第34話 武器商人の訓練


 東条と影山は雑貨商店を後にし、武器倉庫へと訪れていた。倉庫の存在は影山も知っていたらしく、彼の足取りに迷いはなかった。


「この倉庫も変わらないな……」

「昔からあったのか?」

「俺がガキの頃からな。ほら、ここ見てみろよ。俺の落書きだぜ」


 影山が指差した倉庫の外壁には怪獣と人が戦う絵が描かれていた。色の剥がれ具合から、随分昔に描かれた絵であることが分かる。


「影山さんは隣の倉庫に入ったことがあるのか?」


 東条が指差したのは、中世フランスへと繋がる倉庫だ。影山は何かを思い出したように「おおっ」と叫んだ。


「俺は入ったことないな。爺さん曰く、秘密の倉庫らしくて入れて貰えなかった。何が入っていたんだ?」

「それは……」


 東条が言いよどむと、影山は何かを納得したように、東条の肩をポンポンと叩く。


「その反応。やはり俺の予想通り、大人向けの本やビデオが入っていたんだな。あの爺さん、真面目そうな顔してムッツリだったか」


 影山は斜め上の予想をしていたが、本当のことを伝える必要はないと、東条はただ黙っておくことにした。


「久々の倉庫にご対面といこうか」

「鍵が掛かっているぞ」

「合鍵を持っているから大丈夫」


 影山は懐から武器倉庫の鍵を取り出すと、東条を尻目に中へと入る。


「おおっ、さすがは爺さん。最新の武器を一通り揃えてやがんな」


 影山は目に入った武器を物色しては、コメントを残していく。武器への手慣れた触り方は、やはり熟練の武器商人だと、東条は感心した。


「坊ちゃん、こっちだ。来てみろ」


 影山は倉庫の端、ダンボール箱で隠された場所まで東条を連れてくると、箱を退ける。すると地下への階段が姿を現した。


「これは地下室ですか?」

「そうさ」

「地下には何が?」

「行ってみてからのお楽しみさ」


 影山と共に東条は地下への階段を下りる。地下のひんやりとした空気が肌を撫でる。寒気が東条の全身を包み込んだ。


「これは……」


 階段を下りると、地上の倉庫とは比較にならないほどに広い空間が姿を現す。そこには刑事ドラマなどで良く見る射撃場や柔道や剣道の練習で使うような武道場があった。他にもスポーツジムのようにバーベルやランニングマシンも用意されている。


「爺さんが用意した訓練施設さ。俺もここで訓練を積んだんだ」

「まずは何を教えてくれるんだ?」

「格闘術や拳銃の扱い方の基本部分は教えてやる。一通り学んだあとで、もっと習得したい技術があれば、より深く教えてやる」


 東条は神狼の肉を食べたことで身体能力こそ一般人離れしているが、格闘技や戦闘術に詳しい訳ではない。一から教えてもらえるのはありがたい申し出だった。


「まずは格闘術からやろう」


 影山は地下室に置かれたロッカーから道着を取り出すと、着替えて道場に立つ。道着に着替えた彼の姿は、畳が敷かれた広い武道場が狭く感じるほどに大きく感じた。


「坊ちゃんは素人だろ。先番はやるよ」


 東条も道着に着替え、武道場に立つ。と同時に、影山の挑発に答える形で走り出した。虚を突くような突進を、影山は冷静に躱す。


「まるでイノシシだな」

「捕まえれば腕力で勝る俺の勝ちだからな」

「なら腕力勝負をしてみるか」


 影山は東条に右手を差し出す。無警戒に差し出された手を東条は受け取ると、影山が力一杯握りしめた。


「坊ちゃん、痛くはないのか?」

「まったくな」

「自信なくなるぜ、まったく」

「俺の方からいくぞ」


 東条は握った右手に一割くらいの力を込める。武道場に骨が軋む音と肉が割ける音が鳴り響いた。


「ギブアップだ。腕力では俺の負けだ」


 東条が手を離すと、影山は手を振って、痛みを逃す。影山の手には東条の手形がくっきりと残っていた。


「何をやったら、そんな馬鹿力が身に付くんだ」

「肉を食べることだな」

「肉くらいでこんな握力になるか!」

「と云っても本当のことだしな」

「ちょっと待ってろ」


 影山は機材置き場から握力測定器を持ち出してくる。最新のデジタル表示されるもので、最大五百キロまで計測可能と記されている。


 東条は影山から握力測定器を受け取り、軽く握ってみる。すると握力測定器は最大値の五百キロを示していた。


「ギネス記録でも二百キロに到達してないんだぞ。五百キロなんてゴリラの領域じゃねぇか」

「最低でも五百キロで本当はもっと凄いかもしれないぞ」

「坊ちゃん、あんた武器商人よりオリンピック選手でも目指した方が良いんじゃねぇか」

「俺が出場すれば全種目で金メダルだ。そんなオリンピック見てみたいか?」

「楽しくなさそうだな」


 軽口を叩きながらも影山の格闘技の講義は行われていく。日本拳法をベースとした軍隊格闘技は、東条の血肉となっていった。


「坊ちゃんは随分と覚えが良いな」

「そうなのか?」

「実は坊ちゃんで、弟子は三人目なんだがな、正直一番の出来だ」

「褒めても何もでないぞ」

「俺は事実を言っているだけだ。人間離れした身体能力に軍隊格闘が交われば、素手で坊ちゃんに勝てる奴は存在しなくなるんじゃねぇか」


 それこそボクシングのヘヴィ級チャンピオンも夢じゃないと、影山は続ける。


「そろそろ次に移るか。今度は射撃だ」


 影山は東条を射撃場へと案内する。射撃場は三つのレーンに防弾ガラスで仕切られており、各レーンには目標となる標的の的が置かれていた。的の位置は自由に変更できるようになっており、近距離から遠距離まで自由に調整することができる。


「そこに銃があるから好きなのを使え」


 影山はガラスケースに並べられた銃を指さす。拳銃や狙撃銃、他には機関銃まである。銃の傍には弾薬箱と耳を保護するための耳当ても置かれていた。


「まずは何発か試してみろ」


 東条は拳銃を取り出し、銃を込めた弾倉をセットする。標的に向かって引き金を引くと、鋭い発砲音と薬莢が床に落ちる音が響く。銃弾は的に命中していた。


「坊ちゃん、あんた本当に訓練は受けてないんだよな?」

「ああ」

「とんでもない才能だな」

「足腰と体幹の良さ、あとは視力が良いことが影響しているのかもな」


 東条は神狼の肉を食べて以来、視力が人の限界を超えていた。目に力を込めれば、数キロ先の景色が顕微鏡で拡大するように見ることもできた。


「格闘技だけでなく、射撃でも世界最強を目指せそうだな」

「まずは影山さん、あんたを超えることが目標だな」

「言うじゃないか。超えられないように俺も努力しないとな」


 それから東条と影山の戦闘訓練が始まった。東条が影山から免許皆伝を言い渡されるのは、それから数日後のことだった。

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