第90話 転校生にはおちゃめな一面が存在した -03

    ◆



 その結果がこれである。



 ①メイド服を着て。

 ②可愛い曲を。

 ③可愛い振付をしながら。

 ④拓斗と美哉の前で熱唱する。


 結果的に拓斗の母の鈴音も参戦し、遥の曲に合わせて合いの手を入れていた。


「はーるか! はーるか! め・ちゃ・く・ちゃ・かわいいよ!」


 ノリノリで。

 拓斗も最初は恥ずかしながらやっていたが、次第に合わせるのが楽しくなってきた。

 声を出すって気持ちいい。

 ライブっていいよね――


「……良かったでしょ?」


 ぼそり、と美哉がそう言った。

 楽しんできている自分の様子を見てそう言ったのかと思ったが、一瞬で違う意図だということを悟った。

 遥は顔を真っ赤にしながら、必死に歌っている。それこそ他に何も考える余裕がないくらいに。

 それでいい。

 悩み込んでしまう前に、別なことに思考を向けさせる。きっと彼女は後ほど、この時の拓斗達のことを色々な意味で思い出すだろう。

 感謝してくれるといいが、それは絶対ないだろう。

 帰宅した彼女に「契約の為の命令をするよ。メイド服着て可愛い曲を可愛い振付しながらリビングで熱唱してね。恥ずかしがって途中で止まったらやり直しだから!」と告げた時の、遥の虚無の表情は決して忘れない。


「はぁ……はぁ……はぁ……これで満足?」


 一曲歌い終わった遥は肩で息をしながら膝を付き、恨めしそうにこちらを見てきた。

 そんな彼女に、僕達は万雷の拍手を惜しまない。


「ブラボー」

「可愛い」

「超かわいい」

「L!」

「O!」

「V!」

「E!」

「「「は・る・か!!」」」

「なにこのアウェイ感!?」

「いや、逆にホームだろう」


 文字通り、住んでいる家なのだし。

 拓斗は苦笑いをする。


「というかよく歌えたな。命じていてなんだけど遥のイメージ的に知らないと思っていたよ。あんな曲」

「あ・ん・な・曲!?」

「はい。こうして怒りを示しているお母さんが原因だということは分かるでしょ? 子供の時から子守唄代わりにね。そりゃ覚えるわよ」

「そんなんで覚えるかねえ……?」

「拓斗もやってみたら?」

「何でだよ」

「あら。出来ると思うわよ。拓斗も同じ環境で育ったんだし」

「そんなわけ……って母さん? その言い方はもしかして……うっ、頭が……」


 目を閉じると聞こえてくる、先程遥が歌っていた曲。

 瞼の裏に浮かんでくる、キレキレのダンスの母親の姿。


 幻想だと思うことにした。


 ――そんなことより。


(……良かった)


 拓斗は頭を抱えて苦しんでいる振りをしながら、影でほくそ笑んだ。

 その笑みの理由は、先程の遥の言葉の中にあった単語。


 


 彼女はそう口にした。

 敢えてその単語を意図して入れたことも拓斗には判った。

 つまり彼女は理解したのだ。

 今回のこの命令は、自分の為だということを。

 だから彼女は暗に示した。

 ――もう大丈夫、と。

 無理をしていたのならば、このようにさり気なく伝えることなんてせずに直接「心配不要」と言うだろう。

 彼女の中で一区切りついて思考が向けられたという何よりの証拠だ。


「よし」


 もうこの件で拓斗が心配する必要もないだろう。

 顔を上げ、拓斗は遥に笑顔を向ける。



「――アンコール! アンコール!」


「何でよっ!? この鬼畜!!」

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