線香

 私には、もうすぐ二歳になる甥っ子がいる。


 元気いっぱいのその子には、母親がいない。




 その子は、私の姉の子だ。


 姉は昔から子供好きで、結婚して直ぐにその子を授かった。念願だった我が子を抱く姉の姿は、いつの間にかお母さんになっていた。


 しかし、そんな姉は半年前、交通事故で他界した。


 その日は、いつもの様に、車で息子を保育園に送り届けると、姉はそのまま職場に向かうはずだった。


 信号が青に変わり、交差点に侵入した際、左から来た信号無視をした乗用車に追突されたのだ。姉は、病院に緊急搬送されるも、程なくして命を落とした。それは、あまりにも急で、私は暫く、姉の顔を見ることが出来なかった。


 葬儀の日、線香の煙漂う式場で、私はむせび泣いていた。あれ程までに、親子という関係に憧れていた姉が、子供を遺して死んでしまったのだ。大切な家族を失った哀しみと、姉の悔しさが思えて、涙が止まらなかった。


 そんな式場で、一人未だ事態が理解出来ないその子だけは、明るい声をあげていた。


「ママ!ママ!」


 笑顔の遺影を指さして、甥っ子は楽しそうに笑っていた。ママが帰って来ないということを、伝えたはずなのに。




 私はよく甥っ子を預かっている。仕事の忙しい姉の旦那さんの代わりに、私が育児をしているのだ。きっと、私が今していることは、姉が何よりもしたかったことのはずなのに。


「ママだ!ママだ!」


 お散歩の途中、近所のお寺を通る度に、甥っ子はそんな事を言い出す。




 お寺から漂う線香の匂いに、母の笑顔を思い出しているのだろうか。




 

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