3-4 謎のかけらは薔薇の色

 次の次の日の午後、バイクにまたがって、私と五十鈴いすず店長は遺跡街まで再びやって来ました。しんとした空気の中、ぼっぼっと音を立てていたエンジンが静かに止まります。


 透明な温室も、変わらず緑を中に詰め込んだよう。中に入り、安藤さんのところへ一直線。白い髪、白い肌の人は、同じように薔薇の花に囲まれていました。


「頼まれた写真を撮ってきたぞ」


 五十鈴店長がポケットからカメラを、カメラの中から小さな薄いチップを取り出します。そうして、安藤さんの頭をどうにか動かし、首の後ろのカバーをかちりと開けました。


「上から五番目」

「わかってる」


 チップは開いた切れ目にはめ込まれ、安藤さんは夢見るように目を閉じます。彼の頭の中でどういうことが起こっているのか、外からは全くわかりません。


 短い間を空けて、安藤さんは長いまつ毛を動かし、目を開きました。


「ああ、これはいい。ありがとう。君の写真は鮮やかで明るく、とても賑やかだ。町は今こんな風なんだね。キョースケのものとはだいぶ違う」

「誰だよ……悪かったな」


 繰り返しますが、店長の下の名前は葉介ようすけです。


「悪くはないさ。君の切り取る世界は静謐で正確で、鋭い。どちらも私にとっては大事な情報源だよ」


 そうして、静かにこんなことを言いました。


「自分の視界を、大事にしなさい。昔そんなことを言われたと記憶している」

「……よくわからんが、さあ、話してもらおうか。ギフトにまつわる現象について、わかることを」

「了解」


 じいっ、と何かの音が鳴ります。微かな音に、店長の耳がぴくりと反応しました。


「以前、302年前に同様の現象がさきわい企業都市内……現在のさきわい町とほぼ同位置の自治体にて観測されている」

「企業……?」

「昔はそういう名だったらしい。僕もよくは知らん」


 私の知らない時代の町が、そもそも違う名前だったとは驚きです。


「人体の変形、特殊な能力の付与など。ごく短い期間だがね」

「それで、原因は」

「…………」


 その質問に、常に微かに笑みを浮かべていた安藤さんが、不意に冷たいほどの真顔に変わりました。


「その質問への回答は、管理者権限が必要です。IDとパスワードを入力してください」


 私と店長は顔を見合わせます。管理者って何のことでしょう。店長は安藤さんのお世話をしているのだから、管理者だったりはしないのでしょうか。


「質問を変える。その現象は人為的なものだったのか? 自然発生したのか?」

「機密事項。管理者権限が必要です」

「解決方法を知っているか?」

「管理者権限が必要です」

「今回同じ現象が起きた理由は何だ」

「管理者権限が」


 安藤さんはがくり、と一度完全な無表情になってから、また表情のある真顔に(と、いうのもおかしな話なのですが)戻ります。


「必要です」

「よくわかった」


 店長は小さく呟きました。


「えっ、あの、今のでわかったんですか?」


 何も教えてもらえなかったように思うのですけれど。あの写真集めはなんだったのだろうとすら、私は思っていました。安藤さん、ちょっとひどい、って。


「こいつ自身からは何も教えられないということがわかった。AIにとってセキュリティ遵守の命令は、人間が思うよりもずっと強い制約だ。詰め寄ったって解けるものじゃない」

「ははあ……」


 AI、というのもよくわからないのですが、話したくても話せない呪いがかかっているようなものでしょうか。それって多分、とても苦しいことなのでは。


「そういうわけだ。別口を当たるか、IDとパスワードを持参してきてほしいね」

「仕方ない……」


 店長はもう一度安藤さんの首の後ろを探り、チップを取り出しました。


「写真はしかし、少し対価にしては高かったぞ。自警団に追いかけられた」

「君の一族は彼らが苦手だね」


 くすくすと笑う安藤さん。


「それ、不思議だったんですけど、どうしてそんなに自警団を嫌がるんですか?」


 別に、そんなにおかしな組織ではありません。町をパトロールしてくれる、頼もしい人たちだし、普通にしていれば普通に優しくお話できるのですけれど。私もこの間、空を飛んだ件でお世話になりましたし、お話ついでに豆菓子なんていただいてしまった。


