吉巻と愉快な仲間
僕の席は、教室のど真ん中だ。7×5の中心に位置する。これと言ってメリットはない。精々、部長が僕の教室に呼び出しに来た時に多少目に付き辛いポジションであるくらいか。
昼休みの鐘が鳴った。机の脇に掛けてある鞄から弁当を取り出し、机の上に置く。ともかくこれで今日の半分は乗り切ったことになるが、もう半分というかまだ半分というか、難しいところだ。
さて、学生の昼休みと言えば、おおよそにして誰かと一緒にとるものである。先輩と部活動に恵まれない僕も、幸いにしてこの時間を共に過ごす級友には巡り会えた。どういうわけか、彼もまた溢れる癖の強さが玉に瑕だけれど。玉と言うか、捻じれて、こう、軟体フランスパンみたいな。フランスパンにも、傷もとい切れ目が入っているし。
今日も今日とて、さる親愛なる友人が弁当を携えて僕の前の席を間借りする。その席の主はいつも他の教室にて大人数で集まってランチをするのが常だったので、ひどく汚したりしなければ不都合は特にない。
「ようこそ、千十くん」
「どうした吉巻、顔に首がついてるぞ」
「それは普通のことだよね」
部長が健康なスリムタイプだとすれば、この千十くんはやや病的な痩せ型というところだろうか。特段健康上の問題や疾病を抱えているわけではなくて、家系的に肉が付きにくい体質なのだという。しかし、彼はその肉体的な儚さを補って、凌駕して余りある特徴的な眼光を有していた。鋭いとも愚鈍ともつかない、だけれど妙な説得力のある、目力があった。
そのくせ、仇名は「百円均一」と拍子抜けするような剽軽なものである。これは、彼のフルネームが
「ランチと言うと、どことなくお洒落な雰囲気を演出しようとする姿勢を疑われるので気に食わんな?」
「誰に対して噛みついているの?」
「一方、メシと言うとフランクではあるが、しかしその反面、粗野にも聞こえてしまうな?」
「蕎麦?」
「メシと蕎麦のどこに相似点がある」
「御免なさい、おふざけが過ぎました」
「というわけで、俺は昼食という呼称を採用する。一番中立的だ。朝食と夕食に挟まれているから立ち位置的にも中心だしな」
「えーと、食前酒は終わり?」
「酔ったか」
「寄り道はしたかな」
「冷めないうちに食おう」
「僕のも千十くんのも保温容器じゃないから、それは出来ない相談だね」
「食欲が、食べるという情熱が冷めないうちに食おう」
「はいはい」
「いただきます」
「いただきます」
「いただけば?」
「いただくよ?」
「いただきたまえ」
「いただきます」
「よろしい」
「なんでマウンティングされた感じになっているのかな」
「心配ない、幸福な満腹感をもたらすのはマウンドのような丸いぽんぽんだ」
「僕はからかわれているのかな」
「俺の飯が食えねえってのか!?」
「千十くんのお弁当は横取りして食べられないよね、倫理的に」
「あーん?」
「字面だとメンチ切ってるみたいだけど、実際には僕が千十くんに『あーん』されている状況です」
「誰に向かって言ってるんだ」
「抗菌シートにプリントされた可愛らしいキャラクターに、挨拶くらいはしておこうかなと」
「その割には目が遠かったな」
「お腹がぺこぺこなんだ、きっとそのせいだよ」
「『ぺこぺこ』って、言いたいことは分かるんだが、実際その意味に意識を向けると、
「弁当の蓋を開けるだけでここまで時間を使うことになるとは……」
「時は金粉なり、だな?」
「まあ砂時計とかあるからね、頭ごなしに否定はできないよね」
「どちらも食ったんだか食ってないんだか分からないくせに、食った事実は確かにそこにある。なかなか奥の深い譬えだ。思い付きで口に上したにしては」
「もぐもぐ」
「言い淀んでいることがあるならはっきり言え、俺とお前の仲だろうが」
「咀嚼にまで口を挟まれると、もう僕何もできないよ」
「なに、お前はただ、口と手を動かしていればいいんだよ……」
「千十くんがヤンデレになってしまった」
「だが実のところ、摂食行為に必要なのはそれだけだろう?」
