第8話 朝を呼び戻すための道
8-1 目指すは、地下
バイクは再び、明かりと風で夜を切り裂くようにしながら町へと戻って行きました。私は手すりにぎゅっとつかまりながら、ヘルメット越しに星のない偽物の空を見上げます。
昔の人も、こんな暗い夜空の下で暮らしていたのかしら。地上はもっとずっと明るいところだったとも聞きますが、それにしても、冷たくて寂しい。でも、この殻は昔の町をずっと守ってくれていたものでもあるのです。どんな感慨を抱けばいいのか、私にはよくわかりませんでした。
私は試しに、周りの古いくすんだ建物全てに頭の中で明かりを灯してみました。色は白。十何階もある高い窓全てに明かりがついたら、きっとあたりは星の海のようになるのではないかしら。こんな風景の中でなら、安藤さんも、店長や私のご先祖様も、寂しくはなかったのかも。一面に広がる星の中を、私と店長を乗せたバイクが駆け抜けていく。そんな想像をしたら、そっと目を開けた後も、なんだか怖くないような気もしました。
安藤さんの温室はもう、遠く背後に過ぎ去って見えません。少しずつ周りに明かりが戻ってきます。滑るように、町の中心の方へと私たちは戻ってきました。蔦の絡まる金属の壁。大学公園は、もうすぐ。
その時、店長が急にブレーキをかけました。バイクは少し回り込むようにしてがたんと止まります。道の脇に、懐中電灯を振ってこっちに合図を送る人影がありました。
背の低いシルエットが暗い道路を駆けてきて、やがてそれは小柄な女の子の……ジニーの姿に。
「地下に行くんだね」
近寄ってきたジニーに、ヘルメットを脱いで、店長がうなずきました。
「悪いが、免許がどうだの言っていられる状況じゃない。自警団が止めても……」
「まず話して」
私もヘルメットを取りました。顔に外気が当たるのが、少し気持ちいいです。
「調べて、なんかわかったの」
「要するに、昔の管理機構の暴走だ。ギフト現象もそのせいだ」
「対策はあるの」
「用意した」
店長は、肩に掛けていたリュックサックを少し重そうに持ち上げます。最終兵器、と言っていました。
「エリカも行くの?」
「わ、私もお手伝いがあるの」
緊張しながら私は答えます。ジニーはあくまで真剣に見えました。大丈夫でしょうか。お仕事のために店長とぶつかったりしたら、そうしたらケンカでは済みません。そうなったら、私はどうすればいいんだろう。
「そう、そしたら……」
すう、と長く息を吸い。
「行ってきな!」
ばん、と景気よく、私と店長の腕が叩かれました。ジニーは気丈な笑みを浮かべます。
「お前、見逃していいのか?」
「なわけないだろ。ちゃんとあたしと真治が話を通しといたの。お前らを臨時の自警団員として、
ジニー、と私は何か言おうとして、胸が詰まってしまいました。
「少しでも何かできる可能性があるなら、やらないわけにいかないじゃん。ついでに、ちゃんとしたやり方ならそれに越したことはないでしょ」
店長が少しうつむきます。
「さて、結構時間食っちゃった。町の方も大変でさ。みんな参ってるし、ケンカ沙汰が起きないように止めてかなきゃなんないんだ。あたし、行くね。後はよろしく」
ジニーは軽い足取りで歩道の方に行くと、大きく懐中電灯を振りました。あちらから見えるかはわかりませんが、私はそれに手を振り返し……。
「ジニー!」
店長が声を大きく張りました。動こうとした光が立ち止まります。
「町は、頼んだ!」
光がくるくると円を描くように揺れます。ジニーが嬉しそうに笑ったのが、見えるようでした。店長は再びヘルメットをかぶり、エンジンをかけ直します。私も、しっかりとつかまって。
バイクは、大学公園向けて真っ直ぐに走り始めました。
店長の持っている懐中電灯は、他で見るものよりも小さくて明るかったけれど、それでもやっぱり暗い建物の中は不気味です。転んで怪我をしないように、ゆっくりと私達は歩きました。元は学校か何かだったのだろう建物、今は見る影もない廃墟の廊下を、自分の足音が反響して追いかけてきます。
