7-4 わかりかけたことと、これから
「以上が、私が残されたログ類から総括してまとめた、この町の歴史の一部だよ」
そう言って安藤さんがまたゆっくりと目を開けると、私は質問を始めました。聞きたいこと、知りたいこと、知らなくてはいけないことがたくさんあったからです。
「カートさんは、その後どうなったんですか」
「感染をしたオリジナルや端末のほとんどは、攻撃を受けた際に……言わば家ごと破壊されてしまったんだ。残ったものも人間がどうにか止めているよ」
「えっと、じゃあ今いるカートさんは……?」
「感染後に保存されたバックアップから復帰したコピー……生まれ変わりのようなものだね」
私はしばらく考えます。人は死んだら終わりだけれど、例えば、本なら内容を書き写したら写しが残ります。データというものは、そのように増やしたり、移したりができるものと聞きました。カートさんも、そうやってある意味で生まれ変わって生きている、そういうことでしょうか。不思議なものです。
「地下に放置されていたそれを目覚めさせたのが、僕の親父だ」
ぽつりと店長が言いました。なんとも言えない後悔と、焦りと、悲しみの混じった声でした。
「みんなを幸せにできる宝があると、親父は信じきっていた。だが、実際にギフト現象が起こってどうやら考えを変えたらしい。止めようと遺跡に戻り、それで、おそらくカートに攻撃をされ……」
そうして、怪我をして亡くなったのでしょう。形見のマントは店長に託され……あれ?
「そうだ。なんで、IDとかをお父さんが持ってたんです?」
「代々受け継がれてきた遺産なんだそうだ。手紙に書いてあった」
「代々……?」
ぎ、と安藤さんが首を動かします。少し懐かしそうな顔をした、ように見えました。
「
薄明かりの中、店長が瞬きをします。店長のご先祖。なんだかとても偉そうな肩書きの人です。
「初耳だ」
「聞かれなかったからね」
そういえば、機械って余計なおしゃべりはしませんからね。だから、こちらからどんどん聞かないといけないのですね。
「安藤さん、安藤さんはどうして生き残っているんですか? 匿われていたのはなぜ?」
「私は」
長いまつ毛が揺れ、頰に影を落とします。
「サービス用アンドロイドとして働いていた当時、カートの感染後初めての同期時に、エラーが発生した……データ移行が中断されたんだ。結果、私のAIはカートとは分断され、独立して動くことになった。つまり」
がくん。動きが止まり、またすぐに目が開きました。
「私は、恐らく唯一残った、感染前のカートのコピーだよ」
つまり、ええと、風邪を引かないで済んだのは安藤さんだけだった、ということかなあ。良かったと思います。みんながみんな病気になったら、苦しいですものね。
「とはいえ、もう長い間独立していたから、元のカートとは別物の個になってしまったけどね。五十鈴室長の息子が京介。彼は私に名前までくれたんだ」
私はちらりと店長を見ました。普段なら、機械が思い出話か、とか、さっさと続きを話せとか、なんだかそういうことを言うような気がしていたからです。でも店長、今はとても静かに安藤さんのお話を聞いていました。
厚い壁と天井で閉鎖された町の中には、風は吹きません。だから、私の中に生まれたじわりとした不安はどこにも流れ去ってくれませんでした。
「外から見れば、私は暴走したアンドロイドと同じだからね。壊される危険性があった。五十鈴室長は、私を信じて守ってくれた。おまけに子孫の代までメンテナンスを続けてくれたんだ」
感謝しているよ、と安藤さん。私は店長に、安藤さんに人格がないって本当ですか、と詰め寄りたくなりました。こんな時でなければ、そうしていたかもしれません。少なくとも、外から見ればその言動はまるで人のようです。
「それで、店長のお父さんがカートさんを起こしてしまったんですよね」
「うん。それでカートは、また同じように動き始めていたのだろうね。今は同期しているAIも使えるボディもほとんどないから、ひとりずつ手作業だ。慎重になったとも言える」
だから、真っ暗な夜にあんな風に誘い出して来たのでしょう。動物の狩りみたいです。
「私、なんであんな風にお願いを話してしまったのかな……」
「自白剤か何かだろう。覚えてはいないが僕だって、何もなければそう簡単に知らん人間に気安く話すとは思えない。記憶が残っていないのもそのせいじゃないか。お前はよく思い出した。そこはほめてやる」
そう、店長もギフトをもらっているということは、カートさんに会っているはずなのですよね。珍しいほめ言葉も相まって、なんだか不思議な気持ちがしました。
