雨傘
雨が降ると分かっているのに、私は傘を置いて出掛けてしまった。
予定時刻の五分前、私はいつもの様に待ち合わせ場所の最寄り駅にたどり着いた。休日とあって、コンコースには沢山の人で溢れている。きっと、ここでスマホを眺めている殆どの人が、誰かを待っているのだろう。彼らのその手には、きちんと傘が握られている。
「雨、本当に降るのかなぁ───」
どんより曇った空を眺め、私は一つ溜息を吐いた。
「お待たせ!くそぅ、今日も
そう言って、私の前に現れたのは私が待っていた人。一週間前に会っているというのに、私は咄嗟に「久し振り」と言いそうになった。
「ちょっと早く家を出てるからね。それで、今日は何処に行くの?」
電光掲示板の表示が変わり、特急電車の表示が消えた。これより先は、急行と普通電車ばかりになっている。
「そうそう!一昨日気になるカフェ見つけてさ!美咲と一緒に行きたいから、そこ行こ!」
私達はホームに降りると、普通電車に乗って目的地を目指した。流れる景色は、いつもよりゆっくりだ。
暫らくすると、窓ガラスにぽつぽつと水滴が付き始めるのが分かった。
「今日、雨が降るらしいわね」
雨の日は、気分がどうも上がらない。何も、こんな日に限って雨を降らさなくっていいじゃないか。気が付くと、鈍色の空を睨んでいた。
「らしいね。でも、別にいいんじゃない?どうせカフェだから、室内だし」
「そうだけど・・・」
確かにそうだけど、そうじゃないの。雨の日というのは、何かこう、心さえも曇らせる何か不思議な力があるの。
「それに、私傘忘れちゃって・・・」
傘が無ければ買えばいい。駅に着いたら、コンビニに寄ればいい。それで全てが解決する。でも、そのコンビニのビニール傘にお金を払うことで、より一層私の心は曇っていく。
「いいよ。私傘持ってきたし。一緒に入ればいいじゃん。ね?」
目的の駅に着くと、私達は相合傘でカフェを目指した。
雨が降ると分かっていた。傘は持ってこようとしていた。けれど、持ってこなくて正解だった。
だって、大好きな彼女と、こんなにも近くになれたのだから。
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