最終話

 ヤールートの人々は、最後まで気が付かなかった。

 スンジェの遺体に歩み寄り、涙を流すアセナの姿を、その涙を浴びたスンジェの遺体から、金色の仔狼が生まれた事も、全く、気が付いていないらしく、人々は未だに、石を投げ付けていた。

 そんな人々を無視して、アセナは仔狼を連れてヤールートを跡にし、あの場所へと戻って行く。


 スンジェの言う通り、彼女はこの国から居なくなったのだ。


 スンジェの死から3年たった秋に、他の王族から、新たに灰色の王子が誕生し、その子が王位継承者となった。ところが、その直後、王が急死してしまい、周囲の反対を押し切って、テイルが王位を継いだ。王子が成長するまでの代理、という形で。


 しかし、いざ、テイルが王位についてみと、元々、質素で素朴な性格である為、贅沢という贅沢はしない、無駄な税金を取らない、貧しい地域には、税金を下げ、少しでも豊かになるよう、国費をその地域の為に使ったり、と、善政を行い、更には、テイルは、能力があれば、身分や年齢を問わず、優秀な人材を選び、重要な役職に就けて重宝したので、そんなテイルに対し、当然、民や知識人、下級貴族の中からは、このままテイルが王の儘でいてくれたらと、考える者が出始め、少しずつだが、ヤールートの狂ったような灰色信仰は、終わりを告げ初めていた。


 ところが、テイルが食中毒により、若くして、亡くなってしまう。と、このように、歴史書は語るが、テイルの本当の死因は、恐らく、テイルの人気に危機感を抱いた、王太后と、テイルに追い出された元重臣という名の老害どもによる陰謀だったのだろう。


 それを裏付けるように、テイルを支持していた者達を、「反逆者」として、粛清し、テイルが、ユソクに命じ、新たに纏め直した記録、スンジェの処刑の様子を修正させた記録、テイルが王に即位した記録、テイルが行った善政が事細かく詳細に書かれた記録、これら全てを、燃やされ、テイルが王になった事など全部最初から無かったことにされてしまった。

 そして、ユソクと、テイルの子、当時2歳だったスクミ王子が、テイルの葬儀が行われた日を境に、二人とも姿を消す。

 この結果、まだ、幼子であった灰色の王子を王位に即けた、王太后が実権を握ったのである。


 だが、この王子に、自我が芽生えた途端、ヤールートは破滅の道を歩み始める。

 いや、もしかしたら、アセナが去った時点で、もう、破滅する運命は決まっていたのかもしれない。


 話を戻そう。

 幼いころは忠実であった王も、成長すれば、反抗的になってくる。

 これに、危機感を覚えた王太后は、あろうことか、若き王を殺してしまい、最終的に、実の娘、ヨンアの子で、孫であるアユリを擁立した。

 彼女が、何故、こんな事をしたのか、自分が殺される事を恐れたのか、権力を手放したくなかったからなのか、一体どちらなのかは、解らないが、結局、王太后は、此処で今までのツケが回ってきたらしく、この出来事を聞いて、息子を権力の道具にしたと、怒ったヨンアによって、投獄されてしまう。そうして、其の儘、獄中で死を迎えることとなった。


 その後、アユリに息子が生まれなかったため、今度は、親族である王子を指名したが、その王子は双子で、しかも、双方灰色に生まれた双子の為、やはり、王位争いが起こってしまう。

 そして、ヤールートは、この隙を突かれ、当時、勢力を広げていた、一神教を信ずる宗教を国教と定めてた、当時の強国による、進攻によって、衰退し、滅んだ。


 皮肉な話だが、この時、責めてきた強国の指揮をとった人物、リンチェは、ユソクと共に祖国を出奔したスクミの息子にして、不審死を遂げたテイルの孫にあたる。


 こうして、ヤールートは、ユソクに命を救われた、テイルの子孫によって、滅ぼされてしまったのである。


 そして・・・ヤールートが滅んだのと、ほぼ、同時期に、現在のタルキイェ共和国の少し東北に進んだ場所に、突如、現れたのが、狼の耳と、尻尾が生えた、狼と共に草原を駆ける民族。


 そう、ゲジェ人だ。


 彼らは、エルゲネコンから、出てきたのである。

 風に揺れる、彼らの掲げる旗には、雌狼との姿が描かれていた。


 このゲジェ人の中に、とある語り部の男が居た。

 彼の名は、


 に、灰色の瞳をしたゲジェ人だった。


 語り部のスンジェが、子供たちに語り出す。


「これは、俺が、子供の頃、昔話さ。昔、とある国に、灰色を信仰する国があって、そこに、3人の王子が居たけど、全員灰色ではなかった。王様も、お妃様も、子供たちに冷たかった。そんな時、待望の灰色の子が、生まれた。よかった、よかった。ところがね、これに不満を抱いたのが、一番目の王子と二番目の王子さ・・・」




 風が吹く。



 彼らを、遠くから見つめる者が居る。


 アセナと、あの金色の仔狼だ。仔狼は、優しげな碧い瞳を細め、くうん、と鳴いた。


「こうして、三番目の王子は死んでしまいました。ところが、アセナは心優しい三番目の王子様が死んだことを哀しみ、彼を金色の仔狼に生まれ変わらせました。そして、末の王子様が待つ、エルゲネコンに連れていってもらい、兄弟は、再会することが、出来たのです。その後、父親となった末の王子は、。甥の誕生を、金色の仔狼も喜び、「おめでとう」と、祝福の遠吠えを贈ったのでした。おしまい」


 子供たちが拍手を送り、語り部のスンジェが会釈をする。


 心地良い春の日差しが、彼らを優しく照らしていた。



 おしまい。

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