想起
それは、意地悪な位に突然あの子を思い出させた。
終電間際の車内には、スーツの人達がひしめき合っていた。今日は金曜日。彼らが頬を赤らめせているのは、きっとそういう事なのだろう。
そんな中、俺はちゃっかり椅子に座れていた。たまたま、さっきの駅で目の前に座っていたサラリーマンが立ち上がった為に、俺は運良く腰を下ろすことが出来た。
けれど、俺はそこに座ったことを酷く後悔した。いや、そもそもこの車両を選んだこと、いや、この電車に乗ったこと、いや、それ以前にあの日の自分に。
俺の隣に座っていたのは、茶髪の毛先を綺麗にカールさせた二十代のOL。こんな時間にも関わらず、化粧が崩れていない。それどころか、いい匂いすら漂わせている。
原因はその匂いだ。何がいけないって、そのシャンプーの様な匂いは、あの子が愛用していたシャンプーの匂いだったのだ。
忘れるはずが無い。何度も肌を合わせ、何度もその髪を撫でて、何度も何度も抱きしめた匂いだ。何故、そんな辛い記憶を呼び起こさせるものが、こんな所にあるんだ。しかも、それは見ず知らずのOLのもの。けっして、あの子のものではないけれど、確かにあの子を思い出させるもの。
俺は動揺を落ち着かせようと、何気なく目を閉じた。それがいけなかった。それまで隣に居たのは、OLだったはずなのに、瞳の裏に見えたのは、あの日のあの子だった。
「ねえ、これまでのことは無かったことにしましょ?」
そうだ、あの日俺達はベンチにこんなふうに隣合って座っていた。その時も、あの子は同じシャンプーの匂いがしていたのだ。まだ、昼過ぎなのに。
「
皮肉にも、そのOLが降りた駅は、あの子の最寄り駅と一緒だった。
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