3-2 世界を四角く切り取って
「『ギフト』の話はしたな」
「さきわい町住人に限り、突発的に外見形状または内部構成の変化が発生するケースが頻発。これを通称『ギフト』と呼び習わす。理由不明。条件不明」
すらすらと安藤さんは述べます。普段はのんきに流していたけれど、こう説明されるとなかなかの異常事態なのだな、という感じがしてきます。
「なるほど、推察するに、君のギフトはなかなかお洒落だな」
「うるさい」
店長の耳は、落ち着かなくあちこちを向きます。やっぱり、相手が苦手なのでしょうか。
「とにかくこれを治したい。心当たりはないか。お前、稼働時間だけは長いだろう」
「お洒落なのに」
「うるさいうるさい」
五十鈴店長はしっしと手を振ります。私も声を添えました。
「何か知っていることがあれば教えてください。私も治してあげたい人がいて……あの、あと私も店長の耳はかわいいと思います!」
「後半は余計だ」
「知っていること、ねえ」
緑の中に座ったままの安藤さんの瞳が急に小さくなり、何やら考えるような顔つきになりました。
「何せ私の記憶領域はもうギリギリでね。出来るだけ新規の記憶と不要なものを削除して、どうにかやり過ごしている。ディスククリーンアップを推奨します。ディスククリーンアップを推奨します」
「僕だって増設してやりたいが、お前外付け嫌がるだろう……中を弄るのはさすがに怖い」
「頭の中に収まらないものは、要らないものだと」
また少し止まって。
「判断しているよ」
微笑む様子がとても儚げなので、私はたまらなくなって口を挟みます。
「よくわからないけど、頭の数を増やせば解決できませんか。二個とか三個とか」
「エリカ、お前少し黙っていろ」
はい、と大人しくすることにしました。専門的な話は店長に任せましょう。安藤さんは、機械的にはははと笑います。そうして目を閉じ、しばらくじっとしていました。三人ともが黙っていると、微かに機械音がじいっ、と聞こえているのがわかります。やがて、また目が開きます。
「検索結果が二百十五件見つかりました」
「あるのか」
店長がしゃがみ込みます。そういえば、ずっと立って見下ろしているのって失礼ではないかしら、と私も草の上に膝をつきました。
「ある……けど、これはそうだなあ……」
薄緑色の淡い目が、夢見るように、まるで人のように揺れました。かと思えば、またすぐに機械の硬い目に戻ってしまいます。なんでしょう、不思議な人……アンドロイドです。
「条件を出したい」
「条件?」
店長の声が不審に裏返りました。
「ここにいることは満足しているが、同時に寂しくてね。町の他の場所が今どんな風か知りたい。画像なり映像なりでシェアさせてほしい」
「お前、人間相手によくもまあ……」
「そう無理な条件でもないだろう? 老い先短いAIの、せめてものお願いだ」
「記憶領域がどうとか言っていたくせに」
店長は少し押し黙ります。
「……カメラは店にある。次また来る時にデータを持ってくる。場所の希望は」
「中央商店街、クレーター広場、デパート跡地、時計塔前、大学公園、外壁東出口。それから……がらくた通り。君の店」
「多い。なんならお前をバイクに積んで回ってもいいんだぞ」
「他人に撮ってもらうのがいいのさ」
ギイ、と音を立てて安藤さんは首を揺らしました。
「そうだなあ、そこのお嬢さんがいい」
「私ですか!?」
突然話を振られて、驚くやら、びっくりするやら。あ、同じ意味でした。
「そう。君の、世界に対するバイアスを見せておくれ」
「ばいあす?」
「好きに撮れと言っている」
仏頂面のまま、店長が言います。
「こいつは時々こういう思いつきを投げてくるんだ。気にするな。カメラは貸すから好きにしろ」
「私、撮影なんかしたことないですよ……あっ」
いいことを思いつきました。つまり、安藤さんと私とで、思いつきダブルです。これは、かなりの名案。
「それじゃあ、一緒に町を回りましょうよ、店長!」
な、と五十鈴店長は尻尾をぴんと立て、安藤さんはまた乾いた笑い声を上げました。
