第89話 転校生にはおちゃめな一面が存在した -02
◆
事の発端は、原木との戦闘があった日の放課後だった。
昼食の最中に突如泣き出した遥を気遣って、クラスメイトの
因みに仲の良い
そうして一人だった拓斗は、真っ先にある場所に向かった。
「あら、どうしたの拓斗君?」
保健室。
そこには保険医であり、遥の母親である剣崎美哉がいた。
「遥のお母さん、ちょっと相談があるんですが……」
「ちょっと拓斗君? その言い方はあまり良くないわよ」
「あ、そうでした……剣崎先生」
ここは学校という公共の場だ。
公私混同は良くないだろう。
「ちーがーうーでーしょ! 私のことは名前で呼んでいいとあの時言ったでしょ!」
「剣崎先生」
公私混同は良くないだろう。
「むきーっ! ……っとまあ、冗談は置いておいて。なに?」
スッと柔らかな笑みに表情を切り替える美哉に、拓斗は少し影を落としながら告げる。
「えっと、今日の戦闘なんですけど、ちょっと遥が心配で……」
「ああ、遥の怪我なら心配ないわよ。あの子、左腕の裂傷と左耳の鼓膜が破れていたけど、もう治っているわよ。『
拓斗は首を縦に動かす。
先に遥と共に拓斗も治療を受けた。その際は美哉が手を当てただけでどんどん傷が癒えいったのをこの目で見ていた。『スピリ』という存在も不可思議だが、それを統括している『白夜』に所属している美哉もやはり只者じゃないな、と頭の片隅で思ったものである。
「知っています。ですから、心の問題の方です」
心。
「遥が傷ついたのは、相手を……原木さんを傷つけずに止めようとしたからです。なのにそれが出来なかった……さっきそれで昼休み、泣いたんですよ」
「……泣いた?」
「ええ。周囲には『おにぎりの具が辛かったから』って言い訳をしていましたが……あの、一つだけいいですか?」
「……言いたいことは分かっているわ」
はあ、と美哉は一つ息を付く。
「遥はね、スピリとしての能力も、剣術も、素早さも体力も、一級品。だけど唯一の欠点は防御力。特に――心のね」
「……やっぱり、そうですか」
拓斗はずっと思っていた。
敵がいる。
その相手は人間だ。
にも関わらず、彼女は相手を傷つけずに止めようとしていた。
きっとそれは、相手が原木――顔を知った人物でなくても、同じことをしていたのではないか。
「甘い」
ハッキリと、美哉はそう告げた。
「『スピリ』として、遥は甘い。相手に非情になれない。相手を殺せない。それは戦士として致命的な欠陥――攻撃力ではなく防御力のせいで相手を殺せない、という矛盾した存在になっちゃっているのよ」
攻撃力はある。
だけど心の防御力が弱い――人に攻撃をする覚悟が無い。
故に防御力が弱点。
「……だけどね」
と、美哉は小さく息を零す。
「人間として……娘としては、それでいいと思っているのよ」
甘いわよね、と自嘲気味の笑顔を見せてくる。
「人を殺すことって、どうしたって良いことじゃないのよ。勿論、この世界に身を置いている中で甘い考えなのは事実なんだけどね。でも、それでも、思っちゃうのよ」
「分かっています」
それについては拓斗も同意だった。
遥は優しい少女だ。
心は普通の少女だ。
そんな少女に、相手を殺すということを押し付けたくない。
「でも現実は甘くないと思います。僕の予想では、これからは――『魂鬼』以外の敵との戦闘ばかりになると思います」
「どうしてそう思うの?」
「原木御子が――『スピリ』と同じように異能を持つ存在が、僕達の前に姿を現わしたからです」
「姿を現わしたから?」
「僕が遥の盾になってから日は浅いですけど、それでも、ずっと『魂鬼』ばかり狩ってきました」
色々な『魂鬼』がいた。
二本以上の腕から放たれる銃弾で被害を増やしていた『魂鬼』。
大きいが直立不動だった『魂鬼』。
ハリネズミのような『魂鬼』。
「ですが、こうやって人間と敵対したことは今までありませんでした。――それっておかしいですよね?」
「おかしい? 何が?」
「何故ならば、どのような理由があるか分かりませんが『
故に、今まで遭遇しなかった。
そこに派遣する意志が無かったから。
「ですが、今回は刺客を放ってきた。そして結果的に返り討ちにした。つまり――ここから相手が攻め込んでくるのは目に見えている、ということです。それも『
「しかも、もっと強い敵が出てくるでしょうね」
やはり美哉も分かっていた。分かっていて回答を促していたのだ。
「『トワイライト』と『白夜』はある種の均衡を保ってきた。……決していい近郊ではないけれどね。でも最近、押され始めてきたのは確かよ」
「だからあの二人が来たんですね」
「そうよ。フランシスカちゃんは、ヨーロッパの方から派遣された、実力のある『スピリ』よ」
フランシスカとセバスチャン。
拓斗はフランシスカの戦闘を見てはいないが、『スピリ』でないのにセバスチャンの戦闘力は凄まじかった。
「ただ、遥がお役御免になったわけではないんですよね?」
「そうよ。あの子達は飛鳥市担当。……ただね、やはり『スピリ』の絶対数が足りないから、複数地域を複数の『スピリ』に担当させる動きになりそうなのよ」
「つまり、あの二人もこの地域の担当に?」
「ええ。逆に言うならば……遥の担当地域が広くなるわ」
はぁ、と深く溜め息をつく美哉。
「だから拓斗君の言う通り、甘いことを言っている場合じゃないってのは確かなのよ。命を奪う云々はともかく、今回のことをトラウマとしている余裕はないと思うわ。例えば、唄を聞けなくなるとかね」
「……」
拓斗はそれが心配だった。
今回の落ち込み様はそれすらも危惧するものであったから。
スピリを止める、とは遥は言わないだろう。責任感もある子だから。
「……どうすればいいですかね?」
だから拓斗は困り、相談をしたのだ。
「遥がきちんと立ち直る……って言い方は違うかもしれませんね。トラウマにならずに前に進む。少なくとも停滞しないようにするには、どのようなことが僕に出来ますかね……?」
拓斗は遥の盾だ。
だが、今回は何も出来なかった。
悔しかった。
だけど、今まで出来なかったことを後悔している暇はない。
先を見なくては。
その為に、拓斗が出来ることは何か。
「遥が立ち直るなら、僕、何でもやります。だから……ちょっと相談乗ってくれませんか?」
「……言質取ったわよ」
「え?」
にひ、と先の重苦しい雰囲気とは一変した、嫌らしい笑い声が聞こえた。
「今、何でもするって言ったわよね? ね?」
「あ、はい。確かに言いましたが……」
「だったら服を――っというのは、まあ置いておいてね」
ふふ、と笑って椅子に深く腰掛ける美哉。
「拓斗君、今回君は盾になったのよね?」
「はい。なりました」
「ということは契約したのよね?」
「はい」
拓斗は遥の盾になる契約した。
その契約は、一度行うごとに代償を伴う。
その代償とは――
「それで――遥が拓斗君のお願いを何でも一つ聞くという代償は、まだ済んでいないのよね?」
「そうですね」
「ふっふっふ」
思い切りいい笑顔で、美哉は手を一つ叩く。
「ねえ拓斗君。そのお願い事、こういう形で遥に言いなさいな」
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