1-3 金? 銀?
――カラン、と硝子のはめ込まれた木製のドアが開く。いらっしゃいと女の声がした。
「わあ、期待通り……いえ、期待以上かも!」
店内を見渡したリーフィが目を輝かせた。流石は年頃の女。
一方で俺は目を細める。ブラウンメインの落ちついた内装だが、並べられているのは髪飾り、耳飾り、首飾り。飾り物だらけ。色鮮やかな装飾品が並ぶこの光景、俺には眩しすぎる。
「何かお探しですか?」
奥から声がした。店員だろう。
「拝見させて頂いても? ……何よ、コジロウ」
「いい加減に袖を離せ。勝手に出て行ったりしねえから」
「本当?」
全く信用していない声だった。
「手綱を握っておかないと、ちょっと目を放した隙に消えちゃうんだから」
「おい」
飼い犬扱いにムッときた。
「尻尾を振った覚えも、首輪をはめられた覚えもねえぞ」
「でも、番犬ではいてくれるんでしょう?」
リーフィは無邪気に笑った。
「守ってくれるんだよね?」
言葉に詰まる。実際にその台詞を口にしたことがあるからだ。
「……なんで俺はあんなことを言ったんだろうな。過去に戻って殴り倒してやりたい」
「なによう、今更あれは嘘だったとでも言うつもり?」
途端に拗ねやがった。面倒くせえ。
「そういうんじゃないけどな」
指で鼻の頭を撫でる。
「ただ、番犬より主人の出来がいいとか、意味ないなって思っただけだ」
「例えそうだったとしても」
拗ねたのは演技だったのか、すぐに調子が戻る。
「私はコジロウを頼りにしてるし、信じてるよ」
その笑顔を直視できずに顔を背けると、奥から出てきた女の店員と目が合った。俺を見て、不思議そうな表情を浮かべる。
クソ、場違いなこた解ってるよ。心の中で悪態をつき、ドアの隣の壁に背を預ける。
目立たない場所で身を縮めていたいところが、万引き犯と一方的に決め付けられた一件以降、店員の目の届かないところでは立ち止まらないと決めている。
「素敵なデザイン、揃ってますね」
俺の居心地の悪さなど気にも留めず、リーフィは店員と話し始めた。
やれやれ、あいつの強引さには敵わない。腕を組んで一息つくと、商品棚の上の、試着用の鏡に映る自分と目が合った。
本当、釣り合い取れてねーよな。
頬を撫で回しながら嘆息する。リーフィの隣に立つ男としてはどう考えても不足している。
シュレン――いいや、せめてリヒト程度の顔と背丈があれば、あいつと並んでも悪目立ちはしないだろうに。
しかし生憎、鏡に映っているのは美男子とは程遠い凶悪面だ。適当に切り揃えられた茶髪。母親の出身という東の島国由来の黒い羽織。土建作業員に好まれる裾の広いズボン。
頬を摘みながら改めて実感する。リーフィが白鳥なら、俺はさながらカラスだ。
だが、自分の顔が嫌いかと問われればそうでもない。中でも目は気に入っている。凶相だ何だと言われようと、背の低い俺が強く自己主張出来る目をくれた親には感謝している。
どっちに感謝するべきか思い出せないのが困りものだけどな。
「ねえねえコジロウ、どっちが良いと思う?」
名前を呼ばれて視線を戻した。
リーフィが両手にそれぞれ金と銀のネックレスを乗せている。どうやら購入候補はそのふたつに絞ったらしい。
「相変わらず目当てを絞るのが早いな。女は買い物で延々と迷うのが、持って生まれた
「へーえ、長々と待たされる方が良いっていうの」
「連れ回される身としては、実にありがたい話だよ。だから」
最後まで残った候補ふたつを、あごで指し示す。
「そいつらもお前の好みで決めろよ」
「私の好みで厳選した結果、このふたつが残ったの」
「店員の意見は? 俺より余程目は肥えてるだろ」
「どちらも良くお似合いですよ、だって」
クソ、当たり障りのない台詞で逃げやがって。俺にお鉢を回すなよ。
「どうして解んないかなあ……。気を回してくれたんだって」
リーフィがぶつぶつと呟くが、意味が判らない。
「仕方ねえな」
腹を括って、リーフィと、彼女の手の中にあるネックレスを見比べた。
「って、実際に付けてみないと判るわけないか。少し待ってて――試着、いいですか?」
「いや、いい。もう決まった」
「早っ!」
大仰に慄かれた。
「ちゃんと考えたの? 適当なこと言って誤魔化したら許さないからね」
「素直に誤魔化される愛嬌がお前にあったか?」
少しでも俺の言葉に疑問を持ったなら、審問しますとばかりに目を覗き込んでくる癖に。
「それはもう、コジロウ限定のウソ発見器を自認しておりますから」
「全く迷惑な器械もあったもんだ」
しかも的中率はクソ高いと来てる。
「右だな」
え、と首を傾げたリーフィに、あごをしゃくって元々何の話だったかを思い出させる。
「右っていうと、こっち?」
「違う、俺から見て右。銀色の方だ」
ちゃりん、といかにも高級そうな鎖が白い手の中で鳴った。
「金色が似合わないとは言わねえけど。全体的にお前、色彩薄いから。ちょっと浮く気がする。持ち主を差し置いて主張し過ぎっつーかさ」
リーフィが目が丸くなる。真面目な意見に驚いたのかもしれない。
「ま、思ったままを言っただけだから、あんま――」
「決めた!」
声を響かせ店員に銀色を差し出す。
「こっち、こっちにします!」
「おい待て、ちょっと待て。責任持てねえぞ。あくまでそんな気がするってだけだ」
「いいの、いいの」
良くねえよ。安くねえ買い物だろ。店に並んでる値札はどれもこれもそれなりだ。
「大丈夫ですか? こちら結構なお値段がいたしますが」
同じ不安を抱いたか、店員が随分と率直な事を言った。見た目とは裏腹に、値段は金より銀の方が格上だったらしい。
十六の小娘がおいそれと手を出せる金額じゃないんだろうな。
「任せて下さい!」
しかしリーフィは胸を張る。
「軍資金はそれなりに持ってきています! お小遣いじゃありませんよ? ちゃんと自分で稼いだお金です」
――嫌な予感!
「こう見えても、私たち
ああ、やっぱり。
幼馴染が懐から取り出した免許証を見て、店員がまあ、と口を開いた。驚きと尊敬、そして僅かな怯えが含まれた表情でリーフィを見やり――次に、俺にも同じ表情を見せた。耐え切れずに顔を背ける。
あの馬鹿。何で〝たち〟を付ける。やめてくれよ。そりゃあお前は胸を張って
寄りかかっていた壁から背を離し、会計中のリーフィに気取られないよう出口へと向かう。
「ちょっとコジロウ!」
すぐに見つかった。
「どうして大人しく待ってられないかな。五歳の子供じゃあるまいし。もう少しで済むから」
「もう、いいだろ」
背を向けたまま、ひらひらと手を振った。
「品定めには付き合ったんだ。夕暮れ――集合時間までは好きにさせてもらうよ。お嬢様」
「お嬢様って言うな! ……ねえ、ひょっとして、また練習?」
「そうだよ」
振り返ることなくドアを押し開けた。雑然と人が行き交う石畳へと踏み出す。
ああそうだ。俺とリーフィは違う。生まれ、容姿、性格、そして何より――才能の有無。
だから、努力が必要なんだ。
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