3-3 晴れた真昼は撮影日和

 私たちの撮影は、まず『がじぇっと』から始まりました。お店の中と外と、一枚ずつ。それから、お店の前で五十鈴店長に立ってもらって一枚。本当はふたりで撮りたかったのですけど、あいにくがらくた通りは人通りが少なくて頼めなかったし、三脚もないのです。


「なんで僕まで映る必要があるんだ」

「えっ、写真って人が映ってないと寂しくないですか?」

「別に」


 そんなやり取りをしたり。店長は以前二度ほど安藤さんに写真を頼まれたことがあるのだそうですけど、あまり人は写さず建物と空ばかり撮っていたのだとか。人によって違うものです。安藤さんが言っていた、バイアス、とやらはこういうものなのでしょうか。


 さて、ぽかぽかと陽気のいい日和、撮影隊の出発です。店長は相変わらず黒いマントを羽織って、耳と尻尾を隠したまま歩いています。もう結構な人にはばれてると思うんですけどね……。私は首にスカーフを巻いたりして、なんとなくカメラを持っている人っぽく。

 


 中央商店街は、がらくた通りから出てすぐそこ。顔見知りのお店の人がたくさんいます。挨拶をしながら、店構えを撮らせてもらいました。最近は新しい建物が増えたけれど、合間に背の高い四角い建築も挟まって、でこぼこした並びになっています。足元は丁寧に白いタイルと、橙色のタイルが敷き詰められて、歩くとかつかつと靴の音がします。パン屋さんの中は見た目も匂いも魅力的だったのですけど、今日はお弁当を持っていますからね。別の機会に我慢です。

 


 そこからしばらくお店の通りを行くと、今度は広いクレーター広場に差し掛かります。ここらは背の低い新しい建物ばかりだから、空が広くて気持ち良い場所。端の方ではオープンカフェが開かれていたりして、いつも賑やかな場所ではありますが、今日は特になんだか人が多くてうきうきした空気。よく見ると、青空祭……町の五月のお祭りの、飾りつけや準備が進んでいるようです。垂れ幕や、旗なんかが積んであったり、花火の準備もどこかでしてあるのでしょう。


「店長、お祭り、もうすぐですね」


 撮り終えてからマントの端を引っ張ると、店長は渋い顔をしていました。


「僕は行かないぞ。やかましく騒ぐだけで意味がないだろう、あれ」

「わくわくしたりしないんですか?」

「しない」


 思わず頭を見たのですが、耳は生憎帽子の下に隠れていました。だから、本当のところどうなのかはよくわかりません。寂しくないのかな、とも思うのですが、店長のことです。ひとりで静かにしている方が得意なのかも。私はここでも何枚もシャッターを切りました。遠景から、近づいて、時にはその場の人に声をかけて、笑ってもらって。みんな快く写真に映ってくれました。快調、快調です。私は走って、歩いて、笑って、カメラマン気分を楽しみました。



 クレーター広場の先にあるデパート跡地、ここは広場の賑やかさと対照的に、少し寂しい場所です。古い建物のわりには装飾のある綺麗な見た目なのですけれど、広い建物を上手く片付けられず、中はすっかり朽ちて寂れてしまっているのです。ただ、ここ最近は再開発が始まったせいもあり、周囲に露店などを開く人が増えてきました。


「安藤さんって、昔は町の方にいたんですか?」


 私はふと尋ねてみました。安藤さん、ずっとあちらにいたにしては、町のことに詳しかったのが気になったのです。


「そうと聞いている。戦前はここのデパートで販売業務をしていたとかなんとか」

「デパートってお店だったんですか!?」


 私はがらんとした中を透明のドア越しに覗き込みます。灯りのない建物の中はもうぐちゃぐちゃで、斜めに倒れているのが棚なのだか机なのだかよくわかりません。なんとも無惨です。多分入ったら埃だらけなのでしょう。


「何だと思っていたんだ」

「何でしょう……あんまり考えたこともなかったです。そういう名前の建物かなって」


 それから、周りの露店を眺めます。アクセサリーがあったり、お皿なんかがあったり、布小物があったり、野菜があったり、物はいろいろ、人もいろいろ。以前よりは道行く人も増えてきた気がします。


「じゃあ、あの辺にお店があるのは合ってるんだ」

「外だけどな」


 店長は、手作りおもちゃのお店に子供たちが群がっているのをちらりと眺めていました。機械のお店はないようですね。


「もしかすると、安藤さん、この辺がこんな風に人が増えたの知らないんじゃないでしょうか」

「まあ、そうだな。前に撮った時は静かなものだったし……」

「これは大変ですよ。どんどん撮ってどんどん見てもらわないと」


 私はがぜん張り切ってシャッターを切りました。なんだか勘違いされて、お店の人と私が一緒に写る羽目になったりもしました。


 撮りながら私は、少し昔のこの町のことを考えていました。多分もっとずっと賑やかで、人も多くて、安藤さんみたいな機械の人もいて、銀色の建物が現役で、もっと綺麗で、店長が扱っている魔法のような機械たちも当たり前に使われていて……。


