6-3 引き裂かないで
曇りの日は、あまり好きではありません。明るい太陽の下では銀色に見える古い建物が、雲の下ではどんよりくすんで、背の高い幽霊か何かのよう。早く晴れればいいのにな、と思いながら、私は商店街の道を歩いていました。
悩みがあっても、天気は悪くても、今日はお休みの日です。大好きな町のあちこちを歩いて回れば、きっと少しは気が楽になるのじゃないかと思ったのです。
交差点のところで、少し空を見上げ、考えます。そろそろ叔父さんと叔母さんには答えを出さないといけません。クレムは外に行けるのにはしゃいでいて、相談ができる様子ではないし。友達にも、なかなか話しづらい話題です。
雲が、もやもやと形を変えながら、空を覆い尽くしています。私はふと、交差点に長いこと立ち止まっていたことに気づきました。誰かに見られていたらきっと、変に思われたと思います。気を取り直して、そうだ、好きなお店であったかいお茶でも飲んで、それから。
道の向こうで、わっと子供の声が聞こえました。遊びに来ているのかしら。私も昔、商店街のお菓子屋さんにお小遣いを握って、クッキーなんか買いに行ったっけ。
少しほのぼのと思い出にひたっていたところ、耳に飛び込んできたのはこんな言葉でした。
「なんだよ、ギフトなし」
私は、そちらに目を向けました。道の反対側、ショーウィンドウの前に、子供達が何人か。中のひとりの周りには、小さな雷のようなバチバチとした光が走っています。きっと、ギフトをもらった子なのでしょう。
その子を、少し泣きそうな顔でまっすぐにらみつけているのは……ああ、見覚えがあります。以前、猫を一緒に探した子、フェイです。
「やめろよ、そういうの。よくないよ。外で危ないことしたらだめって先生も言ってたし」
「弱虫のギフトなし!」
ばち、と小さな雷が走ります。フェイはびくりと肩をすくめ、一歩下がりました。私は急いで道を渡り、そして声をかけます。
「こんにちは。どうしたの? 何かあった?」
フェイがこちらを見て、少しほっとした顔になりました。子供同士のケンカに割って入るのは、あまり良くないと思うけど、でも、なんだか不穏な様子に放っておけなかったのです。
「こんにちは、お姉ちゃん。あの……」
「大人呼びやがった!」
「見てろよ!」
「バーカ!」
なんだかわからないままに、雷の子と周りのふたりは、ばたばたと走って逃げてしまいます。ひとりはずいぶん足が速かったから、あの子もギフト持ちなのかしら。
「ケンカ?」
「ううん、あいつらが無理なこと言うんだ」
「あいつらの分のお菓子を買ってこいとか」
「小さい子に、度胸試ししろとか」
残された子達は、口々にそんなことを言います。ずいぶん横暴なガキ大将ですね。まあ、私の頃のいじめっ子もそんなものだったような気もしますけど。
ただ、決定的に違うことがひとつ。
「やらないと、あのバチバチで痛い目に遭わせるぞって言うの」
ギフト。そう、昔はこんな力はありませんでした。それが、いじめっ子の手に渡ってしまった、ということでしょうか。
「前はあんな子じゃなかったよ。普通だった。最近おかしいんだ」
フェイがかばうようにそう言いました。
「ギフトを持ってる子が調子に乗ってるの。ひどいよね」
「多分、お祭りの時からだよ」
私は、ずきりと心が痛くなるのを感じました。あの時、みんなが事故を防いだことが、こんな風に巡ってきたというのでしょうか。風向きが、確かに変わっている。そう感じました。
私の大好きな町が、楽しかったギフトが、少しずつ、変わっていっているのです。
「ちゃんと、先生や大人の人に相談した方がいいかもね」
「うん」
とりあえず、そんなことしか言えませんでした。私の声は、震えていたような気がします。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「ビビによろしくね」
