第6話 知能の向上と数学問題


 東条がフランスから帰ると、日は完全に沈んでいた。鎌倉が観光地と云っても、さすがに深夜になると人の姿は完全に消え去っていた。


「夜の十一時か……」


 雑貨商店から家に帰った東条は、一日の疲れを癒すために、一目散にベッドの中に入るが、眠気は襲ってこなかった。何とか寝ようと目を閉じるが、一向に睡魔は襲ってこない。


「仕方ない。大学の課題でもやるか……」


 東条は言語学などの一部講義を除いては、ほとんどの講義で平均より少し上くらいの成績を取っていた。しかしそんな彼にも唯一苦手な教科があった。それは数学だった。彼にとって数学とは古代文字や魔法の呪文に近いものであり、決して乗り越えることができない大きな壁だった。


「嘘だろ……全部分かるぞ」


 だが今日の東条は違った。教科書を開き、数学の問題と睨めっこしていると、その答えが頭の中に思い浮かぶのだ。計算など特にしていないのに、九九の答えをすぐに出せるような感覚で、難易度の高い数学問題の答えが分かるのだ。


「もしかして神魚を食べたせいか……」


 神狼の肉は身体能力を強化してくれた。同様に神魚を食べると、頭が良くなる効果があったのかもしれない。少なくとも昨日までの彼なら、問題文を読んだだけで筆を投げていただろう。


「どれくらい賢くなったんだろうな」


 得た力とは限界を知ってみたくなるもの。スマホを取り出し、ネットで東大理科三類の入試問題を検索してみる。


「はははっ、これは凄いな。全部分かるぞ」


 東大の入試問題はすべてがすべて難しいわけではない。一部の問題を除くと基礎的な知識があれば解ける問題がほとんどだ。だが基礎的な問題を除いた一部の高難易度問題でさえ、彼の力の前には一瞬で敗れ去った。


「この年が簡単なだけだったのか……」


 試しに東大の最大難易度の問題を検索してみると、数学オリンピック出場者でも解ける者はそういないだろうと云われた問題を発見した。数学者ガロアが残したグラフ理論を題材とした問題で、その年の東大受験者たちを地獄に突き落とした問題だそうだ。


「聞いたことすらない問題なのに答えが分かるぞ」


 あまりの学力の向上振りに恐怖すら覚えながら、東条はさらなる難問を求めて、ネットの海を潜る。すると国際的な数学団体が公開している正解者には懸賞金が与えられる問題に行きつく。


「回答すれば一千万円か……随分と豪勢だが難易度を考えれば当然か……」


 その数学問題は著名な数学者が何人も挑戦し、失敗してきた難問である。さすがにこれは解けないだろうと思いつつも、彼は問題に目を通す。


「はははっ、なんで答えが分かるんだよ」


 東条はメールソフトを開き、名前や懸賞金の振込先、そして問題の答えを書き込んでいく。彼自身は何も考えていない。頭に思い浮かんだ答えをただただ書き綴るだけだ。


「東大の入試問題と違って答えがあっているか、すぐには確認できないからな」


 東条は問題の回答を数学団体に送る。もし送った内容が正しいなら、何らかのアクションがあるだろう。


「頭を使ったからか、少し眠くなってきたな」


 東条はもう一度ベッドで横になる。気づくと彼は深い眠りについていた。

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