怖かったけれど、怖いとは言いませんでした。私は、ちゃんとやることをやるのだと決めていましたから。泣いたり愚痴を言ったりするのは、最後。店長が先導する先にちゃんとついて行くと決めたら、後は少し気が楽になりました。
やがて私達は、階段横の地下入り口にたどり着きます。自警団の張った縄を越えて、ひんやりと暗い階段をそっと、ゆっくりと降りて。ここまでなら来たことがあります。問題は、その後。
階段の上よりもさらに闇の深い廊下を、何かをじゃりじゃりと踏みながら、おっかなびっくり私は進みました。ただでさえこんななのに、ここには銃があるのです。店長が立ち止まります。明かりが照らすつるっとした壁には、白いドアがはめ込まれていました。
「登録者以外の入場は禁じられています。IDとパスワードを入力してください」
「エリカ。もし何か僕が失敗したら、すぐに走って戻れ」
はい、と答えます。銃はやっぱり怖いし、対処のしようがありません。
店長が、ドアの横にくっついた板のようなものをカタカタと指で叩きます。やがて、また女の人の声が聞こえました。
「認証。どうぞお通りください」
ドアがゆっくりと開きました。私は店長の後ろから中に入り、そして。
突然、ずっと暗闇にいた私には、眩しいくらいの明るい光があたりを包みました。真っ白で、清潔な光。見渡すと、銀と灰と白とで彩られた、少し広い部屋の中に私達は立っていました。床は黒いすべすべの素材です。中はびっくりするほど綺麗で、ゴミひとつ落ちていません。脇の方には、白い丸い机と椅子がいくつか。私は、先ほど声がした裏手のあたりをきょろきょろと眺めました。
「別に人が隠れていたりはしないぞ」
「わ、わかってますってば!」
ただ、どんな風に声が出ていたのか少し気になっただけなのです。本当です。
「でも、こんなに綺麗なところだなんて思いませんでした。上はボロボロなのに」
「特別に防護されているのかもしれない……片付けているのは、あれだろうな」
小さく音を立てながら、するすると両手で抱えられるくらいの大きさの、円盤のようなものが床を這って来ました。角でちゃんと曲がったりして。なんだか愛嬌がありますね。
「多分、自動掃除機だ。まだ生きているのは……というより、電気が通い続けているのがすごいな。何か上では再現できなかったエネルギー源と発電方法が……」
店長は耳をぴこぴこさせながら、ぶつぶつと何か言っていますが、私は汚れた足跡の上を動く新しい機械に気を取られていました。
「店長! この子、土を食べてくれてるみたいです」
「食べてない。吸ってるだけだ。動物じゃないぞ」
手で動かす掃除機の仲間なのでしょうね。でも、なんだかかわいらしい。
「とりあえず、奥に進む。AIがまだ生きている機構を動かしたのなら、中央のシステムと繋がっているマシンがあるはずだ。そこまでたどり着かなければ何もできない」
店長が先にある透明のドアを示し、進みます。私もその後を。そして、その後を、あの自動掃除機がするすると。
「この子、ついて来ますよ」
「靴の汚れを感知しているだけだ」
ドアは、何もせずに自動で開きました。自動掃除機も私の後を追いかけてきたのですが、間一髪でドアが閉まってがつん、とぶつかってしまいました。痛くはないのでしょうけど、少しかわいそう。困ったように左右に揺れるのに小さく手を振って、長細い廊下を先に進むことにしました。
「これを耳につけておけ。何かあって分断されても、連絡を取り合うことができる」
店長が背負ったリュックサックから、小さな黒いものをふたつ、取り出します。なるほど、耳に引っ掛けるようにできているようです。口元には出っ張りが。
「トランシーバー。電波が……あー、まあ、妖精さんが飛んで連絡を取ってくれる。そういうことにしておけ」
店長、少し説明を諦めたようです。終わったら、後でゆっくり聞かせてもらおう、と思いました。そう。終わったら。終わらせて、ふたりで帰るのです。
本番は、ここからです。
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