手を振って、私達は別れました。学校の先生も、きっと頭を悩ませているのかもしれません。子供達やクレムの周りがあんな調子なら、もしかすると大人の世界にも嫌な空気は広がっているのかも。……考えたくない話です。
店長。店長に話したいな、と思いました。店長はいつもひとりで、私とは違う、少し厳しい視線を持っていて、だから、きっと何か役立つことを教えてくれるに違いないと思ったのです。
ふらり、と商店街を私はさらに歩きました。大通りは人が多く、避けながら行きます。みんな楽しそうに買い物をしたり、おしゃべりをしたり。
私の目は人波の向こうに、ふと黒い三角の耳を捉えました。店長の猫の耳です。お祭りの時にばれてしまったせいか、最近は帽子をかぶらないで外出していることも多いよう。マントもさすがに暑いのか、着ていません。横には、背の高い
何か、また言い合いでもしているのかな、と最初は思いました。店長はいつもの仏頂面で話していたからです。でも、ふたりはにこにこ笑って楽しそう。ああ、普通におしゃべりをしていたんだな、と思いました。
店長。店長の耳と尻尾も、ご機嫌な時の軽快な動きで。いいえ、そんなところを見るまでもないのです。顔だって、よく見れば少し柔らかな表情で、なんだか楽しそうに。
私は、声をかけそびれました。口の中が乾くような気持ちがしました。
ひどいエリカ。店長はひとりぼっちだなんて勝手に思って、期待して、でも、私にだけは少し優しく話をしてくれる、だなんて思い上がって。そんなはずないのです。店長にだってお友達がいて、楽しく過ごせれば嬉しいに決まっていて、それは私でなくても良くって。
私には、嘘をついて、黙って、隠し事をして。
黒い、泥のような気持ちがあふれてきそうになり、私は慌てて三人に背中を向けました。幸い、気づかれた様子はありません。このまま、逃げてしまえばいいのです。
私はそうしました。賑やかな通りの中、自分の足音だけが耳について、離れませんでした。
家に帰って、夜遅くなってからも、湧き出した嫌な気持ちは止まるところを知りませんでした。私はぐんにゃりとベッドに横になり、枕に顔を埋めてしばらく落ち込んでいました。
どうして、こうなってしまうのかな。何もかもが変わっていきます。家族も、町の人も、周りのみんなも、店長も。
私の心も。
私はただ、お日様の下、みんなと元気に仲良く笑い合っていたいだけなのです。そうして、あの謎めいた機械だらけの小さなお店で、店長とふたり、知らないことを知ったり、ちょっと言い合いをしたり、時々小さな事件があって、無事に解決して、それで良かったのに。
歯車は、動くことを止めません。私はそこに挟まれて、ぎしぎしと悲鳴を上げている気分でした。
私は、多分、きっと、店長のことが大好きで、でもだからって、あんな風に変なやきもちを妬くなんて、良くないことです。店長が楽しいと感じることを、嫌だと思ってしまうなんて、そんなのおかしいのです。わかっていても、止まりません。
店長と一緒にいたいです。でも、私にはその力がありません。家族と別れ、自立してひとりで暮らす力も、機械についての知識もありません。私には、店長のようなギフトもないのです。
涙は、出ませんでした。もやもやとした気持ちのまま、私は窓辺に立ち、街灯の消えた暗い外を眺めました。建物も、道も、みんな闇に溶けて、ひとつになって、何もわかりません。
その時です。ちかり、と小さな光が闇の中に見えました。それは、なんだか、私を誘っているようで。
何だろう。私はとても気になって、部屋着のままで窓を乗り越え、子供の頃のように外へとするりと飛び出していきました。
暗くなったら、外をひとりで歩いてはいけないよ。
そんな当たり前の教えが頭から抜けてしまうほど、私の胸の中は重い鉛のような気持ちに
私は、小さな明かりを目指し、手探りでふらふらと歩いていきました。
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