隻腕の魔女

莉乃塚彼方

プロローグ

 窓から差し込む月明かりがはっきりと分かる程暗い部屋で男はうなされていた。

 ベッドと小さな棚程しか家具という家具がないどこか殺風景なその部屋で、男の額に滲む汗を拭くように風がカーテンを優しく揺らした。


「うぅ……、くっ……」


 小刻みに頭を震えさせ、もがき苦しむ男。

 するとドアが静かに開きそれと同時に男は目を覚まし上体を勢いよく起こす。


「おは。つってもまあ夜なんだけどな」


 ドアを開けた男がそう話しかけると強張った表情から一転、気の抜けた表情で一息吐き、男は応えた。


「はぁ。おはよう、テス」


「随分うなされてたみたいだけど大丈夫か?」


 テスはメルの様子を見て心配そうにそう尋ねた。メルはそのテスの問いに一息置いて応える。


「あぁ、酷い夢を見てた気がする。……内容までは覚えてないんだけど、その--」


「良いって良いって、そんな変な夢の話思い出そうとすんな。これから伝説の傭兵として名を轟かせるこのテス様の相棒メルちゃんが変な夢見ておねしょなんてみっともないったらありゃ--」


「してない! てかちゃん付けすんな! あとお前この前みたいに変な噂流すのはやめろよ!」


「ん? 変な噂って言うのは前にいた村の女の子にフラれて夜中にメソメソ泣いてた事か? それともその前の村で--」


「フラれてもないし泣いてない! お前は妄想で俺をそんな扱いしてんのか!」


「お、おいおい、そんな汗かいて焦るって事は……」


「寝汗だ!」


 メルは必死に否定しつつもこっそりシーツの中を確認してテスを睨みつける。

 それを見たテスの笑い声が部屋中に響き、メルはそんなテスを見ながらこれも不器用なテスなりの優しさ、気遣いと言う事を察し一言礼を言おうとしたが、敢えて言わず心の内で感謝した。


 一通り笑い終えたテスは、それまでの表情からは打って変わって鋭い目でメルを見る。


「今日で終わらせるぞ」


「あぁ」


 テスのその眼差しに応えたメルは窓の前に向かい、差し込む月明かりを神妙な面持ちで見上げた。


「あの夜も綺麗な月だったよな」


「あぁ」


 そう息を吐くようにぼそっと応えたメルは目を閉じ、月明かりを瞼に感じながらこれまでの旅とその目的、その元凶になった出来事を振り返った。

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