「そうだね」
「これはブロッコリーだ」
「うん」
「ブロッコリーひょうたん島」
「うん?」
「もっこりひょうたん島」
「んん?」
「マッコリひょうたん島」
以下ダイジェストでご覧ください。
「コリコリひょうたん島。ほっこりひょうたん島。にっこりひょうたん島。ぎっくりひょうたん島」
「僕は千十くんにびっくりひょうたん島だよ」
「最後の三つは老人っぽいだろう」
「ぎっくりひょうたん島はリハビリで何話使うのかな」
「コリコリひょうたん島は、軟骨サプリのコマーシャル回だ」
「そうですか」
「卵焼きとは言うものの、焼くというほど焼いていないよな」
「まあ、焼き目がついていないものね」
「正確を期すなら――加熱した薄い卵か」
「夢がないね」
「無精卵だけに夢精しないな」
「何を言い出すかな」
「えっぐえっぐ泣いて謝れば気が済むのか?」
「逆切れされてる?」
「お前を白身と黄身とに分けるぞ」
「人体的にどうなるのそれ。怖い怖い」
「メレンゲの気持ちを味わわせてやろう」
「一生したくない社会勉強だった」
「さて、これはタコさんウインナーだ」
「はい」
「『さん』? ……こいつがそんなに偉いわけがあるかあ!」
「どうしたの急に」
「このタコ公が! タコ殴りにするぞ!」
「千十くん……?」
「『タコもどきウインナー』か、『ストレスに任せて切り刻んだウインナー』に改名する必要がある」
「後者は教育上大変よろしくないと思うよ」
「おかずの中で唯一敬称を勝ち取っている不埒な輩だからな。弁当界にヒエラルキーがあってはならん。『おかず是全て平等なり』。弁当道における座右の銘だ」
「ことごとく初耳だけれど」
「他にも、『遠方より唐揚げ来たる、これ嬉しからずや』というのもある」
「全然平等じゃなかった」
「唐揚げ、好きだろ?」
「うん」
「人気取りのために偶像を立てることだってあるさ」
「弁当界の政治的背景とか知りたくないんだけど」
「だが俺は、こいつの寡占には断固として反対する。代替案は『タクさんウインナー』」
「人の顔なの?」
「『タロさんウインナー』」
「犬の顔なの?」
「パチパチする『炭酸ウインナー』」
「肉汁が撥ねるならまだしも」
「そして、沢山入っている場合に限るが、『たくさんウインナー』のどれかだ」
「地口オチコントをやっているわけじゃないんだよ」
「なんだ、一々付き合うから好きなのかと」
「確かに気を持たせた僕も悪かった」
「謝罪の気持ちとして、ウインナーって指に似てるし、指を詰めるコントでもやっておくか? こいつの処分も兼ねて一石二鳥だ」
「食べ物で遊んじゃいけません」
「食べ物との色恋沙汰か。赤、緑、黄の三色しかないけどな」
「そういうことじゃないんだよ」
「梅干しを持ち上げると――?」
「ご飯に色が移っているよね」
「あ、ご飯が照れてる……。え、なになに? 『穴があったら入りたい』? それ……ここにあるよ?」
「僕、弁当箱とコントに興じる人を初めて見たよ」
「『弁当箱』ってコンビいそうだもんな」
「そうだね」
「『コント、鞄の中で斜めになった弁当箱』」
「身体を傾けておしまいでは?」
「『コント、鞄の中で汁が出てしまった弁当箱』」
「水芸なの?」
「『コント、鞄の中に入れたままうっかり出し忘れてしまった翌日の弁当箱』」
「鞄から出なよ」
「『コント、完食された弁当箱』」
「舞台からハケる鉄板ネタなんだろうね」
「というわけで、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまで、したっ」
「なぜ某番組風に」
「『ごちそう様』は、偉いから俺も怒らない」
「その話まだ続いてたの……?」
僕の昼休みは、毎日こうして千十くんと過ぎていく。
ギブミーチョコレート部 めぞうなぎ @mezounagi
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