第79話 悲獄の子守唄 -21
◆拓斗
拓斗が傷だらけの理由は、少しだけ時間を遡る。
遥の所へ一刻も早く向かいたいという気持ちを物理的にピエロに押さえられていた拓斗。
(早く……早く行かなくちゃいけないのに……っ)
苛立つ気持ちを抱く拓斗だが、先からありとあらゆる方法、変則的なタイミングで攻撃を仕掛けてくるピエロに、文字通り手も足も出なかった。
ダメージはない――正確には『痛みが無い』が、確実に押されている。
このまま負けはしないが、勝てはしない。
――いや違う。
遥の所に行けない時点で拓斗は負けているのだ。
ならば強引でも前に出るしかない。
そう考えて一歩先に出る。
だが――すぐにピエロの攻撃により後退させられる。
(息も切らしていないとか……バケモノか……)
目の前の相手を睨み付けるが、相手の表情は変わらない。
道化師の仮面のままだ。
このままやられるがままに前進できないのか――
そう思っていた、その時。
――ズキン。
「っ!?」
突如、左耳に鋭い痛みが走り、拓斗は思わずしゃがみ込んで左手で押さえた。
と、同時に。
「――あれ?」
そんな気が抜けた声と共に、左腕の上から、ものすごい衝撃が降ってきた。
それは、ピエロの蹴りだった。
勢いそのまま、拓斗は後方へと吹き飛ばされ、建物にぶつかって止まる。
「がはっ!」
痛みはないが、肺に溜まっていた空気が一気に押し出されてしまい、そんな声が出てしまった。
「いやはや、いきなり見えない盾が消えたのでちょっと力抜いちゃったじゃないですか。防御を止めるなら止めるって言ってくださいよ」
ふざけたことをふざけた様相で言ってくるピエロ。
だが、それに反応を返すことすら、今の拓斗には出来なかった。
(盾を貫通した!? ……いや、違う。僕が盾を解除してしまったんだ)
相手の言う通り、拓斗が防御を止めたからこそ、自身に直接攻撃が届いてしまった。
防御を止めてしまった原因は一つしかない。
(左耳の痛みで意識を一瞬だけ手放してしまったからだ。……でも何で?)
すぐさま疑問が浮かぶ。
最初に――『盾の種』を埋められた後の最初の戦闘で盾を発動させた際には無意識だった。つまり無意識でも発動は可能ということ。
しかしながら痛みで一瞬意識を防御以外に取られた際には、その盾が消えていた。
(……矛盾している?)
一体この盾は何なのだろうか?
透明な盾を展開出来たり、結構頑丈だったり、声すら防ぐ盾であったり、更には拓斗自身の身体のダメージも――
「……え?」
拓斗は思わずそう声を漏らしていた。
(左腕が……動かない……?)
拓斗は左腕を動かそうとしたが、全くびくともしなかった。
原因は分かっていた。
ピエロの攻撃を左腕で受けたからだ。
痛みが無いから認識が無かったが、どうやら骨か筋肉系が断裂しているのだろう、ぴくりとも動かなかった。
しかし、それは当たり前と言えば当たり前なのだ。
先に顔面からぶつかった際、鼻血を垂らしていた。
つまり――身体は傷ついていたのだ。
拓斗自身の身体は盾ではない。
傷つきもするし、身体的機能が欠損すれば動きだってできない。
ただ単に痛みを感じていないだけなのだ。
――殺されれば死ぬ。
(まずい……っ!)
拓斗は咄嗟に盾を展開するように意識する為に右手を伸ばす――
(――動かない!?)
ピエロからの攻撃を受けていないはずなのに、右手も動かなかった。どうやらこちらは吹き飛ばされた際に打ち付けられて肩が外れているようだ。
そう理解した所で、ピエロの仮面が目の前まで迫ってきた。
「それでは――死んでくださいね」
(殺される……っ!?)
目を瞑るという反射的な行動をする暇も無かった――その時だった。
「っ」
唐突に、道化師の仮面が視界上から消えた。
何が起こったのか、見ていたはずなのに理解するまで時間が掛かってしまった。
「おや、男性の方ですか。これは助け損ですね。ただ、目の前で命が散るのを見るのはよい気持ちではないですからね。その点はまあ良いとしましょう」
その声を発したのは、目の前に突如現れた、執事服の男性からであった。
彼はちらとこちらを見ると、すぐに左の方に視線を移した。拓斗も釣られて目線を同じように向けると、そこには座り込んでいるピエロの姿があった。
「さて――不意をついたはずなのですが」
「なかなか良い蹴りですね。モロに腹部に食らってしまいましたよ」
座ったまま、肩を竦める動作をするピエロ。その声も動作にも澱みはなく、ダメージを受けている様子は全く見られなかった。
「普通の人だったらお腹と背中がくっついちゃっていますよ」
「そもそも貴方が人かどうかすら分かりませんけれどね。男なんですか? 女なんですか?」
「さて、どちらでしょう?」
「その仮面を外していいですか?」
「外せるものなら外してどうぞ。ただ外した下も仮面を被っていますけれどね」
「その舌を引っこ抜きたいですね」
「仮面を外さないと舌なんか出ませんよ」
「そうでしたね。……と、軽口はここまでにしましょうか」
そう言って、執事服の男性は屈み込むと拓斗の胴体に腕を廻して、身体を片手で持ちあげた。
「えっ?」
「行きますよ。とにかくあっちと合流します」
そう言って執事服の男は拓斗を抱えて走り出した。
だが、それを見過ごすピエロではない――
「そんなことをさせると……おや」
――そう思っていたのだが、ピエロは追ってこなかった。
ピエロは自身の脇腹のあたりを見ていた。
そこにあったのは――ナイフ。
それでピエロの身体をその場に張り付けていた。
「初動さえ抑えられれば、ずっと繋ぎ止めておく必要は無いですからね」
執事服の男は誰に言うまでも無く――もしかして拓斗が疑問に思っていたことを察して答えてくれたのかもしれない――そう口にした。
そうして拓斗は執事服に抱えながら、何とか遥達の下へと辿り着けたということであった。
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