第7話 私の知らない、町のこと

7-1 暗い夜道を駆け抜けて

 私は部屋に戻ると、こっそりとまた窓から抜け出しました。家族には心配をかけるけど、でも、どうにかしないといけません。ベッドに服を詰め込んでおいたから、誰かが部屋に来ても疲れて寝てしまったように見えるでしょう。


 空を覆う分厚い天井。突然の夜。これが私の願いのせいならば、私がどうにかしないといけない。突き動かされるような気持ちで、私は街灯の下を歩いていました。


 人はちらほらいますが、みんな不安げな顔で、同じ方向を目指しているようです。自警団の詰所でしょう。私も同じ。叔父さんの警告に従って、なるべく明るい道を選んで歩きました。


 詰所は古い大きな建物の三階までを使っていました。元々昔も警察署だったそうで、どっしりとした重みのある建築です。その入り口が、人人人で溢れていました。


 大騒ぎでよく聞こえませんが、多分みんな不安で、説明を求めているのでしょう。実際に何か困ったことがあって、人手が足りないところもあるのかも。どちらにしても、中はパンクしそうになっているのはわかります。町役場や出入り口なんかも、きっとそう。


 どうしよう。私のせいだからといって、この人達を押しのけて行くのは気がひけるし、そもそもそんなこと、私の力ではできそうにありません。仮に話しても、私がおかしくなったと思われるかもしれないですし。そもそも、私も思い込みで動いているのかもしれない、と自信までなくなってきました。


「エリカ、何やってんの!」


 自転車の止まる音がして、光がこちらを照らしました。ジニー、赤毛のジニーです。私は少しほっとして声をかけました。


「ジニー、ちょっと話があって……」

「危ないよ。帰りなって。困ったことがあるなら、混んでるけど台帳に書いてって。順番にしないともうわけがわからなくなってるの」

「私のせいなの」


 ジニーはぎょっとした顔で私を見ました。泣きそうな顔になっていたからでしょう。でも、まだ涙をこぼすわけにはいけません。


「私がギフトをもらったせいで、夜になっちゃったんだと思う」

「ええ?」


 ジニーは暗い天井を振り仰ぎます。


「だってギフトって、普通身体に出るものじゃない?」


 そうです。少しおかしいのです。私の身体には何の変化もありませんでしたし、何度も元に戻るよう念じたけれど、不思議なことは起こりませんでした。


「あのさ、きっとちょっといろいろあって疲れてんだよ。あたし達もどうにか頑張ってるから、家でゆっくり休みな」

「でも……」


 ジニー、と声がして、背の高い影、真治さんが走ってきました。青空祭が最後の大仕事だったはずなのに、こんなことになって、駆けずり回っているのでしょう。


「エリカちゃん。どうしたの。用事なら順に……」

「あの、真治さん。ギフトをもらった時、誰かに会いませんでしたか!」


 私は小さな望みをかけて、記憶の欠片にすがることにしました。千切れそうな印象を、どうにか繋いで、現れたのは。


「真っ白な男の人。その人に、お願いを叶えてもらいませんでしたか!」


 真治さんは少し考え、そうして、目を瞬かせました。


「……そう、だったかもしれない。ほとんど覚えてないけど……なんでわかった?」

「エリカもギフトをもらって、そのせいでこんなことになってる、って言ってる」

「信じてもらえないかもしれないけど、私、昨日、間違ったお願いをしてしまったみたいなの」


 とても、つらい告白でした。自分自身でも信じきれていないけれど、でも、このままにはしておけないことです。


「えっと、それはつまり、エリカちゃんがこの場を解決できるってことなのかな」


 少し楽観的な真治さんの言葉に、私はゆっくりと首を横に振りました。だめです。少なくともこのままでは、私に天井を開けることはできません。


「でも、その人の居場所がわかれば、お願いを取り消してもらえるかもしれない」


 するっと、そんな言葉が出てきました。居場所なんて、わかるのでしょうか。いいえ、そうだ。わかります。もし店長の推測が全部正しかったのなら、ギフトに関わる何かがあの場所にあるはずなのです。


