7-2 管理者とアンドロイド
「……まず、お前に言うことがある。僕は、嘘をついていた。本当は……」
お店の裏手の物置に歩いて行きながら、店長は言いよどみます。物置の中は真っ暗で、店長が手探りで小さな電球をひとつ、点けました。お店に比べると少しごみごみとした場所。入り口のあたりに、あのバイクがありました。
「本当は、お父さんのデータの中身、知ってたんですよね」
なんだ、と驚いた顔は、明かりのせいか少し陰影が不思議な具合に見えます。私の見たことがなかった、店長の顔。
「気づいていたのか」
「店長は嘘が下手です」
あんまり勝ち誇るような気分にはなれませんでした。やっぱり本当のことを教えてもらえないのは、悲しいことです。店長は気まずそうに耳を伏せました。
「実際は店のコンピュータで簡単に読み取れた……いや、そうではなくて、その……危険だと思った。遺跡には銃があったし、いや、そうでもなくて」
店長は忙しく耳と尻尾をばたつかせ、頭を掻き、そうして、どうにか絞り出すような声を出しました。
「すまなかった」
多分、この一言を口にするのは、店長にとってとても大変なことなのだと思います。そういう人です。でも、今回は謝ってくれた。
私はうなずきました。わだかまりを溶かす、魔法の一言。どんなに店長の耳と尻尾がおしゃべりでも、やっぱり、本当に口にする言葉の方が何倍も強いのです。
「チップの中には、簡単な手紙と作りかけのプログラムのソース、それから、昔この町を管理していたシステムのIDとパスワードが入っていた」
バイクを外に出しながら、店長は続けます。プログラムというのは、この間から店長がにらめっこをしていた、あれでしょうか。
「やはり、ギフトを町にもたらすきっかけになったのは親父だったようだ。親父は……」
「ちょっと、ちょっと待ってください」
私は口を挟みました。整理が大変です。
「そのIDだとかって、どうしてお父さんが? あと、ギフトって結局……」
「……その辺を説明するのは、多分僕よりあれの方が得意だ」
店長が私にヘルメットを投げてよこします。私はキャッチし、すっぽりと頭にかぶりました。バイクで行く遠いところ。それに、店長があれと呼ぶのはひとりしかいません。
「安藤さんのところに、行くんですか」
店長は座席を開けてマントやら何やらを詰め込みながら、首を縦に振りました。
かちりとバイクの明かりが灯り、その光は射抜くように暗い道を照らしました。
前に乗った時よりも速いスピードで、バイクは矢のように走って、温室前にたどり着きました。私達は急いで暗い温室の中へ。店長は何やら荷物を抱えていましたから、私が明かりを持ちました。懐中電灯の細い光が、まるで恐ろしい森の中のようになった植物達の影を照らします。
ゆら、ゆら、と小さく揺れる茂った木々の枝は、夜の本当の恐ろしさを私達に告げるよう。
「安藤さん」
やがて、光は緑の中に座り込んだ人影を捉えました。真っ白い顔。私は、夢の中で見た曖昧な記憶を、またひとつ思い出します。あの人によく似ていて、でも、どこか様子の違う顔。あちこち汚れているからというだけではなくて、なんでしょう。双子がどんなにそっくりでも、やっぱりどこか特徴が出てしまうような、そういう違いのように見えました。
ぎ、と音を立て、微かに首と目がこちらを向きます。
「やあ、良かった。そろそろ省力のためにスリープモードに入ろうとしていたところだ。日光がないと、どうもね」
こんな状況なのに、飄々としたものです。焦るとか、驚くとか、そういうの、機械にはないのでしょうか。それとも、あるけどわかりにくいだけ? 以前は、店長の気持ちがわかりにくかったみたいに。
「安藤さん。いろいろと聞きたいことがある。それに、前に話していた準備もしてきた」
準備とはなんのことでしょうか。ともかく、私は安藤さんにいろいろと教えてもらわなければならないのです。店長が、あれこれと地面に広げながら質問をします。
「この閉鎖状況は、前に聞かせてくれた、戦時中の状況と同じと見ていいのか」
「そう推測するね。あの時は人工の太陽光がもう少し明るく照らしていたものだが、壊れたな」
「エリカは、この状況が自分のギフトのせいだと言っている。そういうことは、あり得るか」
薄緑色の目が、私を見ました。
「管理者権限……」
「僕の同行者だ。僕が聞いている。僕が現在の管理者だ」
店長は軽く焦りをにじませながら告げます。やっぱり、IDとパスワードというのは安藤さんが言っていたものでいいようです。店長、先にここに来てお話を聞いていたみたい。
「話せ」
「情報が不足している。彼女の話を聞きたいね」
私は、店長にしたのと同じ話を繰り返しました。二度目だから、少しは上手く話せたでしょうか。安藤さんはうんうん、と首を小さく揺らしながら聞いてくれました。時々がくりと動かなくなるので、少し不安でしたけど。
「君も、カートと会ったんだね」
「そんな名前を聞いたような気がします」
生き別れの双子のようなものと思ってくれ、と安藤さんは言います。やっぱり、そういうものなのでしょうか。
「結論から言うと、現状が君の願いに基づいたものだ、という可能性は高い。カートがその願いをリンカ・ウィルスの症状の範囲外と判断した場合、別の方法で君の願望をどうにか叶えようとする、というのも過去に照らし合わせると十分あり得る。すなわち、まだ生きていた都市の防護シェルター機能を稼働、都市全体を隔離した。これは大戦時の幸企業都市の……」
「安藤さん。こいつに急にそんなことを言ってもわからない。僕だってまだ全部を呑み込めていないんだ。もっとわかりやすく話してやってくれ」
店長が割り込みました。その通りで、私はもう目が白黒です。何もわからない単語だらけなのですから。学校で、間違えて最下級生が最上級生の教室にもぐり込んでしまったとしたって、ここまで意味がわからなくはなかったと思います。
「了解。これは失礼。何せ、ずっと話せなかったことを人に教えられるものでね、ついはしゃいでしまった」
安藤さんは少し目を閉じ、眠ったようにしばらく動きを止めました。少し心配になるくらいの間、あたりは静まり返って、夜に包まれて。でも、やがて安藤さんはまた何事もなかったかのように目と口を開くのです。
「そうだなあ。じゃあこう始めようか、お嬢さん。『むかしむかし、あるところに』……」
それは、まるで小さな頃、まだ生きていた両親が、寝つけない私に物語を聞かせてくれた時のような口調でした。
しんしんと闇に囲まれて、私と店長は、機械の語る昔話に、じっと耳を傾けたのです。
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