 今を生きる私には、とても想像はつきません。元が一体どんな世界で、どうやって今の私たちの町になったのか。まるでわかりません。でも、安藤さんはきっと、それをつぶさに見てきたのです。そうして、今、少しずつ壊れていきながらも安藤さんは知りたいのかもしれません。馴染み深い風景がどんな風に変わっていくのかを。


 私は、今の町しか知りませんから、今の町が好きです。ずっと変わらないでいてくれればいいと思います。でも、安藤さんにとってのこの町は、変わっていく町なのかもしれません。そんなことを少し考えました。店長に言ったら、呆れられるでしょうか。


 デパート跡地は、高く昇った陽の光にあふれて、今も少しずつ変わっていっているようでした。



 前にお世話になった時計塔の周り、お昼には賑やかに人が歩く辺りで撮影を終えたら、そこから歩いて大学公園に。


「敷物もありますから、ちょうどいいです。あそこでお昼にしましょう」

「運んでいるのは僕だがな」


 なんて話しながら、道をてくてくと。だんだん周りに緑が増えていくのにつれて、だんだん人も少なくなります。ぱしゃりと一枚、緑の絡んだ金属の壁を撮影した時、声がしました。


「おい、お前ら。ここで何をやっている」


 そちらを向くと、私たちの背後に短い赤毛の女の子が立っていました。私と同い年くらいでしょうか。動きやすそうな服装に自警団の腕章をつけて、警棒を構えています。


「黒マント」


 警棒が指しているのは、店長でした。その通り、確かに今日も暑そうなマント姿ではありますが。


「どうも怪しい。詰所に来て、詳しく話してもらおうか」

「僕はただの通りすがりで、写真撮影をしていただけだ」

「詳細は後で聞く。大人しく」


 店長は突然、私の手を掴みました。


「エリカ」


 えっ、と驚く間もなく、その手はぐいと引っ張られます。


「ついて来い!」

「走るぞ!」


 私は、引っ張られるままにとにかく全力で走りました。途中で店長がばて出したので、反対にこちらが引っ張る羽目になったり。自警団らしき女の子も猛烈に追いかけてきたのですが、また戻ってきた時計塔前の人混みに紛れたり、お店に入ってやり過ごしたりしたおかげでどうにか撒いたようです……って、何をやっているのでしょう!


「て、店長。なんで逃げるんですか? 何もしていないんだから、普通にお話しても……」


 息を整えながら聞くと、店長、咳き込みながら短くこう答えたのです。


「僕は、自警団が、嫌いだ」

「そんなこと言って、逃げたらまた怪しまれますよ!」

「嫌いなものは、嫌いなんだ」


 子供じゃないんだから! 呆れましたがもう逃げてしまったものは仕方ありません。これから出頭しても変な人ですし……。


「多分店長、噂の黒マント扱いされたんですよ。そんな格好してるから」


 大学公園の黒マント。子供が一度は聞かされる人さらいだかなんだかの話です。というか、一番最近の黒マントの噂は、元々店長が目撃されたせいで生まれたものなのだから、本人なのですけど。


「だからって、何もしていないところを、いきなり変質者扱いされるいわれはない!」


 よほど根の深い嫌い加減のようです。やれやれ。



 自警団が少し怖かったので、外壁東出口の写真はほどほどにして、こそこそとお店に帰ってきました。がらくた通りはいつも通り静かです。


「うーん、人がいませんね。ふたりでお店をバックに写真、撮りたかったのに」

「なんでまたふたりにこだわるんだ」


 店長は油断したのか帽子を脱ぎ、手でくるくると回しています。猫耳が左右に動きました。


「記念ですよ。ふたりで回ったから、ふたりで撮りたくて……ああ、そうだ」


 私は店長の横に立ち、うんと手を伸ばしてカメラを構えました。


「こうすればどうにか撮れるかも。店長、もっと寄ってくださいな」

「……こうか」

「もっと!」


 息がかかりそうなほどの距離に、店長の顔があります。なんだか珍しくて、おかしな気分。私は店長のあのポーズ、二本の指を立てる仕草を真似して、そうしてシャッターを押しました。


 撮れた写真は少し斜めに傾いで、店長はやっぱり仏頂面だったけれど。


 ふたりで同じポーズの写真。ちょっと嬉しい記念になった気がするのです。


 さて、今度はこのデータを安藤さんに届けなければ!

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