第四章:傭兵と新兵器の使い道
第32話 貴族に用意された部屋
屋敷を去った東条たちは、ライクに紹介された宿屋へと向かう。その宿屋は街の中央の一等地に建てられており、建物自体も新しい。人気があるのは間違いないが、そこは貴族の紹介なだけはあり、特別に空き室に泊めてもらえることになった。
「こんな良い部屋が空いているとは幸運でしたね」
紹介された部屋は、この宿屋の中でも特別に広い部屋で、置かれている家具も一級品ばかりであった。
「むしろこういう部屋だから空いていたんだろうな」
人気がある宿屋では、貴族がお忍びで街に出向いたときのために、専用の部屋を用意しておく。そうすることで、貴族に評価され、今後の商売をやりやすくするだけでなく、金払いの良い他の貴族たちも評判を聞いて、宿屋に泊まりに来てくれるというわけだ。
「ただ隣の部屋が五月蠅いのが難点ですね」
「だな」
東条たちが泊まっている隣の部屋から、男たちが言い争うような声が聞こえてくる。話の内容から金銭のもつれのようだ。
「まぁ、そのうち静かになるだろう」
「ですね」
「それよりもシノン城へ入場するまでに最低でも九日必要だが、それまでに何をやるのかを話しておこう」
東条は一呼吸置いて、次の言葉を発する。
「俺は一旦故郷へ帰ろうと思う。故郷の店も長い間閉店しているから、そろそろ開けてやらないとな」
東条にとってジャンヌや可憐が最も大切だが、だからと云って祖父から残された雑貨商店が潰れていいかというとそういう訳ではない。彼にとっては一年間経営した大切な店なのだ。
「しばらくの間、戻らないと思う」
「しばらくとはどれくらいの期間ですか?」
「シノン城に入場するまでには帰ってくる。つまり遅くとも九日以内には戻ってくるさ」
「そうですか……寂しくなりますね」
「すまんな。それにもう一つやらないといけないことがあるんだ」
東条は懐から革袋を取り出す。ぎっしりと詰まっていた金貨が、かなり少なくなっていた。
「武器商人をしていたおかげで、随分と金に余裕があったが、最近出費が多かったからな。そろそろ収入が必要だ」
「すいません。私のせいですよね」
イリスが悄然とした表情を浮かべていたが、東条が彼女の肩をポンと叩く。
「心配するな。秘策はある」
「秘策ですか……」
「宝石を売る」
東条は懐から金貨とは別の革袋を取り出す。中を開けるとそこにはぎっしりと宝石が詰まっていた。
宝石の種類はダイヤモンド・ルビー・サファイア・エメラルド・アレキサンドライト、大粒の貴金属がぎっしりと詰まっていた。
「こんな宝石見たことありません。東条さんはこれをどこで」
「故郷で売られている、人工的に作られた宝石だ。俺の故郷ならこの宝石を一リーブル銀貨で買える」
「こんな綺麗で大きな宝石、フランスなら一つで、数千フラン、いやモノによっては数万フランするものもありますよ」
人工的に作られた宝石は自然物とは違い不純物を一切含んでいない。現代なら不自然なまでの美しさは評価されないが、人工製造技術が確立していないこの時代なら別だ。なにせ人工的な宝石は東条が持ち込んだものしか存在しないのだ。貴重性は天然モノと比べ物にならない。
「東条さんの故郷で買った宝石をフランスへ持ち込めばいくらでも資金を増やせますね」
「いや、この方法は何度も使えない」
「なぜですか?」
「まず宝石は貴重だからこそ意味がある。市場に出回る数が多くなれば、その分一つあたりの価値が落ちる」
「なるほど」
「それに最も重要な理由が、貴族でもない何の権力も持たない俺が大金を手にするのはリスクが高い」
もし珍しい貴金属を持つ商人がいると噂が広がれば、東条を殺してでも宝石を奪おうと考える者が現れるはずだ。そうなった時の抑止力が必要だった。
「俺が数ある商材の中で武器を選んだ理由は、最も権力に近づけると考えたからだ。武器を売れば、主に騎士たちが顧客になる。俺が売った武器の評判が良ければ、騎士たちの間で名前が広がる」
「それが抑止力に繋がるということですね」
もし強盗が襲う店を選ぶ際に、宝石商人か、武器商人かのどちらかが候補に挙がれば、ほとんどの者は前者を狙うだろう。武器商人のようなアングラな仕事をしている者を襲えば、どんな恐ろしい後ろ盾が出てくるか分からないからだ。
「私に何か手伝えることはありませんか?」
「この宝石を捌いてくれる商人を探してくれないか。そして商人を見つけたなら本来の価値よりも遥かに低い値段で売ってくれて構わない」
「低くていいんですか?」
「あまりに高額だと命を狙われるリスクがあるからな。リスクと儲けは商人に背負ってもらい、俺たちはそこから少しだけ分け前を貰おう」
「この宝石はどこで手に入れたことにしますか?」
「神から授けられる夢を見たら、枕元に置いてあったとでも説明すれば良い。人工の宝石は天然の宝石ではありえない輝きを放つ。神が授けたと聖女様が口にするんだ。この世界の人間なら信じるさ」
だからこそ宝石を売る人間はジャンヌが最適だった。もし東条が人工の宝石を売ろうものなら、出所を根掘り葉掘り聞かれるのは間違いないからだ。
「任せてください。私の身命にかけて、必ず宝石を売ってきます」
「頼んだぞ」
東条は宝石が入った革袋をジャンヌに預けると、現代世界へ戻りたいと念じる。すると彼の視界は白く染まっていった。
宿屋から東条が消え、ジャンヌとイリスだけになる。ジャンヌは現代日本に帰る東条の姿を何度も見ているが、イリスは初めて見るため、驚きで口をポカンと開けていた。
「聖女様、旦那様はいったいどこへ?」
「神の国へ帰ったのです」
「神の国ですか?」
「イリスさん、あなたも東条さんが輝いて姿を消した瞬間を見たでしょう。あれこそが東条さんが神である証拠。天上の主が戦乱のフランスを救うために遣わした救世主なのです」
「救世主……」
イリスはゴクリと息を呑み、救世主という言葉に納得を覚えた。なぜ見ず知らずの自分を大金を払ってまで助けてくれたのかと、彼女自身疑問に思っていた。その答えが救世主と云う言葉に現れている気がした。
「私は東条さんを世界の覇者にするつもりです」
「世界の覇者……」
「イングランド・フランスの二大国を統べ、果てはオーストリアやペルシャも含めて、この世界から争いをなくすつもりです。これほどの大業、成し遂げられるのは東条さん以外ありえません」
「聖女様の仰る通りです。私も旦那様がこの世界の唯一王になってほしい」
そうすれば自分のような奴隷が生まれることもなくなる。イリスは確信した表情で、東条を世界の覇者にすることを決意する。もう一人のトウジョウ教の狂信者が生まれた瞬間であった。
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