第26話 傭兵団への加入


 東条たちはシノン城へと入場するまでに早くとも十日待ちだと通告された。東条たちよりも先に並んでいた者たちが入場を果たすのは当然として、貴族たちが割り込んでくるため、十日も待たされるのだという。


 仕方なく東条たちはシノンの城下町で十日間を過ごすことに決めた。


 シノンは中世フランスにおいてオルレアン、ルーアン、パリと並んで最も栄えた町の一つである。柿色のフランス瓦と木組みの家々が、大通りと隣接し、まるで並木道のように建てられている。


「東条さん、一つ聞いて良いもよろしいですか?」

「何でも聞いてくれ」

「私たちは今どこへ向かっているのですか?」

「傭兵団だ」


 傭兵団とは傭兵たちにとって現代の労働組合とハローワークが一体になったような組織である。


 そもそも傭兵団とは仲の良い傭兵たちが集まり行動したことから始まった。傭兵団のシステムができるまでは、多くの傭兵が個人で活動しており、戦争の報酬についても、個々人で交渉していた。そのため足下を見られることも多く、報酬が値切られてしまっていた。


 そんな現状が傭兵団の設立により変わった。仕事の交渉も数が多いと有利に進めることができるし、書類仕事のような雑務もすべて傭兵団がやってくれるため、皆本業である戦争に注力できる。


「傭兵団への加入は危険ではないのですか?」

「危険だ。けれど今後戦場で武器を売ることや、ジャンヌと共に戦場に立つことを考えれば、傭兵団への加入は必要になる」


 ただの商人が聖女の隣に立つことはできない。だが傭兵として名を売れば、かつてジョン・ホークウッドという傭兵が百年戦争の成果によって貴族の仲間入りを果たしたように、東条も聖女の隣に立てるだけの権力を手に入れることができる。


「見えてきたな。あれが傭兵団だ」


 石畳の道を馬に走らせ、辿りついたのは、黒塗りの建物だった。周囲の民家の三倍程の大きさで、店先には数十頭の馬が止められている。建物の入り口に立てかけられた旗には、フランスの勇士求むの文字が刻まれていた。


 東条は荷馬車を止めて、扉を押して建物の中へと入る。建物の中は悪人面をした男たちがブドウ酒片手に、下品な言葉で罵り合っている。肥溜めのような場所である。


 東条は甲冑姿の男たちを押しのけ、建物の奥へと進んでいく。奥のカウンターには一人の女性がいた。女性は栗色の髪を短く整えている。肌は白く、シミ一つない。エプロン姿もよく似合っていた。


「お客さん、傭兵団ははじめてですか?」

「ああ」

「でしたら説明させて頂きますね」


 女性はカウンターの奥から書類をいくつか持ってくると、カウンターの上に並べた。


「傭兵団は所属する傭兵たちに仕事を斡旋するのが基本的な仕事です。そして我々は仕事の報酬のいくらかを手数料として頂きます」

「手数料を取られるのか……」

「はい。ただしほんの少しだけです。交渉にかかる労力などを考えれば、傭兵の皆さんに損はさせません」

「なるほど。ではこちらからも質問だが、仕事はどういったものがあるんだ?」

「戦争での兵隊としての役割がほとんどですね。それ以外にも護衛任務などの仕事もあれば、戦争物資の調達のような商人向けの仕事もあります。どの仕事をどの立場で行うかは、傭兵団が付与している序列によります」

「序列が上がれば、それだけ仕事が増えて、給料も上がるわけだな」

「その通りです。まずはこちらをご覧ください」


 女性が一枚の書類を指さす。その書類には大まかな序列と仕事内容が記載されていた。


『序列六位。新兵と同じ扱い。荷物運びなどが主な仕事』

『序列五位。一般の兵士と同じ扱い。戦闘が主な仕事。簡単な護衛なども行える』

『序列四位。熟練の兵士と同じ扱い。数十名程の部下を率いることができる傭兵小隊長』

『序列三位。兵団の隊長と同じ扱い。数百名程の部下を率いることができる傭兵大隊長。貴族の護衛も行える』

『序列二位。軍団長と同じ扱い。数千名程の部下を率いることができる傭兵軍団長。王族の護衛を務めることもできる』

『序列一位。元帥と同じ扱い。傭兵団から無制限の部下を借りることができる。また仕事を行う際は、傭兵団の総力を挙げてサポートする』


「ちなみに俺の序列は何になるんだ?」

「序列六位になります」


 女性は傭兵団にはじめて登録する者は最下位から始めるルールだと説明する。ルールだと言われてしまえば東条は納得するしかなかった。


「序列は絶対なのか。たとえば俺が王族の護衛をすることはできないのか?」

「序列は傭兵団から仕事を紹介する際の目安です。あなた個人で仕事を受ける場合にはその限りではありません」

「ありがとう。ではもう一つ聞きたい。序列を上げるにはどうすれば良い?」

「二つあります。傭兵団の仕事をこなすか、戦争で活躍するかどちらかです」

「戦争で活躍するとは、有名な敵将を倒したり、重要な拠点を確保したりなどの戦果を挙げればいいのか?」

「はい。特に前者は大きく評価されます。さらに相手が傭兵団に所属していた場合は、相手より優れていることを証明したわけですから、その序列を奪うことも可能です」

「待て。傭兵団はイングランドにも存在するのか?」

「はい。傭兵団は国に左右されない組織です。仕事を斡旋したのが誰であるかは問わないのです」


 それでは同じ傭兵団に所属する者同士で闘うことになる。それは大事な戦力である傭兵を削ることになるのではないか。そんな東条の疑問に気づいた女性が答える、


「お客様の疑問も尤もです。しかし我らが傭兵団の団長は、競争の中でこそ強い兵士が生まれるとお考えなのです」

「つまり個々の兵士の品質を向上させるために、多少の犠牲は仕方ないということか」


 付け加えるなら一つの国に肩入れしすぎると、国が滅んだときに傭兵団も共倒れになる。複数の国を横断しているのは、共倒れを避けることも目的の一つなのだろう。


「傭兵団の説明と登録作業がすべて終了しました。これであなたも正式な傭兵の仲間入りです」


 東条は傭兵団加入の証明書を受け取る。自分が傭兵になったという実感が湧かないまま、東条は傭兵団を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る