第27話 王太子への貢物


 傭兵団で用事を終えた東条たちは、泊まる宿を探すため、目抜き通りを進んでいた。目抜き通りには色々な屋台が並んでいる。果物やパン、酒を置いている店もある。街の人たちも歓談とした雰囲気に飲まれ、財布のひもが緩んでいるように見えた。


「まるでお祭りだな。いつもこうなんだろうか?」

「期間限定の特別なんだと思いますよ。王太子万歳と書かれた旗が、あちこちに置かれていますから」

「そういうことか」


 シノン城に王太子が滞在していることを祝しての歓談ムードというわけだ。


「折角だから俺たちも祭りを楽しんでみるか」

「はい」


 荷馬車が石畳を踏みつけながら、目抜き通りを進んでいく。押しの強い売り子から逃れながらも、東条とジャンヌは、シノンの街の雰囲気を楽しんでいた。


「東条さん、この匂いは……」

「獣臭いな。あそこからか」


 匂いの元は目抜き通りに並ぶ一つの商店から漂うものだった。屋台ではなく立派な商店の一つで、傍まで寄ると、うなり声や遠吠えなどもわずかに聞こえてくる。


「何かお探しでしょうか」


 店主の男が姿を現す。短髪のまじめそうな男だ。


「この声は……」

「商品たちの声です。見ていきますか?」


 男の誘いを受けるかどうか、東条がジャンヌに視線で訊ねると、彼女は興味深そうな視線を店の奥へと向けていることに気づいた。


「見たいな」

「ではご案内します」


 店の中に入ると、毛並みの良い馬が並べられていた。小柄なモノから大型なモノまで幅広いラインナップだった。


「ここは馬を売る店なのか?」

「メインはそうです。ただ馬以外にも貴族向けの愛玩動物も扱っております」


 東条はペットショップとカーショップが交じり合ったような店なのだと理解する。


「商品はこれですべてか?」

「いいえ。地下で飼われています。でないと、鳴き声が五月蠅くて仕方がないですから」

「なら案内してくれ。一度見てみたい」


 店主の男に従い、地下への階段を降りていく。ひんやりとした地下の空気が心地よかった。地下に降りると、そこは大きな空間が広がっていた。


「地上の店と比べて随分と広いな」

「上に置ける商品はあまり鳴かない馬くらいのものですから」


 店主の男が案内したのは、白い毛をした虎の前だった。体は大きく、鋭い牙をむき出しにしている。


「こちらは世にも珍しい白い毛の虎で、北の商人から購入したものです。群れない習性から孤高の虎とも呼ばれています」

「群れない習性があるのなら、俺たちに懐くのか?」

「懐くようにしつけはしてあります。ただそこは獣ですから。お客さんが虎を酷く扱うようなことがあれば、牙を剥くこともあると考えてください」


 要するに人と同じで優しく信義に基づいて接すれば、何も問題ないのだと、店主は話す。


「ちなみに値段はどれくらいなんだ?」

「百二十フランになります」

「馬が十頭買える値段じゃないか」

「なにぶん珍しい虎ですので。それに今は王太子がいらっしゃいますから。貢物として珍しい動物は人気が高くなっているんですよ」

「王太子への貢物か……」


 王太子はジャンヌの命運を左右できる立場にいる。機嫌を取るためのプレゼントとして悪くない代物だ。


「ちなみにこの店では馬の買い取りもやっているのか?」

「ええ。他店よりも高値を付けさせていただきますよ」

「ならいずれ世話になるだろうな」


 傭兵稼業をやっていくなら、大勢の騎兵を殺すことになる。その中で馬を手に入れる機会も訪れる。その際の売り先を確保できたのは大きな成果だった。


「白い虎を購入する。王太子に聖女からのプレゼントだと届けてくれるか」

「それは構いませんが……これほど高価な贈り物ができるとは。やはり武器商人は儲かるのですね」

「ジャンヌが王太子と会う可能性が少しでも上がるのなら安い買い物さ」

「なるほど。王族とのコネクションさえできれば、後から十分に元は取れるということですね」


 店主は同じ商人同士、含みを持たせた笑みを浮かべる。東条はその笑顔を背中に受けながら、店を後にするのだった。

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