「『気になるカレとロマンチックに過ごしたい! 聖なるクリスマス・十五のトキメキスポット』特集をご覧になりたい場合は1を」
「お前、まずそういうどうでもいいデータから消せ」
仲がいいようにも見えるのですが、どうなのでしょうか。
「仲が良くはない。というよりは、僕らは対等ではない」
安藤さんの身体を整備して、お店に帰る頃にはもう夕方頃でした。お日様の下、薔薇の花に囲まれて食べたお弁当のサンドイッチ、美味しかったなあ。そんなことを思いながら五十鈴店長と話していると、店長、こんなことを言います。
「あれは僕がいないと活動を維持できないし、こちらは……罪悪感を持っている。そういう関係だ」
「なんで罪悪感なんですか?」
「今の僕の……人類の技術では、あれを直すことはできない。ただ終わりを引き延ばすだけだ。だいぶガタが来ていたのがわかるだろう。多分、僕の代であれは完全に壊れる」
少し、悲しい顔と声でした。緑の中でゆっくりと、記憶を消しながら壊れてゆくのは、どんな気分なのでしょう。
「ただあれは、どうもその辺を利用して人をからかっている節がある……。あまり信用するなよ」
「別に悪い人には見えませんでしたよ」
「人じゃない。機械に人格はない。ただ、そう見えるのが厄介だ。僕まで引き込まれそうになる」
わかりません。人のように見えるものが、人とどれだけ違うものか。私は、ぎこちない動きの壊れた動物ロボットにも、その辺を歩いている野良犬にも心を見てしまう方なので。
「カメラはこれだ。映像機能は壊れてるが、画像があればいいだろう」
ことり、と手のひらに乗るくらいの大きさの、小さな銀のデジタルカメラが机に置かれました。カメラはまだ、古い機械の中でも知られている方です。記録媒体の数の不足のせいで、フィルムカメラの方が圧倒的に優勢ですけど。私も二枚ほど、写真館で撮ってもらった写真があります。
「それで、店長も来てくれるんですよね」
「……お前、僕を引っ張り出して何をするつもりだ」
耳をまっすぐぴんと立て、店長が面倒そうな声を上げます。
「いえ、別に。ただ、いい撮り方を教えてもらいたいのと、ひとりでぶらぶらするより一緒の方が楽しいかなって」
「わからん……」
店長は確かに、ひとりでなんでもやるタイプですね。私は、人といるのが好きな方。もちろん、押しつけるつもりはないですけど。
「嫌でした?」
「そうは言っていない」
店長はなんだかうろうろと、尻尾をまっすぐに立てながらカウンターの中をうろつき、そして言いました。
「別に、そんな、そうだな。そういう機会があるのであればだ。構わないし、その、構わないぞ」
そこまで照れなくてもいいのに、と思いながら、私はカメラを手に取りました。確か、上にある大きめのボタンを押せば良いのです。
「店長」
ぱしゃり、と音がして、少し驚いた顔の店長が撮れました。人差し指と中指を立てた、なんだか変な手の格好をして。
「なんですか、それ?」
「……昔のまじないだ。写真を撮る時はこうしたらしい。魂が抜けないように、という意味合いだったと親父は言っていた。お前、急に撮るなよ」
「へえー」
撮った写真がすぐに見られるのは、デジタルカメラの良いところ、というかすごいところです。
「親父もそうだ。どうでもいい時にいきなり撮るから、すっかりこの手が癖になってしまった」
ぶつぶつと文句を言います。店長、魂が抜けるのが怖いのでしょうか。
半年前に亡くなった、店長のお父さん。多分、店長の前に安藤さんの整備をしたりもしていたのでしょう。どんな方だったのかなあ。店長はあまりむやみに泣いたりはしていないようですけど。
「明日、午前中はまた臨時休業にするか」
眼鏡の奥の目が、少し柔らかい色に揺れました。安藤さんの目が人のようになった時を一瞬、思い出します。
「どうせ晴れだ。撮影日和になるだろう」
この季節のさきわい町は、晴れた暖かい日が続きます。町のシンボルである太陽が、一番優しくて良い季節。
きっと、楽しい一日になるはずです。
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