第120話 すれ違い -07

    ◆美哉



「――うん。うん。そういうことならまずいわね……分かった。上に伝えてみるわ。ありがとう」


 剣崎遥の母である剣崎美哉は礼を述べて電話を切る。

 彼女がいるのはとあるマンションの一室の前。

 そこにいるのは彼女一人ではなかった。


「――で、あんた達、何かやったの?」

「唐突ですね」


 そう笑い掛けたのは、セバスチャンであった。

 彼はたおやかな笑みを浮かべながら美哉に訊ねる。


「まず何があったのか教えていただかないと」

「遥と拓斗君の間に何かあったんだってさ。お互いがケンカしているみたいだって」

「ほうほう。それは当人達の問題では? そこに私達のせいと言われる意味が分かりませんが」

「そうね。普通なら結びつかないわね。でも――そう訊きたくなるわよ」


 美哉は視線を向ける。

 その視線の先にいたのは、冷や汗をだらだらと流しているフランシスカであった。


「あ、あ、あららあらあらどうしたのかしら?」

「あなたがどうしたのよ。見るからに焦っちゃって」

「そそそそうかしら!? さあてこの部屋に決めましょうか! その為に今日は来たのでしょ?」

「確かに、あなた達の部屋を決めるのが今の目的だけど……でも、ここでいいの?」

「ええ。構わないわ」

「ここは予算の都合上、ロイ君と同じ部屋よ?」

「ロイ君? ……ああ、セバスチャンのことね。別にそれはいいわよ」


 あっさりとフランシスカは頷く。


「セバスチャンと一緒にいた方が何かあった時に出撃しやすいし、何より私の普段の生活のサポートがしやすいじゃない。得しかないわよ」

「でもあなた、ロイ君は男の子よ? 思春期の男の子よ?」

「ちょっと待ってください、剣崎支部長」


 セバスチャンが心外だという顔で美哉に噛みつく。


「この私がお嬢様に手を出す外道に見えると?」

「手を出さないけど、足は舐めてくるわね」

「お嬢様!?」


 まさかの横からの攻撃。


「……どういうこと、ロイ君?」

「いや、それは……」

「どうもこうもないわよ。私の足を舐めることがセバスチャンの趣味だっていうだけよ」

「お嬢様!?」

「……フランシスカちゃんはどうしてそれでロイ君と一緒に住んでいいって言っているのかしら?」

「だって足を舐められるだけで満足しているのよ。だったらそれ以上のことはしないわ。それに小学生にいやらしいことをしたいと思う人なんかいないわ。ねえ、セバスチャン?」

「……………………はい」


 セバスチャンは頷く。その言葉に少々の間と残念そうな声色が含まれていたような気がしたことについて、美哉は錯覚だと思うことにした。


「ということで、部屋はここに決めたわ。セバスチャンもいいわよね?」

「御意に」

「ぎょいに? ……それってオーケーってことよね? まあいいわ」


 手をパンと叩いて、フランシスカは部屋を指差す。


「さあこれから住むわよ早く準備しなさいなこれで話は終わりお疲れ様」

「何で早口なのよ……って、ああ! 忘れてた!」


 すっかりと話の論点がずれていた。


「フランシスカちゃん! 遥と拓斗君に何をしたのよ!? さあ吐きなさい!」

「さ、さあ何のことかしらー?」

「答えなさい! 拓斗君をその幼い容姿でどうやってエッチな誘惑したのかを!」

「男の方には何もしていないわよっ!!」

「……じゃあ――?」

「っ! しまった!」


 思わずと言った様子で物理的に両手で自身の口を塞ぐフランシスカ。こういう所は子供らしい。


「……はあ。お嬢様が隠し事をしようとしていたりいつの間にか話が勝手に逸れていったのに唐突に思い出して自爆している可愛らしい様子をじっと見ていましたが、どうやらここまでのようですね」

「何一つあなたが溜め息をつく要素はないわね、ロイ君」


 呆れを含めたその言葉を投げかけると、彼は肩を竦めて白状する。


「私もお嬢様から詳しくは訊いてはいませんが、あの2人がケンカしているような雰囲気になっているのは、間違いなく私達の助言が原因でしょう」

「助言?」

「ええ。先日の戦いで2人は課題を感じた様です。そこで私が木藤君を、お嬢様が貴方の娘さんを教えることとしたのですが……私とお嬢様は同じ課題を見つけました」

「それは一体……?」


「木藤君は貴方の娘さんのことを、過大評価している。

 一方で貴方の娘さんは木藤君のことを、過小評価している」


 過大評価と過小評価。


「2人の関係的にはそれで良かったのかもしれませんが、その成長の先は剣崎遥さんのみにしかない。今のままでは2人で戦うということは絶対に出来ないのです」

「だけどあの子は2人で一緒に戦うことを望んでいたわ。……まあ、親のあなた言うことではないけど、それが今の戦いにとってプラスになるエモーションじゃないことは確かね。まあ――人間としては必要かもしれないけど、ね。……ってどうしたのよ、そんなポカンとして?」


 美哉は驚いていた。

 フランシスカの――幼い少女の口から語られる、きちんとした言葉に。

 そして――


「……あなた達、まだ2人に会って1日ちょっとしかないわよね? そんなに判り易いかねえ? あの子の気持ち」

「小学生レベルの話だわ」


 本当の小学生がそう口にする。


「感情を戦闘に持ち込む程に未熟なのよ。あれだったら1回自覚した方が良い結果が出るわ」

「でもそれは――なのですよね」

「そうなの、セバスチャン?」


 セバスチャンは首を縦に振る。


「ええ。木藤君は剣崎遥さんのことを、どうも恋愛感情では見ていないようですね。どちらかと言えば、、に近いかもしれません。会話していてそれがよく分かりました」

「スーハイ?」

「神様みたいに思っているということですよ」

「意味合いはちょっと違うけどね。まあ、でもやっぱりそうよね」


 美哉が、はあ、と溜め息を吐く。


「……とにかく、このままの状態ではあの2人を戦闘に出すということは難しいってことは確かね。しかも外野からは口出せないと来た。……あんた達、やってくれたわね」

「ふふん」

「お嬢様、そこは無い胸を張る所ではありません」

「なっ!?」

「とにかく、私達の提言であの2人が戦える状態ではなくなったのですから、そこは責任を持ちますよ。しばらくの間、私とお嬢様の2人だけで『魂鬼』退治に向かいますよ」

「……そうするしかないわよね」


 セバスチャンの提案に、美哉は首を縦に振る。


「申し訳ないけど、2人の様子が落ち着くまではそうしてくれる?」

「いいですよ。元々そういうことも考えた上で助言していますから。ねえ、お嬢様?」

「え? あ、うん。そうね。そうに決まっているわ!」


 再び胸を張って、フランシスカは美哉に指差す。


「しばらくは私達だけで大丈夫よ。そうそうあのレベルの敵が来るわけがないし、心配いらないわ」

「まあそうね。……そうだといいけどね」


 美哉の不穏な呟きは、夜の闇に吸い込まれていった。

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