4-2 耳と耳から笑顔まで

 ジニーの言うことによると、元々彼女たちは自警団の若手四人で組んで、青空祭の舞台で演奏をし歌を歌おうとしていたのだそうです。彼女の担当は、ドラム。


「それがさ、仕方ないんだけど、警備仕事の時間帯がずれちゃって。四人いっぺんに出るのはどうも無理っぽいんだよね」

「部外者がふたりも入る時点で、コンセプトは崩壊していないか」

「まあ、そうなんだけどさ」


 残ったひとりというのが、今月限りで自警団を辞めて家の仕事に就くという人なのだとか。


餞別せんべつに何かパーッとやりたくてさ。ちょうどバイオリンが得意な奴だから、いいかと思ったんだ」

「やっぱりコンセプトがおかしいだろう……」


 僕は別にそいつが辞めようがトカゲになろうが知らんぞ、と店長はそっぽを向きます。


「せっかく練習したのに、中止は悔しいだろ。だから、何か楽器と歌が出来る奴を探してたの」

「それで私たちに?」

「そ」


 ジニーは人好きのする笑顔を私に向けました。


「さっきのアンサンブル、良かったじゃん。ちょっと変わった音だけど、目立って良さそう。曲もさ、ああいうみんなが知ってるやつがいいよね」

「えへへ」

「エリカ。ほだされるなよ。労働が増えるだけだぞ」


 私がほめられていい気持ちになっているのに、店長は冷たいものです。


「こっちは調べ物で忙しいというのに」

「何調べてんの? 仕事の話?」


 ジニーの目が、少しだけ真面目に光りました。


「それとも、その耳の話?」


 店長が尻尾を山なりにしならせました。そういえばこの子、店長の耳を見てもそれほど驚いてはいなかったような気もします。


「そんなびびんなくてもいいじゃないよ……。ギフト持ちなんて、町を見回ってればどんどん増えてるんだし。さっきのバイオリンの奴もそうだよ」

「私達、ギフトの件を解決する方法を探してるんです」

「エリカ!」


 私は店長の方を向いてびしっと言います。こんな時くらいはちゃんとしないと。


「後ろ暗いことをしてるんじゃないんだから、もうちゃんとお話しましょうよ。その方が早いです」


 子供じゃないんだから、とまでは言いませんでしたけど。店長、どうも意地になるとしつこいんです。ジニーは少し考え、そして言いました。


「ふむ……。そしたらさ。規律に反しない限りは、あたしが個人的に多少協力してやってもいいよ」


 自警団員の協力だぞ、とジニーは胸を張ります。


「別にお前ら、大したこと知らないだろ……」

「知識はね。ただ、あたし達は個人の裁量が大きいから、場合によっちゃ『目をつむることが出来る』。お前らのちょっとしたイタズラや遠出なら、不問にしてもいいよ」


 む、と店長の空気が緩みました。そうか、店長はしつこく疑われたりするのが嫌なのだから、逆を張るというわけですね。


「まあ、そのためには何をしようとしてるのかちゃんと話してもらわなきゃだし、止める時は止めるけどね。バックアップするって感じかな」

「余興ひとつの代わりにしては……」

「他の奴に根回ししてやってもいいんだよ?」


 むむむ、と店長は考え込む様子。この子、なかなかやります。見た目よりやり手!


「エリカはどうなんだ。参加したいのか?」


 私に話が振られました。なんとなく店長の方に寄りかかっていたのですが、そういえば私だって誘われていたんだった。


「私は、すごくやってみたいです」


 だって、あの賑やかなお祭りの中、大勢の前で歌うなんて、緊張するけどとても楽しそう。しかも、店長と一緒なんです。きっといい思い出になると思います。これでも、学校時代は先生のピアノに合わせて歌うのが好きでしたし。


 はあ、と店長は息を吐き、そうして肩をすくめました。せわしなく揺れていた尻尾も、少しずつ、少しずつ動きが緩やかになっていきました。


「わかった。条件を呑む」

「やった! そしたら、急いで練習しなきゃね。明日の店が閉まった後とかどう? 防音の部屋知ってるんだ。もうひとりも紹介するからさ。ああ、わくわくしてきた!」


 ジニーは私と店長の手を順に握ると、じゃあまた、と大きく手を振って出ていきました。なんとも元気で、忙しい子です。店長は、ふう、ともう一度息を吐きました。


「待てよ、シンセ、バイオリン、ドラム、歌……?」

「店長?」

「どんな編成だ!」


 確かに、さきわい町史上類を見ないユニットになりそうです。




「でも、ジニーちゃん、思ったよりわかってくれる子で良かったですね」


 許可をもらってシンセサイザーを少しいじりながら(この楽器、音色の具合をさらに好きに変えたりもできるそうなんです!)、私は店長に話しかけます。返ってきた返事は、少し意外なものでした。