「僕らは遺跡のあたりをうろついたり、中に立ち入ったりするから警戒されがちだ。奴ら、他と違う行動をするとすぐ目をつけるからな」

「そういうものなんですか……」


 もしかしたら店長、以前にとても嫌な思い出があったのかもしれません。確かに、この間の女の子もいつになく敵意をむき出しでしたけど。ああいう視線をずっと受けているのなら、嫌いになるのも仕方がないのかも……とはいえ、なんだか悲しいことでもあります。みんな仲良くできればいいのにな。


 あれ。


 でも、追いかけられた大学公園の辺りに遺跡ってありましたっけ? 確かに古くて草だらけで、建物は遺棄されていますが……。町の中心部の近くだし、中はある程度捜索されて片付けられていた気がするのだけど。


「まあ、そんなところだ。行くぞ」


 ふと浮かんだ疑問は、店長の声でかき消えてしまいました。


「あっ、まっ、待ってください。カメラ、貸してもらえますか」


 何をしようというんだ。言いながらも店長はカメラを手渡してくれます。私は店長を手招き。ふたりで安藤さんを挟むようにしゃがみ込みました。


「三人で撮りましょうよ。記念記念」

「お前、記念写真が好きだな……。あと、ふたりと一体だ」

「どっちでもいいじゃないですか」


 私はまたうんと手を伸ばして、三人の写真を念のため何枚か撮影しました。陽の光が強くて、真っ白な安藤さんはさらに色が飛んでしまったけど、でも、綺麗に撮れたと思います。


「そういえば、あのふたりの写真は良かったね。楽しそうで何よりだよ」

「うるさい」

「大変よくお似合いです」

「うるさい!」


 店長は尻尾をぶわっと膨らませ、威嚇するように立てました。




「でも、どうするんですか。わからないことだらけで。ID?とかを探すんですか?」

「それができれば最良だが、他にもやり方はある」


 お店の前にバイクを止めてヘルメットを取ると、私は早速疑問をぶつけました。なんだか少しもやもやしていたからです。安藤さんは好きになれそうですが、もうちょっと何かあればなあって。


「あれはあんな奴だが、嘘はつかない。例の返答からも意外にわかることがある」

「あれで?」


 算数の授業で「わかりません」を連発するようなものなのかと思っていたのですが、店長はもう少し見方が違ったようです。


「あれが答えられないということは、昔禁じた奴がいるということだ。つまり、以前のこの町のあり方に関わる問題である可能性が高い。例えば、単なる流行り病の類なら、隠す必要はないだろう」

「そう……ですね」

「ということは、過去の記録、遺跡に残っているもの、幸企業都市に関係するデータ、そういうものからもう少し探ることができるかもしれない。難題だが、方向性は示された。収穫だ。自警団はどうにかしたいが」


 店長は運転に疲れたのか、ううん、と伸びをします。黒猫があくびをするみたいに。


「店長!」


 その隙を見て、私は店長に駆け寄りました。


「店長って、すっごいんですね!」

「な、何をいきなり」


 思わず手を取りそうになったのですが、まあ、慎み深くそれはやめておいて。


「私とは全然違うこと考えてたんだなあって。頭がいいってすごい!」


 そう、私は感激していました。店長くらい頭が良ければ、私みたいにむやみにすねたりしなくて済むのです。これって、とても素敵なこと。


「別に僕は頭は良くない……。あれとは付き合いも長いし、ちょっと考えてみただけだ」

「それでも、すごいんです」


 にこにこ笑いながら、私はバイクを物置まで押す店長の後を追いかけていました。店長の耳は少しぺたんと伏せていて、これはわかります。照れているのです。


 空はゆっくりと柔らかな色に染まっていきます。安藤さんのところの薔薇の花が、あんな豊かなピンク色だった気がします。


 もうすぐ五月の祭り、青空祭。私は薔薇色の空にそっと手を伸ばしました。

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