1話 傭兵大国のナシマ村
リスファルト王国。
数ある国の中でこの国は他の国と比べ頭一つ飛び抜けた力と各国から高い信頼を得ていた。屈強な傭兵達が各所にいるこの国を他の国はこう呼ぶ。
『傭兵大国リスファルト』と。
リスファルトにある村や街の中でも一際有名な村がある。それは1人の傭兵が育った村。名をナシマ村という。
その傭兵とは遥か昔、まだ世界の国が今の半分ほどしか存在しなかった頃、1人の魔女が世界に向け侵略を宣戦布告し、後にすべての国を巻き込む魔女大戦とまで言われたその戦争を己の力のみで終わらせ世界の光と言われた存在。伝説の傭兵アレク。
戦争後も世界はアレクの事を称え続けアレクの出身国であるリスファルトの男は殆どの者がアレクに憧れアレクの様な傭兵を夢見る。
そしてアレクに憧れる殆どの傭兵見習いはナシマ村に訪れ一種のゲン担ぎを行う。
それは村に住む屈強な男との手合わせである。
この村の出身の男は殆どが傭兵となっていて、各国で活躍している者も多い。
その村の男に勝てば傭兵の採用試験の際ハクが付くというものだ。
そしてこの日もナシマ村には傭兵を目指す者達が何人も訪れていた。
--ナシマ村--
「うぉぉぉぉぉーー!!」
雄叫びと共に丸々と太ったスキンヘッドの男は両手で固く握った大きな斧をこれでもかという勢いで振り下ろした。
家や店が立ち並ぶ村の中央にある広場で始まったその戦闘を囲う様にして集まって見ている者達の中には、雄叫びを上げる男を応援する者や、やれやれと言った呆れ顔で見る者、
男が振り下ろした斧は地面に亀裂を入れ刺さり男はその太い腕に力を込め力こぶを相手に見せつけ鼻高々に話し始めた。
「さっきから逃げてばっかだけどよ坊主、それじゃあ勝負にならねえぜ? おとなしく負けを認めたらどうだい?」
「そうだな。あんたの力自慢も終わったみたいだし、これから弟分の鍛錬を手伝わなきゃいけねぇしそろそろ終わりにするか」
少年は右目を覆う綺麗な初夏の葉の様な色の髪を邪魔そうに掻き分けながら退屈そうに応えた。
少年の名はテス。
ナシマ村名物五つの関門の第一の門を務める12歳の少年だ。
この村には傭兵見習いが手合わせを申し込みに来た際、5人の男が順番に相手をする仕組みになっており、これを挑戦者達は五つの関門と呼んでいた。
テスは村でもかなりの実力者であったがそれでも実力的は5人の中では一番下である為最初の第一の門を任されている。
五つの関門の門番といえど自分と比べてかなり歳が離れているテスに何度も攻撃を
「力自慢たぁ言ってくれるじゃねえか。俺が力自慢ならお前は足自慢かい? 徒競走ならそのお友達とやってろってんだ」
「徒競走の方がまだ良いさ。これじゃ鍛錬前の準備運動にもならねぇし」
男が嘲笑うとギャラリーもそれに呼応する様にテスを笑ったが、テスはそんな嘲笑を全く相手にせず、多少がっかりしながら手に持っていた木の棒を放り捨て相手の男を人差し指で誘う様に挑発した。
「クソガキが優しくしてりゃ調子に乗りやがって!! 泣きべそかきやがれ!!」
「はぁー」
テスは男が薙ぎ払うように振った斧を、溜め息を吐きながら踊る様に軽く躱し、男の懐に潜り込んで鳩尾に肘を強く打ち込む。
「うおぁっ……う、あぁ」
男は一撃で白目を剥き気を失いテスにもたれる様に倒れたが、テスは嫌そうな顔で軽々と支えてギャラリーに取りに来る様に訴える。
一気に静かになったギャラリーは何が起こったのか理解が追いついてない様だったが、テスの訴えに先程までの態度から打って変わってヘコヘコと頭を下げながら何人か男が出てきて、テスから男を受け取るとその重さからその場で崩れ倒れた。
「はぁ、あんたら見込みないからやめた方がいいぜ?」
テスはやれやれと呆れた表情で男達に言いながら取り囲む群衆の方に下がっていく。
群がっていた傍観者達はテスの強さに恐れをなし、テスが向かってくると黙って道を開きすんなり通した。
「おいテス、お前やりすぎなんだよ。最近はお前のせいで受験者が減ってるってお前の爺ちゃんに注意されただろ」
