第5話 カツカレー弁当
大学を終えた東条は雑貨商店に行く前に家に寄るが誰の姿もなかった。机の上には『私たち三人はしばらく遠出するので、コンビニで何か買って食べなさい』とメモと一万円札が置かれていた。
「いつものか……」
東条はこの家の人たちとは血が繋がっていなかった。彼は孤児院から引き取られた養子だったのだ。義理の両親と妹は本当の家族のように彼を愛してくれた。特に祖父は血を引く妹よりも彼のことを溺愛した。だからこそ店を継ぐのも、彼を指名したのだ。だが親族の中にはそれを不快に思う人たちがいる。おそらく今回の遠出とは彼を嫌う親族の誰かと会いに行くのだろうと推測した。
「一人は一人で気楽でいいか」
東条は夕飯を買うために、近くのコンビニへと向かう。店員から「いらしゃいませ~」という軽快な挨拶を受けながら、弁当売り場の様子を伺う。から揚げ弁当に、チキン南蛮弁当、ハンバーグ弁当に、カツカレー弁当まで多種多様な弁当が並んでいる。
「取りあえず全部買うか。ジャンヌが喜んでくれるといいんだが」
東条は約束した薬を届けるために、もう一度倉庫の扉を超えるつもりだった。その際に、先日御馳走になったお礼に、こちらも何か振る舞うべきだと考えていた。
「あとは栄養ドリンクと風邪薬でも持っていくか」
病名が分からない以上、何の薬を持っていけば良いか確証は持てないが、中世のフランスではビタミンの欠如などで病にかかるケースが多かったと聞く。ならば栄養ドリンクは一定の効果を生むのではないか。東条はそう考え、コンビニの栄養ドリンクをすべて購入することに決めた。
弁当を温め、コンビニを後にした東条は倉庫へと向かう。倉庫の扉を開く前に、隣の倉庫の存在が目に入った。
「そういえば、ここの倉庫も鍵がかかっているんだよな」
東条は試しに祖父が残した鍵を使い、もう一つの倉庫を開けてみる。
「おっ、開いた」
東条は恐る恐る扉を開けると、倉庫の中には数え切れないほどの銃器が並んでいた。拳銃や手榴弾、他にはマシンガンや狙撃銃まである。
「確かに人生が変わる扉だな」
明らかに違法な銃器所持だ。思えば人相の悪い男たちが、雑貨商店を訪れては、祖父がいないか訊ねていた。あれは銃を購入するために来た客だったのではないか。
「雑貨商人の裏の顔は武器商人だったわけだ」
東条はため息を吐くと、ゆっくりと武器倉庫の扉を閉めた。見なかったことにしよう。彼はそう結論付けた。
「本来の目的は武器倉庫ではなく、こっちの倉庫だしな」
東条はもう一つの倉庫の鍵を開け、扉を恐る恐るくぐる。するとジャンヌが目の前に立っていた。彼は周囲の光景に視線を巡らせて、彼女の家にいることを認識する。
「東条さん。どこに行っていたんですか? 心配していたんですよ」
「すまなかった。薬と食料を取りに行っていたんだ」
東条はコンビニの袋をジャンヌに手渡す。袋の中から漂う美味しそうな匂いを嗅いで、彼女の頬が緩んでいた。
「お父様、東条さんが薬と食事を持ってきてくれましたよ」
「おおっ。ありがとうございます」
ジャックが皿に料理を乗せて運んでくる。
「丁度私たちもこれから夕飯を食べるつもりだったんです。東条さんも食べていってください」
「なら俺が持ってきた料理も一緒に食べよう」
東条はコンビニ弁当を食卓の上に並べる。特にカツカレー弁当は三つも買ってきてしまったため、食卓が茶色に染まっていた。
「その茶色いスープの上に、茶色の肉が乗った食べ物は何ですか?」
「カツカレー弁当だ」
「カツカレー? 聞いたことのない料理ですね」
「旨いぞ。食べてみれば分かる」
東条の勧めに従い、ジャンヌたちは、カツカレーに手を伸ばす。スプーンに米とカレー、さらにカツを一切れ乗せると、まとめて口に放り込んだ。
「これは美味しいですな」
「舌がピリっとして、とても美味です」
「喜んでもらえて何よりだ」
「では東条さんには私の手料理を御馳走しますね」
ジャンヌが食卓の端に置かれた皿を、東条の目の前に運ぶ。料理は白身魚とサラダが綺麗に飾られたカルパッチョだった。白身魚は透ける程に透明度が高く、野菜は緑と紫の美しい葉が魚の美しさを引き立てるように飾られている。
「これは何の魚なんだ?」
「近くの湖で採れた魚ですが、種類までは……ですが湖の主として有名な大きな魚で、千年生きた神魚だそうですから味も期待できると思いますよ」
「どこかで聞いたような話だが、食べるのが楽しみだな」
東条はフォークを使い、神魚の刺身を口に運ぶ。舌の上で溶けていく刺身を楽しんだ後、刺身の旨味を味わうべく、身を噛みしめる。大トロの脂と、カツオのさっぱり感が上手く調和したような味が口の中に広がっていく。
「次はサラダを……」
東条は付け合わせの野菜を口に運ぶ。野菜の苦みは口に残った魚の旨味のおかげで一切感じず、野菜の甘味と旨味だけが口の中に広がった。
「御馳走さま。旨かったよ」
「お粗末様です」
気づくと食卓の上に並んでいたコンビニ弁当も、ジャンヌが用意してくれた手料理もすべて空になっていた。東条が普段よりも食べたということもあるが、ジャンヌとジャックも顔に似合わず健啖家のようである。
「あとこれも飲んでおいてくれよ」
「これはなんですか?」
東条がビンに入った栄養ドリンクを渡すと、ジャックは怪訝な表情を浮かべる。十五世紀のフランス人にとって、飲み物の容器とは木の樽やカップが主流であり、ビンに入った飲み物は一部の貴族のみにしか流通していなかった。
「飲んでみれば、分かるよ。元気が出るから」
「はぁ……」
ジャックは栄養ドリンクを受け取って、一気に飲み込む。甘い味が気に入ったのか、ハイペースで栄養ドリンクを空にしてしまった。
「数時間ごとに、栄養ドリンクを飲んでおけ。あと咳き込むようなら風邪薬も置いておくから、一日三回飲むといい」
「これで病が……」
「治る可能性はある。とりあえず試してみろ」
「高価な薬を本当にありがとうございます」
「善良な市民は助け合うものだろ」
東条はそう言い残して、再び現代へと戻っていった。光を放って姿を消す青年を、ジャンヌたちは祈りながら見送った。
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