第8話
二人はアセナに導かれる儘、一晩中、馬に乗って駆けた。
シヨルは、眠っていたが、スンジェは眠るわけにはいかなかった。
気が付けば、空が明るくなっていき、太陽が、東から上る。
「あ・・・」
アセナが進む方向には、集落があった。
(こんな、だだっ広い草原に村があったなんて・・・)
アセナは、どんどん先に進んでいくが、スンジェは、どうしても躊躇してしまう。
おおおおおおーん
突如、アセナが大きく吠え、スンジェは、思わず、ぎょっとしてしまう。
「あ・・・」
村の人々が家から出てくる。
そして、朝日に照らされた人々の頭を見て、スンジェは更に驚愕する。
「うそ・・・」
ぴくっと動く大きな耳、パタパタと動く尻尾、そして、朝日に照らされ、きらきらと輝く、その灰色の髪。
獣人だ。初めて見た。
スンジェが驚いて固まっているのを余所に、アセナが、その村に向かって、軽やかに駆けていく。
「アセナだ!アセナが居るよ!」
村の子供が嬉しそうに、興奮して、そう言ったのが聞こえた。
(アセナが見えている?いや、それよりも・・・あの人たちも、アセナを知っているのか?)
「ん・・・ここ、どこ・・・?」
「シヨル?起きたのかい?」
シヨルが、子供の声で起きた。
「あ、あそこ・・・」
急に、耳に入ってきた言葉に、はっと、視線を村に戻す。
村人たちが、此方を見ている。子供が、此方を指さしている。
スンジェは、シヨルがちゃんと起きた事を確認すると、馬から降りて、村に歩み寄る。
「あの・・・私は、スンジェという者です。この子は弟のシヨルです。その・・・私たちの話を、聴いては、いただけないでしょうか・・・?」
一先ず、大きな天幕に招き入れられたスンジェは、今までの
ヤールートという国から来たこと。アセナを神聖視するあまり、灰色の髪と瞳を持って生まれたシヨルが兄妹に妬まれていた事。二人して、上の兄二人に、シヨルを殺される夢を見た事。アセナに導かれて、此処に辿り着いた事。などを、全て話した。
中心となって話を聞いたのは、クランという老婆であった。
「そうかい、お前さんにも、アセナが見えるのかい」
クランは、スンジェの話を聴き終えて、そう言った。
「あの、此処は何処なのでしょうか・・・?」
「此処は、エルゲネコンさ」
「エルゲネコン?」
「アセナが隠れ住んでいた処さ、アセナ、及び、雌狼の導きが無ければたどり着くことが出来ないし、外に出ることも出来ない、不思議な場所さ」
「ここの人たちには、どうして、狼みたいな尻尾や耳があるの?」
シヨルが、クランの頭を見ながら問う。
「私たちは、アセナの狼としての特徴を受け継いだのさ。だから、此処に帰ってきたんだよ」
「・・・髪の毛の色も・・・?」
「髪の毛の色ねえ・・・灰色と言っても、色々な灰色があるからねぇ・・・あまり関係ないと思うよ」
「関係ない?」
シヨルは驚いたように聞き返す。
「そうさ、よく見てごらん、私の髪を。灰色といっても、青も混ざっているだろう?もう死んでしまった私の夫は、濃い鼠色をしていたが、義弟はそれより少し薄い色だったね。それに・・・」
クランが、視線を横に移す。
クランの横には、物珍しいからなのか、頬をリンゴの様に頬を赤くして、此方をじっと見つめている、クランの孫娘が居た。
「この子、トヤの髪はどうだい、灰色というより、綺麗な梔子色だろう?灰色にも種類があるし、灰色以外の色の毛の子も居るんだ。私らにすれば、その辺は、どうでもいいことだね」
「どうでもいい・・・」
何だか、灰色に拘り狂っているヤールートが、とんでもなく幼稚に思えてきた。
「そっか、そうだよね・・・」
「シヨル?」
シヨルは、肩の荷が下りたような、憑き物が落ちたような、そんな顔をしていた。
「おい、お前」
クランの孫娘のトヤが、シヨルの近くに寄ってくる。
「お前、齢いくつ?」
「えっと・・・」
シヨルは思わず後退してしまうが、トヤは後退するたび彼に近づいてくる。
「早く答えろ」
「これ、トヤ。怖がっているじゃないか。もう少し、優しい言い方をしなさい」
クランに諌められ、トヤは不服そうに、頬を膨らませるが、「わかったよ」と言った。
「・・・仲良くなりたかったんだ。ごめん」
トヤが、シヨルに謝ると、シヨルは、最初、ぽかんと口を開けていたが、すぐさま、首を横に振って、言った。
「ううん。僕も、ごめんなさい。怖がったわけじゃないよ。ただ、あんなふうに、同い年くらいの子から顔を近づけてお話した事無かったから、緊張しちゃって・・・、本当は嬉しいんだよ」
「本当?」
「うん、本当」
パアッと、トヤの顔が輝き、自分の両手で、シヨルの両手を包み込むようにして握る。
「あたしは、トヤだ」
シヨルは、一瞬きょとんとしてしまったが、すぐさま笑顔になり、名乗り返した。
「僕は・・・シヨルだよ。よろしくね」
「うん。シヨル、あっちで遊ぼう」
トヤがシヨルの手を引っ張り、シヨルは、振り返って、スンジェを見つめる。
スンジェは、優しく微笑み、頷く。すると、シヨルの顔は輝き、トヤの方に顔を戻し、笑顔で頷いた。
「うん!」
トヤはシヨルの手を引っ張って、立ち上がらせると、片方の手を放して、もう片方の手だけ、しっかりと繋いだまま、天幕の外へと連れ出そうとした。
「シヨル」
スンジェが呼び止め、シヨルが振り返る。
彼は笑顔を浮かべ、手を振って言った。
「行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
シヨルも笑顔で、手を振り返す。
「・・・トヤは、あの子に惚れたね」
「ええ」
クランもスンジェも、トヤがシヨルをじっと見つめて、頬を染めていることに気が付いていた。どうやら、トヤは、シヨルに一目惚れしてしまったらしい。
「話を元に戻そう。アセナが此処に導いたんだ、好きなだけ此処に居るといい。なんなら住んでくれても、構わない。トヤも喜ぶし、私らも歓迎する」
「・・・ありがとうございます」
スンジェは、クランに礼を言うと、先程、二人が出て行った方に視線を向ける。
「あ・・・」
アセナが入ってきて、スンジェの傍に寄ってくる。
戸惑うスンジェを余所に、アセナは彼のすぐ横で丸くなった。
「・・・アセナ・・・ありがとうございます」
スンジェの言葉に、アセナは尻尾を振って応えた。
外から、子供たちの笑い声に混じって、シヨルとトヤの笑い声が聞こえてきた。
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