群衆から抜けてきたテスの肩に手を回し耳内ちで注意をする、癖のない黒髪の少年はメル。
テスと同い年で同じくこの村の第一の門を務める少年だ。
テスとは同い年だが大雑把な性格のテスとは違い生真面目な性格のメルはテスの行動を注意する事が多かった。
同じ一の門を務める者として日頃から言い争いが絶えず、手合わせと称した只の殴り合いの喧嘩もしばしばあるが、今のところ決着がついた事はなく実力が拮抗してる事から、互いに認め合う良きライバルであった。
「あー、そうだっけか。まぁあんなの受けるだけ無駄だし時間の節約になったろ。てかあいつらは?」
「節約ってお前なぁ……まぁもう遅いか。モニキャなら高台で一緒に見てたからそろそろ降りて、あ、ほら」
「テス兄!」
メルが指差す方向から小年達が慌ただしく降りてきてテスに駆け寄ると、興奮冷めやらぬという言葉の通りみな一斉に話しかけ始める。
「テス兄! 楽勝だったね! 最期のところかっこよかったよ!」
「せっかくタオル持ってきたのに汗もかいてないしテス兄強過ぎだよ!」
「ありがとなレノ! ネリーもタオルサンキュー!」
「流石俺たちの師匠や! 弟子として鼻が高いで!」
「はは、まだコッペー達には負けてられねぇか--」
「やっぱ暴力って最低だね」
少女は冷ややかな目でテスを見ながら、とても冷たく呟いいた。
「……すまん。………デン、いや……なんか本当すまん」
少年達はモニキャ団と言いテスやメルが弟妹のように慕っている村の子供達で、今回初めてメルの手合わせを見る事を許され、高台でテス付き添いの元見ていた。
「デンは女の子だし本当は見てるのも怖かったのにテスが心配で頑張って見守ってくれたんだよね」
メルがデンの頭を優しく撫でながらテスに説明すると、デンは照れて下を向き頬を赤く染めた。
「いつもありがとうなデン」
テスもメルと同じように撫でながら感謝の意を伝え、デンの目を見ながら優しく微笑んだ。デンが撫でられてるのを見てたネリーの表情を見てテスはネリーにも同じように優しく礼を言う。
「う、うちは女の子でも怖くなかったし!」
「お、俺だって怖くなかったよ!」
「なんや!? 俺だって怖くなかったで!」
「お前等は男だろうが!!」
テスのツッコミに2人がお互いに顔を見合わせてハッとした顔を見てデンや周りのみんなも声を上げて笑いあいそのまま談笑していると、笑い声を聞き付けた村の住人達が6人を囲うように続々と集まり始めテスに群がっていく。
「よくやったねテス!」
「こいつ最後武器捨てて挑発なんかしやがって! ったく相手が可哀想で見てらんなかったぜ!」
「怪我はないんだろうね?」
「何見てたんだ、あるわけねえべよ! 怪我なら相手の心配してやんねえと! 」
「本当にまだ子供なのに2人とも大したもんだ!」
集まった人達がテスに寄り次々に声をかけると、テスは少し照れながらはにかみその声に礼で応えた。
この村にはテスやメルより強い者は何人かいるが、それでもこの若さでここまで強い者は過去にもいなかった。
テスとメルが第一の門を務めると志願した際最初こそ反対していた住人達もいたが、今ではその住人の中にもテスとメルの手合わせを楽しみにしている者もいる。自分の店をほっぽって見に行く者もいた。
大人と比べればまだ小さいその身体で見習いとはいえ、傭兵を目指す者達を倒していく2人を心から応援しているのが声をかけてる表情から周りに伝わる。
コッペー達が憧れる理由の一つだろう。
「お前等そろそろ門の格付けやった方がいいんじゃねえか?」
「え? いや俺達なんてまだま--」
「やっぱそうかな〜!」
メルの言葉を遮り鼻高々にそう言ったテスはメルの前に立ち、腕を組んで更に続けた。
「まあ? このテス様の手にかかれば? 第五の門だって? お茶の子さいさいっていうか?」
「おい、言い過ぎだってお前! やめと……」
メルはテスが長々と講釈を垂れるのを止めようとしたが大きな影がテスの正面に立ち
