第4話

 差し込んできた朝日で、スンジェは目を覚ます。

 ふと、昨日、シヨルがスンジェの為にと、摘んできてくれた花が、スンジェの視界に入る。


「シヨル・・・」


 スンジェの心は、テイルに言われた言葉によって、酷く傷ついていた。


 媚び諂っているわけではない。そう言っても、テイルは信じてくれなかった。


 権力なんて、欲しくない。兄妹の仲を、壊してしまう、権力なんか、そんなもの、欲しいとも思わない。

 そう、思っているのに、兄は信じてくれなかった。


「どうすれば、いいんだろう・・・」


 どうすれば、いいのか。


 兄妹達の為に、どうすれば、よかったのか。


 スンジェの心は、晴れない。

それでも、朝日は、憎らしいくらいに、優しく彼を照らしている。

 スンジェは、溜息を吐くと、ゆっくりと身支度を始める。




 シヨルはスンジェを見つけると、駆けだす。

 スンジェは、女官の目もあり、敬意を払った、丁重な言葉遣いで、挨拶をする。

 それに対し、シヨルは不満そうだったが、こればかりは、仕方がない。それは、シヨルも解っている。

 だから、シヨルは、急いで女官を遠ざけ、二人きりになろうと、スンジェだけを連れて行く。


「今日は、どんなお勉強するの?」


「そうだなぁ・・・それじゃあ、歴史を勉強しようか」


「ええ・・・、歴史かあ・・・僕、過去の事なんて、今勉強する意味あるの?」


「あるから、勉強するんじゃないか」


「ちぇー」


 スンジェは思う。此の儘ではいけない。此の儘では、皆、不幸せになってしまう。テイルの為にも、ユソクの為にも、シヨルの為にも、ヨンアの為にも、自分の為にも・・・。そう思っていた。


(誰かを妬み、憎しみ、ずっと、そんな風に思いながら生きていても、虚しいだけだ。それに・・・)


 スンジェは、難しい顔で、歴史書を読むシヨルを見つめる。


(シヨルだって、兄妹に良い感情を抱かれていない事に、気が付いている。これじゃあ、シヨルだって、辛いだけだ。僕だって、ずっとシヨルの傍に居られるかどうかなんて、解らないんだ。僕が居なくなったとき。シヨルが心許せる誰かが、居れば、何の問題もない。けど・・・この国の人間に、そんな人間が、王侯貴族に、果たして居るのだろうか・・・)


 スンジェから見て、王侯貴族は、皆、シヨルを神聖視しているか、表面上は神聖視しつつも、妬みの感情を向ける者、出世を目論んで近づこうとする者などの様に、悪感情や下心を抱くかのどちらかしか、居なかった。


 自分の様に、シヨルに悪意なく、一人の人間として、見る者は、誰も居ない。


 スンジェは、それが、酷く哀しかったし、恐ろしく怖かった。


 いつか、この国に、危機が訪れたりしたら・・・シヨルはどうなるのか。どうなってしまうのか。


 スンジェに言わせれば、王ほど、嫌な仕事は無い。

 王とは、国家元首であり、また、王侯貴族を含めた、この国で生きる、全ての人々の、奴隷であると。

 いざとなれば、この国の為に、私心を殺し、自分の意思とは関係なく、残虐な決断をしなければいけなかったり、その自分の本位ではない決断の所為で、民から怨みを買ったり、時には、全ての責任を押し付けられ、国民に殺されたりもするのだ。

 贅沢なんてしようものなら、最下層の身分の人々から恨まれるが、かといって、倹約ばかりしすぎると、今度は、威厳がないと、笑われる。


 スンジェは、神聖視されることに嫌気がさしているシヨルに、果たして、王なんて大役が務まるのか、どうしても考えてしまう。


「スンジェ?どうしたの?」


「え?」


「怖い顔してるよ?」


「・・・そんな顔、していたかい?」


「うん」


「そうか・・・」


「ねえ」


「うん?」


「スンジェ、テイルと何かあった?」


 スンジェの顔が強張る。


「シヨル?何を言っているの?そんな事・・・」


「やっぱり、何かあったんだね」


「シヨ・・・」

「僕、生まれてこない方が、よかった?」


 スンジェは、心が凍りつくのを感じた。


 気が付けば、シヨルの頬を叩いていた。


 熱い。目が、熱い。


 心が、熱い。熱くて、苦しい。苦しくて、痛い。


「ばかっ!ばかっ・・・!ばかぁっ・・・」


 項垂れていたシヨルを抱きしめる。


 強く、強く、抱きしめる。


 何かが、頬を伝う。


 視界が滲んでいる。

 鼻を啜る音が聞こえる。

 

 スンジェは、泣いていた。シヨルを強く抱きしめて、ただ、ただ、泣いていた。


「・・・ごめんなさい・・・」


 シヨルが、震える声で謝ると、そっと、スンジェの背中に、その、頼りない、小さな手を回した。


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