「どうだかな。あいつ、意外に頭が回るぞ」


 やり手とは思いましたが、他にも何かあるのでしょうか。ぺわん、と間抜けな音を出しながら、私は振り返ります。


「要するに、怪しい僕らを泳がせつつ、監視下に置いておこうというわけだ。まあ、ごちゃごちゃ言われずに済むメリットの方が大きいから良しとしたが」


 そういうものなんでしょうか。考えすぎ……かどうかもわかりません。店長の見ている世界は、私より少し厳しいみたい。


「あの、じゃあ、演奏の話も嘘だったり?」

「そこまではないだろう、あの様子だと」


 ほっとしました。ジニーはとても楽しそうに計画のことを話してくれましたから。あれが作り事か口実なら、悲しくなってしまいます。


 ド、レ、ミ、と、ちょうど今くらいの午後の光のような、キラキラした音を順番に立ててみました。結構楽しいものです。曲を弾くのは難しいけれど、音を出すだけでもなかなか。


「……音楽が好きか」


 店長が、なんとなく普段より静かな声音でそんなことを聞いてきました。


「好きです。難しいことは全然わからないけど、歌ったり踊ったりはすごく」


 そうか、と店長はごそごそと、何か小さな、片手の手のひらに乗るくらいの四角いオレンジ色のものを出してきました。何でしょう。メモリ?とかに似ていますが、ボタンらしきものがあったり、もう少し機械らしいかも。


「戦前の音楽の記録装置らしい。奇跡的に中のデータが残っている。多分、学術的にも貴重な品だろうな」


 シンセサイザーはまだわかるのですが、この小さな中に音楽が入っている、というのは全くよくわかりません。店長じゃなかったら、冗談と思うかも。もちろん、店長はそんな冗談を言う人ではありませんから、私はわからなくても信じることにしました。


「昔の音楽、って、どんな感じだったんでしょうね」

「聴くか」


 今度は黒い長い線のようなものが出てきました。本当にこのお店は、よくわからないものだらけの素敵なところ。


「耳に差し込むと音がする」


 店長は線の片方の端を小さな機械に繋ぐと、反対側を私に渡しました。見ると、丸い形のものがくっついています。これを耳に入れるのかしら。あれ、これだと……。


「私ひとりしか聴けないんじゃないですか?」

「まあ、そうだな」

「そんなの寂しいです。一緒に聴くのが楽しいんじゃないですか」


 ちょっと意外そうな顔が返ってきました。多分、店長はひとりで静かに楽しむのが好きなんです。そういう人です。


「しかし、スピーカーはないぞ」

「これ」


 私は先の黒い線、途中で二又に分かれた部分の片方を、店長に向けて差し出しました。


「両耳に入れるんだから、片方ずつ使えば音も半分ずつになりますよね!」


 臨場感が、とか定位が、とかなんとか言いながら、店長は猫の方の耳をなんだかぴこぴこと、伏せたり立てたりしています。私は右手を突き出します。店長が少しためらうように受け取りました。


 私の右耳と、店長の人の方の左耳が、一本の黒い線で繋がります。


 途端に、びっくりするほど楽しげで、跳ねるようなリズムの音楽が耳に飛び込んできました。何の楽器を使っているのかさっぱりわかりません。吠えるような音。後ろでぶんぶんと鳴るとても低い音。賑やかなお祭りみたいな、とても元気な音楽。男の人が声を張り上げて歌っています。私までうきうきと飛び跳ねたくなるような。


 その曲は、しばらく聴いたら終わってしまいました。次に流れたのは、あっ、これはわかります。店長が弾いていたような、シンセサイザーのシュッとした音です。女の子のかわいらしい高い声が不思議な響きを帯びて、空中に溶けていくよう。さっきの曲とはまるで違う、透明な音の粒が、キラキラと舞うような、綺麗で、ちょっと寂しげな音楽でした。


「いろんな曲があるんですね」

「何?」

「いろんな曲が、あるんですね! 今とは全然違うの」


 店長は頷き、カチカチといくつかボタンを押しました。たくさんの曲の最初の音が、ざらざらと渦のように流れていきます。


 やがて、ひとつの曲で店長は手を止めました。


 耳に馴染んだ、ピアノのぽろん、という音が聞こえました。


 しっとりした雰囲気の、ピアノだけの伴奏に合わせ、女の人が歌っているようです。伸びやかで心を揺さぶるような歌声で、私はうっとりしてしまいました。


「これ、わかります。今と同じ感じの曲」

「今も残っている楽器はいくつかあるからな。このプレーヤーにはピアノとドラムくらいしか見つからなかったが」


 私は目を閉じ、歌声に耳を澄ませました。歌詞もある程度は聞き取れます。穏やかで、少し悲しくて、でも、きっとこれは前向きな曲。繰り返しのメロディは覚えやすく、私はハミングを合わせました。それからはっとします。


「あっ、もしかしてうるさいですか!」

「……いや」


 店長の黒い尻尾が穏やかに、ゆっくりと揺れていました。


「続けていい」


 店長と一緒に音楽を聴けて良かったな、なんて、少し思ったりしました。


 見える世界が違っていても、同じものを一緒に味わうことは、きっとできるのです。


 午後ののんびりとした空気の中、私は遠い過去の時代、この曲を残した誰かについて思いを巡らせました。今はもういないその人の話を店長としたいのに、でも、私の舌はどうも、上手く言い出せずに止まってしまうのでした。

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