第10話

「スンジェ、お前、本当にシヨルを殺したのか?」


 今日は、ユソクがスンジェの元を訪れた。


「・・・は、い・・・」


 スンジェは、痛みと、苦しみに耐えながら、そう返した。


「スンジェ、本当の事を教えてくれ。此の儘では、お前は・・・」


「・・・ふふっ・・・」


 スンジェは、思わず笑ってしまった。


「・・・ぜんぶ、ほんとう、の、こと・・・です、よ・・・」


 それ以上、スンジェが口を開く事は無かった。


(シヨル・・・どうしているかな・・・いや、大丈夫、何も、心配することはない、何にもないんだ・・・)




 シヨルは、ずっと、泣きながら、草原を歩いていた。


「なんでっ・・・どうして、アセナは、出てきてくれないの?何で、僕には見えないの?このままじゃ・・・スンジェがっ、死んじゃうかもしれないのに・・・何で、どうしてっ?」


 行けども、行けども、草原が続く。


「無駄だよ。アセナか、アセナに遣わされた雌狼の案内がないかぎり、此処から出ることは出来ない」


 シヨルを追ってきたトヤが、哀しげに、そう告げる。


「なんでっ!なんで、なんで、スンジェが死ななきゃいけないの?どうして、アセナも、クランも、トヤも、皆も、どうして・・・どうしてっ、スンジェを止めてくれなかったの?!スンジェは、どうして、僕を置いて行ったの?!どうしてっ・・・スンジェが死ぬ必要なんて・・・何処にもないのにっ・・・どうしてだよっ・・・」


 シヨルは、草原に倒れ込み、大声で、泣き出す。


 トヤが、そっと、シヨルの背中を撫でる。


「スンジェは、これが望みだと、言った。しなければ、ならない事だから、だから帰るのだと、そう強い決意を込めた目で言っていた。だから、誰も、止められなかった」


「だからって!だからって・・・」


 シヨルの涙は、止めどなく流れて、大地に降り注ぐ。

 トヤは、シヨルの傍に居る事しか、出来なかった。


 ぽたり ぽたり


 いつの間にか、トヤも泣いていた。

 声を上げて、泣き出した。


 草原に、子供たちの泣き声が、響き渡る。

 けれど、その声が、スンジェに届くことは、決して、無いのだ。




 そして、処刑の朝を迎える。


 スンジェは、覚束無い足取りで歩くが、容赦なく、兵士に引っ張られていく。


 久しぶりに見る、外の景色は、眩しい。


 その時、何かが頭に当たる。


「地獄に落ちろっ!!」


「死ねっ!!」


「早く殺せっ!!」


 スンジェを口汚く罵る者達、石を投げつける者達、唾を吐きかける者達・・・。その中に、兄二人と同じように、複雑な顔をする者達がいた。それも、少なくない。


(ああ・・・やはり、そうなんだ・・・。兄上たちだけじゃなかった。やはり、僕の選択は、僕にとっては、間違いじゃなかった)


 スンジェは、真っ直ぐ、前を見据えて、歩き出す。

 顔には、笑みを浮かべて、彼は、進む。処刑場を目指して。


 拷問に加え、今まで歩いてきた最中に投げつけられた石によって、更に血まみれになったスンジェを、父王たちが処刑場で待ち構えていた。


「スンジェ、死ぬ前に、何か言っておきたいことはあるか?」


 父王の言葉に、スンジェは、


「いえ、何も・・・と、思いましたが、気が変わりました」


口元に笑みを浮かべて、声は、若干掠れつつも、はっきりと言葉を発した。


「どうせ、これが最後なのですから、言っておきます。私は、シヨルが憎かったし、可哀想だった・・・。父上、母上・・・貴方方は、シヨルが死んで、哀しいですか?本当に、シヨルの死を悼んでいるのですか?いいえ、貴方方が、本当に愛しているのは、アセナの子であるシヨルだ」


