台から下りた男が、後ろの客室の扉を開けた。中から姿を現したのは、アイロンの行き届いたシャツを着た一見好青年。案の定シュレンだ。
――珍しいな。
その顔を見て首を傾げる。常に自信有り気な笑みを浮かべているシュレンの顔に、今は何も張り付いていない。
「な、なんか機嫌、悪そう」
リーフィが慄いた。普段が普段だけに無表情でも不機嫌に映る。
「つーか、お前が不機嫌の原因なんじゃないか?」
「やめてよー。怖くなるじゃないの……」
不安を煽ってやるとリーフィが身を震わせた。普段怒らない人間ほど怒ると怖い。
シュレンは御者に何事かを呟き、そのままアジトの中へと入ろうとする。……おい無視するなって。俺はともかく、リーフィがいるんだぜ?
「どうしたんです、先輩」
声をかけるとシュレンがハッと顔を上げた。どうやら本当に今の今まで俺たちの存在が目に入っていなかったらしい。
ちょっと、と後ろから裾を引っ張られる感触。素通りしようとしたものをわざわざ呼び止めた不満からの抗議だろう。おいおい、問題を先送りにしても良いことはないぞ?
「ああ、お前たちか」
俺たちを認めた途端、シュレンの顔に普段の笑顔が戻る。
「どうした。いつもは俺を避けて通るお前が、わざわざ呼び止めるとは珍しい」
……バレてた。むしろそういうことを気にかける男だったのか。
「謝らなくてはいけないことがありまして」
「謝る? お前が?」
「俺じゃなくて、ほれ」
促すと、リーフィがためらいがちに前へと歩み出た。
「ああ――あの時のことか」
すぐに思い至ったらしいシュレンが俺に意味あり気な視線を送ってきた。やっぱリーフィの仕業と気付いていたか。
「その、あの、……ごめんなさいっ!」
意を決したか、勢い良く頭を下げるリーフィ。
「屈辱的な行為を、させてしまいました」
「ふむ」
シュレンが腕を組んだ。
「まあ、仕方がないさ。乗り気でないコジロウに、無理矢理決闘を吹っかけようとしたのは俺だからな。そう頻繁に
今回は、か。シュレンにしては随分と。
「……う」
俺と同じことを思ったのだろう。リーフィが口の端を引き締める。
総じて男は惚れた女に弱い。元々の性格もあるだろうが、シュレンもリーフィに甘い。そんな男が軽々しく許すと口にしない。身内を
「でも、私」
「全ては水に流そう。それでこの話は終わりじゃないのか?」
許された筈の本人は無言を貫く。単に謝っただけで済ませていい問題かどうか考えているのだろう。逃げ回ろうとしたのも事の大きさを認識していたからこそだ。
「そうか」
そんなリーフィの心情を読み取ったか、シュレンが指を鳴らした。
「ならばケジメをつけさせて貰おう。いいね」
「はい。私に出来ることなら」
リーフィが萎れた。
一方で俺は呆れていた。シュレンが次に何を言い出すのか解ったからだ。今のこいつの顔を見れば誰だって解る。
「では遠慮なく。次の休日、オレに一日付き合ってもらおう!」
ほら、やっぱりな!
「え? ……えええええ!」
リーフィが大仰に驚いた。
「付き合うって、その」
「無論、デートだ」
シュレンが胸を張った。
「罪悪感を質に取る真似は本意じゃないが、機会は大事にしないとな」
「う……」
縋る視線を寄越した幼馴染に、首を振ってみせる。それで済むのなら安いものだ。途端、がっくりと肩が落ちた。
なあリーフィ。乗り気じゃないのは解るが、誘いをそこまで露骨に渋られると男はひどく傷つくと思うぞ? いいのか? そう思ってシュレンの様子を窺う。
余計な気遣いだった。むしろシュレンはリーフィの一挙一動を楽しんでいるようだった。今はどんなに渋っていても、機会さえあればモノに出来ると思ってるんだろうか。だとしたら、心底羨ましい自信だ。
「ねえ、コジロウはそれで良いの?」
拗ねた声を出しながら銀髪が振り返る。
「俺が決めることじゃない」
むう、と口を尖らせた幼馴染からシュレンへ視線を移す。
「ところで、先輩」
「何だ、コジロウ」
「付き合うだけですよね」
念を押した。
「昼間の数時間、貴方が用意したコースを一緒に巡る。それだけ。それ以上は、なし」
拡大解釈出来ないように、一言一句、言い含めるように訊く。
「無論だ」
シュレンは胸を張った。
「俺も紳士を自認する身。特に女性に対してはな。けじめなどと称してはいるが、俺はその数時間、リーフィを楽しませることに全てを注ぐだろう」
だとよ。これなら安心だろと顎をしゃくって見せた。リーフィはしばらくぽかんとしていたが、そういうことならと顔に納得を浮かべる。
「折角だから楽しんでこいよ」
ぽん、とむき出しの肩を叩いた。
「俺とじゃ行けないところもあるだろ?」
「そ、だね」
切り替えたらしいリーフィがうん、と大きく頷いた。
「業者が放り込んでいったパンフレット、色々あったよね。ちょっと真剣に見てみようかな」
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