テスは調子に乗ってカッコつけるのに必死なのか、正面に立っている影に全く気付かず続ける。
村の住人達は影がテスの正面に立つと共に何かを思い出したように散り散りに去っていった為テスは長々と調子に乗って独り言を話している状態だった。
「まぁシバのおっさんには申し訳ないけどそろそろ隠居してもらって、これからはこのテスがこの村を引っ張って--」
「なんて?」
野太いしゃがれた声がテスの独り言に割って入った。
「いやだから俺がこの村を--」
「んー?」
「しつけえな!! だからこれから俺がこの村をひ……ぱっ……」
テスは目の前に聳える山のように大きな存在に気付き、突如とんでもない量の冷や汗をかいて、目には涙を浮かべている。
「……ひ、引っ張って……いくのは、ま、まだかなー……なんて……テヘ☆」
「ぬぅぅーーーん!」
茶目っ気たっぷりな腹立つ笑顔で舌を出したテスは、大男のアッパーで遥か後方に綺麗な弧を描くように吹っ飛び一撃で気を失ってしまった。
大男の名前はシバ。
ナシマ村で上位の強さを誇り、第五の門を務めていてテスとメルに戦い方を教えた師匠でもある。
その丸太のように太い腕は牛でも犬を持つくらい楽々と担ぎ上げ、泣く子はすぐに泣き止み瞬時にその場から逃げる程の鋭い目つき、そして2メートルは優に超えると思われるその体の大きさ、村では鬼人シバと呼ばれる程恐れられる存在だが、同時にとても仲間想いな義理堅い一面を待ち、周りからも信頼されいて仏のシバという者もいた。
メルはすぐにテスの元へ向かい頭を掻きながら困惑の表情でテスを見下げた。
「あーあ、こりゃ完全にのびてるなぁ」
「お前みたいな小僧が五の門なんぞ10年早いわ! おいメル!」
「は、はい師匠!」
(ま、まさか俺も殴られるの!?)
「そいつが起きたら俺の家に来るように伝えておけ! 1人で来るようにな!」
「はい!」
メルが背筋をまるで一本の棒のように限界まで伸ばし、敬礼をして元気よく返事をするとシバは今朝整えた髭を撫でジョリジョリと音を鳴らしながら家へ帰っていった。
メルは顎を抑えながら力を振り絞って立ち上がるテスに近づき優しく肩を叩いたがあえて言葉にせず、テスもその優しさに涙を流しながら力強く親指を立てて応えた。
「俺、もう調子に乗らない!」
「うん。何回目か忘れたけど今回も無理だと思うよ!」
お馴染みの流れを一通り終えた彼等はシバになぜ呼ばれたかを話しながらシバの家を目指して歩いた。
シバが自分達を呼ぶなんて今までに数回しかない上にそのほとんどが説教。
唯一説教でなかった時は2人の一の門の就任祝いの時のみ。そしてそれも後半は説教に変わり、2人からすればトラウマの塊のような家だった。
「どっちだと思う?」
「んー5割俺、5割両方……だな」
「……お前最近なんかしたのか?」
メルは両方の選択肢より前半のテスの5割が気になっていた。何故ならテスはこういった場合必ずと言っていいほど根拠もなく自分ではないと言い張る。そんな男が5割も自分だと言うのが不思議だった。
「いや分からん。あるっちゃあるし、ないっちゃない」
「……一番の可能性は?」
メルはテスの言葉を受けて少し考えて尋ねた。あるといえばあると言う事はおそらく些細な事でシバがそんな事で自分達を呼ぶとは思えないという事、ないといえばないと言うのはそんな些細な事でも積み重ねれば、もしくは自分が思ってもいないところでシバの地雷を踏んでいるのでは、という事。その中で一番の可能性を探ろうと尋ねたが2人の答えはすぐに出た。
「考えても意味ねえな」
「怒られる事はほぼ確定だしなぁ」
「「はぁ〜」」
2人はそう言って大きく肩を下ろし、深いため息を吐くと、互いに言い訳を考えながらシバの家にトボトボと向かっていった。
そんな2人を木陰から睨みつける影の眼光が光る。
「……クソが」
舌打ち混じりに呟くと影は沈み始めた日が照らす2人の影を追った。
隻腕の魔女 莉乃塚彼方 @PSM
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