「お前は、一体、何が言いたいのですか?!私たちがどれほどシヨルを愛していた事か・・・!お前に解りますか?!」


「あははははは」


 スンジェは、母の言葉を笑い飛ばす。


「それならば、もし、シヨルが、私やユソク兄上同様に、貴女譲りの金髪碧眼だったとしても、貴女は、貴方方は、シヨルを愛していましたか?」


「もうよい!刺せっ!」


 父王に命じられた、兵士の槍が、急所をわざとずらして、スンジェの腹を突き刺した。


「っ・・・は、はは・・・図星ですか。そうでしょうね・・・」


 スンジェは、痛くても、それを堪え、なおも、言葉を発し続ける。


「父上、母上、解りますか?私が、シヨルを、憎いといった理由を、私は、私だけじゃない、テイル兄上も、ユソク兄上も・・・勝手に期待され、生まれた時、灰色の子供ではない、たった、それだけで、期待外れだと、価値が無いと、愛情を注ぐ価値もないと、そう吐き捨てられてきました・・・。灰色に生まれただけで、シヨルは、私の欲しかったもの、一番欲しかったもの、簡単に手に入れてしまった。だから、憎くて、堪らなかった、だから、傍に居ました」


 二本目の槍が、また、急所を避けて、突き刺さる。


 それでも、スンジェは、力の限り、言葉を発する。


「・・・けれど、私は・・・。解りますか・・・?私が、シヨルを、可哀想といった理由を・・・先程も、言いましたが・・・私は、貴方方に愛された事なんて、一度もない。テイル兄上もユソク兄上も私も、ヨンアも、みんなそうだ・・・シヨルだって・・・そうだ・・・貴方方は、私たちを、一度でも、ちゃんと、見てくれたことが、ありましたか?無いでしょう?シヨルの傍に居て、そのことを知りました・・・」


「もうよいっ!!殺せ!!」


 複数の槍が、スンジェの体を貫いた。民衆も石を投げ続けている。


(ああ、もう、意識が・・・)


 まだ、終わっていないのに、眠くてたまらない。


(ああ、もう、駄目だ、眠・・・)


 おおおおおおおおおおおおん


 はっとして、前を見る。


(アセナ・・・)


「ふざけるなっ!」


 スンジェは、大声で叫ぶ。

 不思議と、身体の痛みは、何も感じない。眠気も、吹っ飛んだ。


 父王も、王妃も、兄二人も、民衆も、兵士たちも、全員驚いている。

 それを、見回して、腹の底から、声を出す。


「いい加減にしろっ!いつまで、こんな、くだらない事に、拘っているんだ。灰色が何だ。アセナの色だから?それがどうした!重要なのは、そんなものじゃないだろう?!そもそも、灰色に拘らなければ、僕はこんな事、しなかった。シヨルだって、王太子なんかにならなくて、済んだんだ!いや、王太子になろうが、灰色だろうが、本当は、どうでもいいんだよ!貴方たちが、ちゃんと、僕達を、見ててくれれば、最初から、ちゃんと、愛してくれていれば、こんな事、起きなかった!半分は、自業自得だろう?!この国は、危うい!もう、駄目だ。この国に、もう、アセナは、居ない。もう、居ないんだ。居ないんだよ!居なくなるんだよっ!!ざまあみろっ!!!」


 スンジェは、息を吸った。


 そして・・・


「ざまあみろ・・・」


 最期に、シヨルとトヤの姿、テイルとユソクとヨンアの姿、優しいケジェ人達の姿を思い浮かべ、そして、自分を見つめるアセナを見つめ、穏やかで、優しい、美しい、笑みを、浮かべて、彼は、目を閉じた。笑みを浮かべたまま、彼は息を引き取った。


 

 人々は、途端に、怒り狂い、再度、石を投げ続けた。


 スンジェが、処刑の際に発した、これらの言葉は、全て、父王の命により、記録に書かれることは無かった。


 動機についても、スンジェは、動機を言わないので、拷問したが、何も言葉を発さないので、最終的に、しびれを切らした王が、処刑を言い渡した。と、全て、なかった事にされた。


 正に、スンジェの死によって、真相は、闇に消えたのである。

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