 大学公園、地下遺跡。


 おかしな考えをふたつ重ねるような、乱暴な推理です。でも、手がかりがそこにしかないのなら。


 ジニーは同じことを考えたのでしょう。厳しい顔になりました。


「けど、あそこは危なかったじゃない。五十鈴いすずだって入れなかった」

「もう一度、店長と話してみる。何かわかることがあったかもしれない」


 店長。五十鈴店長。少しでも頼れる人は、あの人しかいませんでした。私はぎゅっと拳を握ります。


「……自警団としては、あたし、勝手な行動を許すわけにはいかない」

「俺もだよ」


 ふたりは真面目な顔になり、姿勢を正しました。


「ただ、こんな中で会いたい人に会いに行くのを止めることもできないね」


 ジニーはふう、と息を吐きます。


「いい。わかったことは全部話して。本当に何か解決ができるなら、あたし達はなんだってするんだから」


 肩に手が置かれます。その力は強く、でも少し震えていました。この子はとても意志が強くて、勇気があって、でも、人並みに怖いと思っていて。そんなことが伝わってきました。私はしっかりとうなずきます。そんな私に、真治さんはぽつりと言いました。


「……五十鈴君さ。この間、君を心配してた。元気がなさそうだったって」

「私を?」


 初耳です。この間というと、私が三人を商店街で見た時でしょうか。そんな話をしていたなんて。


「励ませって言われたけど、自分でやれって話だよね。顔見せたら喜ぶよ。行ってやんな」


 ジニーが、精一杯の笑顔を見せました。


 この人達は、こんなにいい人達で、店長だって、私のことを考えてくれていて、それで、それなのに、私は、すねてあんな落ち込み方をして。間違ったお願いをして、町を、みんなを、こんな。


 地面がぐらりと揺れたような気持ちになりました。が。いいえ。


 いいえ!


 だからこそ、私は取り返さなければならないのです。自警団がなんだってやるなら、私だってやらないといけないのです。他の誰でもない、私が、やるのです。たとえ、見通しがどんなに暗くとも。


 私は大きくお辞儀をして、その場を離れました。町のためには、ふたりをいつまでも引き止めておくわけにはいきません。そうして、できるだけ明るい道を走り出します。息急き切って、飛ぶように。


 目指すは商店街の隅、がらくた通り。古道具屋『がじぇっと』。


 五十鈴店長のところへ。





 しんと静まり返った商店街。がらくた通りはなおさら人気も光もほとんどなく、お店の入り口は鍵がかけられていました。飾られたデジタル時計は、電気が切られて消えています。ただ、中からは明かりが見えました。私は合鍵で扉をそうっと開けます。


 五十鈴店長は、やっぱり難しい顔でコンピュータに向かい合っていました。


「……エリカ?」


 私が顔を覗かせると、店長は驚いた様子で耳をぴんと立てます。


「何をやっている。緊急事態だ。家にいろ」

「あの、その緊急事態を起こしたのが、私かもしれなくて」


 情けない気持ちで、告白します。店長は瞬きを二度、三度して、そして手でカウンター前の椅子を示しました。


「座れ」


 私は大人しく腰をかけます。


「話せ」


 深呼吸をしてから、話しました。移住のこと、子供達のこと、夢のこと、私の願いのこと。店長のことは少し恥ずかしかったので軽くにして、あとは全部話しました。私はまとめて話すのが上手くありませんから、話題があちらこちらへ飛んでわかりにくかったかもしれません。でも、店長は全部聞いてくれました。相づち代わりに尻尾がゆらゆら動きました。


「それで、自分のせいだと思ったのか」


 そんなはずがあるか、馬鹿、と怒られるかと思いました。それとも、なんてことをしてくれたんだ、って叱られるかしら。私は覚悟をしてうなずきました。おかしい子だと思われて避けられたって、危険な奴だと思われて嫌われたって、仕方がないと思いました。


「……僕は、そろそろ行かなければならん」


 店長が立ち上がりました。行く?


「どこにですか?」

「わかっているだろう。大学公園の地下だ……その前に、寄るところがあるが」


 店長はコンピュータから何かを取り出し、てきぱきと用意を始めます。


「あの、あの、私、あの」


 私は混乱してしまいます。結局、店長は私の話をどう受け取ったのでしょうか。


「信じてください。本当なんです、えっと、多分」


 ぴん、と店長の猫の耳が揺れます。何かに腹を立てているように。


「お前は落ち着きが足りない。人の話を最後まで聞いてから慌てろ」


 店長は私を眼鏡越しに、隈のできた目でにらみました。やっぱり、怒っているのでしょうか。


「一緒に来い、エリカ・スタージョン。お前に聞かせる話がある」


 季節外れの黒マントを手にして、店長は言いました。


「ギフトの話、この町の話。全部を教えてやる」


 私は何も言えないまま、何度も、何度もうなずくことしかできませんでした。

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