1-2 釣り合わない幼馴染

「なんっなの! あれ!」


 仕立て屋や小物店が並ぶ、女は舞い上がり、男は悲鳴を上げる通りをリーフィは大股で歩いていた。

 連中の挑発が尾を引いているのか、頬が赤い。


「いっつもいつも、ネチネチと!」


 そうそう。奴らのいびりなんざ毎度の事だ。今更騒ぎ立てることじゃない。


「今回の仕事が上手くいったのは、全部コジロウのお陰じゃない! あいつら何もせずに町をうろついてただけ! むしろ揉め事を起こして足を引っ張った癖に! どーしてあんな大きな態度が出来るかな!」

「仕方ないだろ。下調べに諜報と貢献は否定しないけどよ。どれもこれも創作家クリエイターがやるべき仕事じゃない」

「危険な役目を任せられたのも、コジロウが創作家クリエイターだからこそでしょう!? 練り上げる早さだったら、私だって早々!」

「それなら、懐に拳銃でも忍ばせておいた方がよほど効率的」


 この場に連中がいたら、必ず口にするであろう台詞だ。


「本人までそんなことを」


 リーフィが立ち止まった。

 幼馴染を追い越してしまった俺は、足を止めて振り返る。


「前々から言ってるだろ。相手にするなよ。いちいち突っかかってどうする。そもそもあいつらが絡んでくるのは俺であって、お前じゃない」

「同じことじゃない!」

「全然違う。同郷だってこと以外に、俺とお前に共通点なんかねえ。そうだろ、お嬢様・・・

「お嬢様って言うなっ! ここはもう、私たちが生まれ育った町じゃないんだから……そんな寂しいこと、言わないでよ」

「事実なんだから仕方ないだろ」


 そうだ。こうして肩を並べて歩いちゃいるが、俺とこいつは何もかもが違う。

 いや……俺が一方的に劣っていると言うべきか。

 まず見た目からして雲泥だ。リーフィはとにかく人目を惹く。さっきから浮かべている怒りの表情ですら、どことなく愛嬌があって他人に敵意を抱かせるのは難しい。

 整った顔立ちに加え肩にかかるほどの銀髪――両サイドで小さくまとめる髪型は、並の女がやるとだらしなく髪が広がるばかりでみっともないが、この小顔と流れるような銀髪じゃあ、どうしたって似合わざるをえない。

 さらには好んで着る、ここいらに伝わる民族衣装を今風にアレンジした仕立て。動きやすさとお洒落は両立出来る筈、と本人が手を加えているらしいが、実際それを着ているとお大尽の令嬢にしか見えない。ま、実際いいとこのお嬢様なんだけどな。


 要するに、だ。

 コジロウ・砂条とリーフィ・ベッセリンクは。

 ――まとっているオーラが違うのだ。


「何よう、人のことをジロジロと」

「別に」


 顔を背けると、すれ違った男二人がリーフィへと振り返るのが見えた。次いで俺へと視線が移り――その顔が不満そうに歪む。

 またか、と首を竦める。容姿端麗な幼馴染の隣に立つ俺を見て眉をひそめられた数なんざ、覚え切れるもんか。


「あの女――クライセンは、創作家クリエイターとしてのプライドが高いからな」


 再び歩き出す。


「こら、待ちなさいよ」


 リーフィが追ってきた。


「俺みたいな出来損ないが同じギルドにいること自体、気に食わないんだろうさ」


 隣に並び直したのを確認して、話を続ける。


「だから追い出したくて仕方がない」

「……これだけ嫌がらせされるんだもの。いっそ出て行くのもひとつじゃない? むしろ私が痺れを切らして飛び出しちゃいそう」

「それは出来ない」


 即座に否定する。


「俺を置いてくれるギルドが、他にあるとは思えない。居心地が悪かろうとあそこで頑張るしかないさ。団長のことは尊敬してるしな。……ま、お前が出て行くのは自由だけど」


 とは言え、所詮俺はリーフィのおまけでしかない。こいつがいなくなれば遠からず俺も脱退する羽目になるだろう。


「もう」


 半眼で睨まれた。


「本当に庇い甲斐のない男だなあー。ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う」

「ほっとけ」


 口を尖らせる。すると幼馴染は首を振りながら、わざとらしいため息を漏らし、両手を頭の後ろで組んだ。


「どうしてこんなにヒネくれちゃったのかなあ? 私と文通してた頃のちっちゃくて可愛いコジロウはどこに行ったのかしら」

「過去にこだわる女は嫌われるぜ」

「したり顔で語る前に、ガールフレンドのひとりでも作ってみればどう?」

「るっせ」


 出来るわけねえだろ、このつらで。


「努力しない内にダメと決めてかかるのは弱者の思考とか、格好イイこと言ってなかった?」

「モノによる」


 どう努力したって顔は変えようがない。


「逃げた!」


 リーフィがころころと笑った。


「そうやって顔のせいにしている内は誰にも振り向いてもらえないでしょうねえ」

「別に構わねえっての」

「……ん。ねえ、コジロウ」


 声の高さが僅かに変わった。


「前々から聞きたかったんだけど、どうしてそこまで創作家クリエイターにこだわるの?」


 唐突に何だよ、と眉を吊り上げて見せると、リーフィは俺から視線を外して髪をいじり出す。


「コジロウ、頭の回転は早いし要領も良い。背は低いかもしれないけど、体力はあるし、腕も立つ。人当たりは……最悪だけど」

「悪かったな」


 最後に最悪を付けられ、口をねじ曲げた。


「だからね」


 リーフィは髪に指を絡めたままだ。


「もし創作家クリエイター以外を志したなら、絶対に成功すると思うの。そりゃ何を目指すにも先立つものは必要だし、創作家クリエイターとしてお金を稼ぐことはいいと思うけど……その、最終的には」

「つまり、才能がないと解り切ってる世界で、踏んばる必要なんてどこにもないって言いたいんだろ?」

「……うん」


 戸惑いつつも、頷く。


「そりゃまあ、夢、だからな」


 首筋を指で掻く。


「夢かあ」


 リーフィは髪から手を放す。


「それは解るけど――あっ! ここだ!」


 唐突に黄色い声を上げた。羽織の袖を引っ張られる。目当ての看板を見つけたらしい。前々から行きたい行きたいと連呼していた装飾品屋。ぴょんとその場で一度だけ跳ねると、俺の袖を掴んだままスタスタと歩き出す。


「おい、こら」

「一緒に来てよ。やっぱり店員さん以外の意見も欲しいから」


 おい待て、ちょっと待て。女御用達の店に俺を連れていくとか拷問だろ?

 行きたくねえとその場で踏ん張るが、リーフィは手を離さない。力も緩めない。俺を道連れに店へと吸い込まれて行く。

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