第3話

 シヨルは、スンジェによく懐いた。


 シヨルは王太子だ。そのため、他の兄妹達は、常に彼に敬意をはらい、言葉使いも丁重でなくてはならない。


 しかし、スンジェはシヨルと二人きりの時だけは、普通の兄弟の様に接した。


 シヨルも、そんなスンジェの態度を咎めることなく、寧ろ、それが嬉しいようだった。


「スンジェ!スンジェ!あのね!あのね!」


「シヨル?どうしたんだい?嬉しそうだね?何か、いい事でもあったのかい?」


「うん!あのね・・・」


 シヨルは、スンジェと、二人きりの、この時間が、一番好きだ。

 自分を、優しく、愛おしい眼差しで、温かく見守っていてくれる、五歳年上の兄が、この世で一番好きだ。

 他の兄妹たちは、自分に、丁寧な言葉遣いをし、丁重な態度で接し、兄妹、というより、他人同士のようだった。それに、兄妹たちの自分を見る目、その目は、苦手だった。まるで異物でも見る様な、そんな、人間として見ていないような、そんな目をして、自分を見るから、とても、怖かった。

 でも、スンジェだけは違った。

 スンジェは、常に傍に居てくれた。時には厳しく叱咤し、時には優しく諭し、そうして、ずっと、傍に居てくれた。

 シヨルは、スンジェが大好きだった。スンジェの傍に居ると、自分が一人の人間である事を実感できるから。


 シヨルは、皆の特別扱いを、重荷に感じていた。


 シヨルは、両親の期待や兄妹たちからの冷たい眼差しや嫉妬、貴族から平民に至るまでの、すべての国民から、神聖視されることに、疲れ果てていた。


 だからこそ、スンジェの存在は、シヨルにとって、唯一、安心できる場所であった。


 そんな二人を、冷ややかに見つめる者が居た。





「スンジェ、夜分遅くにすまないが、少しいいか?」


「テイル兄上?はい、どうぞ、中にお入りください」


 その夜、長兄テイルがスンジェの部屋を、訪ねてきた。

 スンジェは快く、兄を招き入れるが、テイルは、部屋の扉を閉めると、突然、スンジェを突き飛ばした。


「て、テイル兄上・・・?」


 スンジェは、茫然と、兄を見つめる。


「スンジェ・・・お前、どういうつもりだ?」


「え?」


 テイルの冷たい瞳が、スンジェを睨みつけている。


「シヨルに尻尾を振って、媚び諂い・・・はっ、お前に、そんなに権力欲があるとは思わなかった」


「違いますっ!私は、権力が欲しくて、シヨルを気にかけているわけではありません!ですから、私がシヨルに媚を売っているなんて事は、断じてありません!シヨルは弟です!シヨルが可愛い弟だから、気に掛けるのです!」


 スンジェは慌てて否定する。

 

 しかし、そんなスンジェを、テイルは冷たく鼻で笑い飛ばして、吐き捨てるように言った。


「可愛いか、そうだろうな。あいつに気に入られれば、出世は間違いないだろうからな」


 スンジェは、それを聞いて、絶望の余り、涙をこぼした。

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