店長も、ギフトを。
「あの、ウイルスって、平気なんですか。具合とか悪くなったり……」
風邪を引くだけでもつらいのに、そんなよくわからないものが身体に入ったら、という心配は、半分はすぐに否定されました。
「ウイルスの目的は宿主の強化と共生だからね。おそらくは最初の変化以上のものはないだろう……多分。何せ、最初の大規模感染時の罹患者はかなりの数が攻撃で死亡してしまったし、その後も戦後の混乱で追跡調査は難しかった。当時の衛生や食料状況もあまり良くなかったしね。私の観測範囲では、彼らは能力の範囲で生き、能力の範囲で死んでいったよ」
それなら少しは安心なのですけど……。私は安藤さんの稼働した長い長い時間と、その中で見送った人達の数のことを考え、少し頭がくらくらとしていました。
少し、整理をしてみることにしました。天井が閉じていた昔のさきわい町、それを管理していたのがカートさん。カートさんはお願いを叶えてくれる病気に感染して、おかしくなってしまった。おかしくなったカートさんは、他の人にも病気をうつしたりいろんなことをして、最後には閉じた天井を開いた。そのせいで町は攻撃をされてしまって……安藤さんや店長のご先祖は(多分私のご先祖も)、その後の生き残り。
それから長い時が過ぎて、店長のお父さんが地下遺跡でカートさんの生まれ変わりを見つけたのでしょう。起きたカートさんはまたお願いを叶えるためにあちこちで動いて、私に声をかけて、そして。
天井はまた閉じてしまった。前のままに。
私の言う前のままは、本当に少し前の平和にのどかだったさきわい町の話だったのですけれど、カートさんはお願いを文字通り叶えるために曲解して、『何百年も前の』さきわい町と同じ状況にしてしまった、ということなのでしょう。
なんだかますます、胸の中が重くなりました。とんでもないことをしてしまったと思うのです。何度謝っても償いきれないのではないかしら。
「遅かれ早かれ、何かこういう事故は起こっていた。その前に対策を取りたかったが、遅れた。僕の責任でもある」
ごめんなさい、とつぶやいた私に、店長が掠れた声を出します。
「むしろ、少しでも状況を把握しているお前が……その、原因で、助かったところもある。落ち込みすぎるな。すぐに解決策を取れれば、少し変わった事故で済む。そのために僕は来た」
後は任せろ。そう言って店長は地面に置いていた薄い本のようなコンピュータを開きました。ぼんやりとまた明かりが増えます。
「後はって、店長、またひとりで何かするつもりですか」
返事の代わりに、沈黙が返ってきました。そのつもりなのでしょう。
「遺跡にひとりで行くんですね」
「……あそこは危険だ」
だから、ひとりでいい、危ない目に遭うのは。そういうことなのでしょう。店長は、そういう人です。
「私も行きたいです」
「行って何をする。何ができる」
それは、店長みたいに、機械と話したり、そういうのはできないですけど……。
「私、歩けます。走れます。声が出せます。歌うこともできます。手も動きます。店長のお手伝いならなんだってします」
コンピュータの明かりで、店長の顔はさっきよりもよく見えます。私の顔は、向こうからはどう見えているのでしょうか。わかりません。わからないまま、私はまくし立てました。
「私は元気で、頭も身体も動きます。なのに、何もできないで待っているだけなんてつらすぎるんです」
「僕は!」
思い切ったように、店長が大声を出しました。
「僕は、お前が心配なんだ」
声はみるみるうちに小さく、風に溶けそうになったけれど、確かに私の耳には届きました。その声が消えると同時に、また店長はつぶやきます。
「……だが、そうだな。お前の願い事は、僕のせいでもある。不要な不安を与えた。そうだろう」
確かに店長が黙っていたおかげで私、余計に落ち込んだりもしましたけど……答えにくいことを聞きますね、この人。
「できる限り守るが、安全の保証はできない。来るからには手伝ってもらうことがある。それでもいいか」
「はい!」
私は、大きな声で返事をしました。なんだってやります。どこだって行きます。私のせいで大変なことになってしまった大好きな町を、助けるためです。
安藤さんはそんな私達を見て、優しく笑っていました。
「……わかった。では、安藤さん。前から言ってあった頼みがある。いいな」
何なりとお申し付けください、お客様。改まった様子の店長の言葉に、安藤さんは小さくうなずき返しました。
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