5-3 自信と小さな願い事

「エリカー。暇ー」


 次のお休みの日のお昼頃。軽く私の部屋のドアが叩かれ、外からクレムの声がします。気分転換のために服の整理をしていた私は、散らばったスカートだの上着だのをとりあえずまとめて、ドアを開けました。


「何か、俺でもできる楽しいことない?」


 そう言う彼の手には、白い包帯が痛々しく巻かれています。青空祭の日に負った火傷は、重傷ではなかったものの、まだ治るのには時間がかかるようでした。当然、物を持ったり、外に出かけたりもなかなかできません。みんなを助けたのは本当に偉かったけど、自分の身のことも考えてほしいものです。


「楽しいことって言っても、カードゲームとかも難しいんじゃない?」

「微妙。まだ指が痛いし、あとかゆい」

「掻いちゃだめだよ……。困ったな。特に思いつかないかも」


 ううん、と頭をひねります。何か気の利いたお話でもできればいいのですけど、なかなか思いつきません。


 クレムは勝手に私のベッドに腰掛けると、足をぶらぶらさせました。私も横にとすんと座ります。


「あれは? エリカの店の話。機械とかさ。こないだの飛ぶやつ、すごかったじゃん」

「ドローンね」


 思えば、あのドローンは私達の命の恩人……人?です。そのおかげで助かったクレムが、今度は町のみんなを守ったのだから、また不思議なもの。いろんなことって、繋がっているのですね。


「そうだなあ。GPSの話はしたっけ?」

「知らない。何それ?」


 私は店長の説明をどうにか思い出そうと集中しました。


「ええとね、空には今でも人が作った星が、自動で動いているのだって。そこから飛んできた妖精さんが……」

「妖精さん?」

「本当は違うみたいなんだけど、そういう風に考えないと難しくって」


 クレムは首をひねりながらもうなずいてくれました。


「とにかく、何かが飛んできてるわけだ」

「そう。その妖精さんが見つけてくれる印みたいなものを先につけておけば、物がなくなっても探すことができるの」

「本当に?」

「目の前で見たもの。地図があって、そこにチカチカ光るマークが出てるの。ちゃんと動くのよ」


 へえー、とクレムは目を丸くします。


「魔法みたいだ」

「そう! やっぱりそう思うでしょ? 店長、それ言うと嫌がるの」

「まあ、魔法って種も仕掛けもないってやつだもんね。詳しい奴からするとむかつくのかも」


 なんとも訳知り顔です。私はそれから、どこまでクレムに話すべきか、少し迷いました。口止めこそされていませんが、安藤さんのお話なんかは、あまり広めない方がいい種類のことかもしれませんし。


「あのさ、エリカ。前に俺のギフトを治してくれるって話、してくれただろ」


 私が口を閉じたのを見計らってか、クレムが少し遠慮がちに言い出しました。ギフトの話。店長のお父さんの話。それこそ、話していいのかどうか迷ってしまうところです。多分、他の人には言わない方がいいお話。変な疑心暗鬼を生んでしまいそう。


 少し黙った私に、クレムは続けました。


「あれさ、あんまり気にしないでいいよ」

「いいの?」

「うん」


 いつになく素直にうなずきます。確かに、クレムは力を上手く使いこなしているようですから、それなら治す必要なんてなくなってしまうのですけど。


「こないだ飛んで、実感した。この力、もう俺の一部なんだ。ちゃんと使えば人を助けたりもできる」


 その表情には、隠しきれない誇りが見えました。私には、わかるような、わからないような。


「じゃあ、治す気はないってこと?」

「今のところはね。第一、そんなの探すのも大変だろ? 無理しないでいいんだよ」

「無理してるつもりはないけどなあ」

「なんか最近ちょっと疲れてる」


 どきりとしました。多分、あの地下を見てからのことだと思います。同時に、少しだけ申し訳ない気持ちもしました。私が悩んでいたのは、ギフトそのものというよりは、元気のない店長を励ましたいな、という件についてだったからです。


 いつもそうなんです。私、目先のことばかりに囚われてしまう。


「そうかな……そうかも」

「俺のせいならごめんって思って。俺は大丈夫だからさ」


 ぼろぼろの手をしている癖に、こんなことを言うのです。この子は。私は少し泣きたいような、怒りたいような、半端な気持ちになりました。


「わかった。でも、クレムは気にしないでいいんだよ。……それに、ギフトのことを調べるのは多分、続けると思う」

「なんで?」


 なんで、と言われると自分でもよくわからないのです。


「ちょっと待ってね……整理するから」


 途中までわかったことをそのままにしたくないから? それでもやっぱりクレムが不安だから? 調べるのって、案外楽しかったから? それもあります。ゼロではありません。でも、もっと大きなものが私の中にあって、私はどうにかそれを言葉に直そうと試みました。


「……店長が、心配なの」


 それは、私の中の細かな凹凸のある気持ちよりはだいぶ大雑把な形でしたけど、でも、そうとしか言いようがないのでした。


「ひとりにさせたくないって思って。私が何か手伝えるなら、そうしたい——」


 へえー、とクレムが肩をすくめました。


「意外」

「そう?」

「エリカ、ああいうタイプが好きだったんだ」


 もう、やっぱりちゃんとわかってもらえてない! そういう話じゃないんだってば! 手に障らない程度にクッションでぽすぽすと叩いてやりました。ごめん、ごめんて、冗談! とクレムが逃げます。


「クレム、お友達が来てるわよ」


 玄関の呼び鈴の音と、叔母さんの声がしました。ちょうどいいとばかりにクレムは、半分開いたドアから滑るように出て行きました。


「内緒にしとくからさ!」

「うるさいー!」


 怒鳴ってから、ふう、と息をつきました。店長のこと。店長のお父さんのこと。ギフトのこと。私の気持ちのこと。やっぱり、形にするのには少し早すぎたかしら。


 積まれた服をたたんでいると、隣の部屋からにぎやかな声が響いてきました。前はわりとひとりでいることが多かったクレムですけど、青空祭の後はお見舞いの人が案外多くて、少し安心しました。


 店長。店長は、多分、ひとりです。今日もきっと、ひとりでお父さんの遺したものについて難しい顔で考えている。


 店長の力になりたいんです。そう言ったら、鼻で笑われるでしょうか。


 でも。




 その夜はなんだかあんまり眠れなくて、何度も、何度も寝返りを打ってしまいました。


 早く朝になればいいのに。お日様の光の下にいたいなあ。そう思いながら、私は目を閉じたのでした。

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