第80話 悲獄の子守唄 -22
◆
「……ああ、大丈夫だよ、遥。ボロボロだけどそんなに見た目ほど重傷ではないよ」
遥とフランシスカの元に執事服の男――セバスチャンと呼ばれた男が合流した所で、彼に抱えられていた拓斗は、遥の名前を呼ぶ声に右手を振って反応した。
「本当に大丈夫そうですね」
では、と遥の足元に拓斗を置くセバスチャン。近くで見ても左側が特にひどい傷をこしらえていたものの、微笑んでいる彼の様子に遥はホッとした表情を見せた。が、すぐに表情を引き締めて、二人の乱入者に鋭い視線を向ける。
「……あなた達は一体、何しに来たの?」
「何って、助けに来たんじゃないの」
フランシスカが無い胸を張るが、すぐにセバスチャンが否定の言葉を口にする。
「いいえ、お嬢様の好奇心により参上仕りました」
「ちょっと! 何でばらしちゃうのよ!」
「正直者は救われるということですので。それと少々急ぎたい用事がありまして」
「何よ。デートの約束でもしているの? 本当に見境ないわね」
「いいえ。私の御心はお嬢様に……そういうわけではないのですが」
「あーはいはい。――で、まあ、結局、助けたってことね。そして聞きたいことがあるのよ」
ビシッと、彼女は首元を押さえている女性――原木を指差す。
「さっさとそいつを殺しなさいよ。私は手柄を奪うつもりなんてないんだから」
「殺せって……」
「……何よ。パートナーも揃ってとってもスイートなの?」
拓斗が不快感を眉に乗せると、それに輪をかけるようにフランシスカは不愉快だと表情を歪める。
「私だから喉を切断して声を出さないようにさせたけど、あんた達はそんなこと出来ないでしょう? だったらこの場で殺しちゃいなさいな」
「そんな殺すだなんて――」
「……あ……う……」
その時だった。
原木が喉元を押さえながら、それでも声を発した。
「……ね……んね……ん……ころ……り……よ……」
唄。
子守唄だ。
ただそれは言葉の羅列で発生しているにすぎず、正確には唄ではない。
だが彼女は血走った眼で、こちらに対して口を開いていた。
「何? それって日本の童謡か何か? いずれにしろ攻撃しようとしているのは確かね。喉を切り裂いたのに喋ろうとするとか、何を考えているのかしら」
フランシスカは、くるり、と双剣を回す。
「面倒くさいわね。どうしてこの人はここまで私達を殺そうとしてくるのかしら。疑問でしょうがないわ」
「……かちゃ……」
「ん?」
「赤……ちゃん……を……生き返……らせる……ため……よ……」
原木は告げる。
執念で告げる。
文字通り血反吐を吐きながら。
しかし、フランシスカは意にも介していない様子で鼻を鳴らす。
「私は疑問に思うわ。どうしてそんな無駄なことをするのかってね」
「無……駄……?」
その瞬間、遥は「っ! 言っちゃ駄目!」と手を伸ばす。
が、彼女の口を止めることは出来なかった。
「あなたの赤ちゃんを蘇らせることなんて出来る訳がないじゃない。騙されているのよ、あなた」
死んだ人間を生き返らせることが出来ない。
それは至極当たり前のことだ。
そんなことを口にされることを、どうして遥は止めようとしたのか?
拓斗にはその理由が分かっていた。
出来るのだ。
『スピリ』ならば。
死後3日以内で縁がある人間、かつ自身の命を代償にする条件にて可能にする『蘇契』という方法があるのだ。そのことを知られれば、原木は自身の命を捨てる選択をするだろう。――だから遥は言葉を止めようとしたのだ、と拓斗は考えた。遥は過去にその選択をさせたことを後悔していたので、十分に止める理由にはなる。
――しかしながら。
真実は拓斗の想像を超えたモノであった。
「あなたの赤ちゃんは、もう蘇らせることが出来るリミットを過ぎているのよ」
「……………………え?」
フランシスカの言葉に、拓斗は思わずそう言葉を漏らしてしまった。自身の推測が外れていたことに対しての驚き声であったが、フランシスカはそれを拾う。
「何よ、あなた『スピリ』のパートナーなのに知らないの? 死後3日以内なら生き返らせる方法があるってこと」
「いや、それは知っているんだけど……リミットを超えているって……」
「拓斗、駄目っ!」
遥が再び大声を放つ。
そこで分かった。
彼女が止めよとした理由は『蘇契』を使うことを止める為でも、それを用いることが出来ないということを知らせて絶望させる訳でもなかった。
もっと残酷な――悲しい事実を知らせない為だったのだ。
「だって赤ちゃんはミイラ化していたのよ。そんな状態では魂の欠片も残っている訳がないじゃない」
「ミイラ……化……?」
思わず絶句してしまう拓斗を余所に、フランシスカは無邪気に――いや、邪気を含んでいるか分からない声音で、原木に訊ねた。
「ねえ、あなたの子供っていつ死んだの?」
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